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第15話 ガールズトーク

 湯気がゆらりと上っていき、私は身体を暖かいお湯に浸からせたまま、それをぼんやりと眺めていた。


(こんな広いお風呂まであるなんて、さすが王立魔法学園の寮だな…)


 ぽちゃん、という音をたてて、湯船から手を出す。

 石造りの壁を背景に見た私の手は、まだ昼間の血の匂いを記憶しているかのような気がする。洗い流しても、洗い流しても、なかなかそのすべてを遠い思い出にすることはできないものだ。


「…はぁ」


 思わず、ため息が漏れる。


 私は手を戻し、抱きかかえるような体制をとると、肩まで湯船に浸かった。薬莢効果のあるお湯が、じんわりと身体の奥まで染み込んでくるようだ。


(3回、殺されたな)


 昼間、デスヒュドラの尾に弾き飛ばされた背中がうずく。痛みは無い。身体はすぐに再生している。ただ、血の匂いが記憶に残って溶けていかないように、痛みはなくともえぐられた思い出だけは残っているのだった。


 逆に痛みさえあれば、生の実感も湧いたかもしれないのにな。

 そんなことを思うと、妙に可笑しくなってしまい、変な笑いが漏れてくる。


「リゼル、大丈夫?」


 そんな私を見て、向かいの湯船から心配そうな声をかけてくれたのは、レナだった。

 長い金の髪は湯に濡れて艶を増しており、頬は上気してほんのり赤くなっている。ついつい、目が、レナの胸に向かってしまう。


(大きい…)


 同じ女の子同士なのに、なぜか恥ずかしくなってしまい、私は思わず目を逸らしてしまう。胸がドキドキして、たまらない。

 女の子だから好きなのではなく、レナだから好き、なんだろうな。


「ありがとう、レナ。私は大丈夫だよ」

「それならいいんだけど…」


 でも、心配。

 そう言って、レナはゆっくりとこちらに向かう。

 お湯が波打ち、私に届く。そのたびに、私の胸と心も揺れる。


「あんまり無理しないでね」


 レナは私の隣にくると、ぴとっと肌を寄せてきた。

 レナにとってはなんでもない行為かもしれないけど、私にとっては、昼間のデスヒュドラの攻撃なんて比べ物にならないほどの衝撃を受けてしまう。


「レ、レ、レナ…」

「なぁに、リゼル?」

「…なんでもない…」


 ぶくぶくぶく。

 口を湯船につけて、息を吐きだす。

 昼間頑張った自分へのご褒美、ということにしておこう。過去の転生前の私なら、まさに巨万の財宝を国王から賜ったこともあったけど、そんな経験が塵となって飛んでいくくらい、レナとくっついているというご褒美は最高だった。


「それにしても、昼間のリゼル殿はすごかったでござるよ」


 また声がする。

 真面目で、純粋で、そして少し子供じみた幼さも残っている声。

 ヨシノだった。


「リゼル殿に従って動いた時、拙者、ただの一振りの刀になりもうした」


 言いながら、私の隣に座ってくる。

 私はちょうど、レナとヨシノに挟まれる形となってしまった。


(レナとは違うな…)


 何が違うかと言えば、マシュマロと蜂蜜パンと評するのがいいというか、大きさvs形の良さというか、走ったら揺れて大変だろうな…こちらは空気抵抗ないだろうな…というか、つまり、なんていうか、そんな感じ。


「拙者の身体に傷でもついているでござるか?」

「あ、いや、別に、大丈夫だよ」


 慌てて手を振る。そのたびにお湯が跳ねた。

 ヨシノはその黒髪をお湯に浸からせないように頭の上にまとめていて、それがまるで大きな団子を頭にのせているように見えた。

 身体は引き締まっていて、力を凝縮した一個の針金のようにみえる。絞られた筋肉は解放の時を待っているのだろう。


(…さっきは、別に、と言ったけど)


 よく見て見ると、こまかい傷がヨシノの前面に無数にあるのが見えた。昼間のデスヒュドラとの戦いでついた傷ではない。もっと以前…それこそ、ヨシノの幼少の頃から現在まで、戦いながらついた古傷なのだろう。


「リゼル、肌、綺麗ね」

「わっ、レナ、いきなり何!?」

「いいな、って思って」


 レナが私の肩にそっと顔をよせ、じっと私の身体を見つめていた。近い近い。見えちゃう。いや、お風呂場で裸だから隠すものなんて何もないんだけど、それでも、ね。


(…でも)


 私は、《不死》だ。どんな傷だって、いつの間にか治ってしまう。即死した時なら一瞬だし、それ以外の時でも常時回復魔法がかけられているようなものだから、基本的に私の肌は綺麗なままだ。


(ヨシノとは違う)


 ヨシノの傷には、歴史がある。積み重ねてきた努力と経験がある。傷は、勲章でもあるのだ。


(私には、何もないな)


 記憶しかない。そう考えると、寂しくなってしまう。私はレナとヨシノに挟まれたまま、身体中を暖かくぽかぽかにしながら、天井を眺めた。


 湯船が揺れる。

 私たち3人の距離は、昼間よりもずっと近い。

 物理的な身体の近寄りは、そのまま心と心がつながる道となっていく気がする。


 血に濡れた制服はすでに回収され、今はただ、石壁と湯気と、静かな呼吸だけが私たち3人を包み込んでいた。


 しばらく、そんな優しい時間が過ぎ去った後。


「…ねぇ」


 私たちの静寂を柔らかくほどいてくれたのは、レナだった。


「明日から、私たち、本当に学園生活が始まるんだね」


 本当なら、入学式の今日から始まると思っていたんだけど。

 そう言って、あははっと笑った。可愛い声。


 入学式は終わった。

 私たちは…全員、本当の意味で合格した。


 でも、それは祝福ではない。

 これは、厳しい選抜の始まりなのだ。


「これからが本番でござるな」


 ヨシノの声の中に、厳しさが籠っていた。

 本番。まさに、そう。

 学園長も言っていた。「生き残れる強いものだけを求めている」と。


 この王立魔法学園は…蟲毒だ。

 高め合い、競い合い、時には協力し、時には敵対しながら、本当の意味で強い者たちを育て上げていく。

 ついていけないものは、学園を去っていくしかない。


「…うん、そうだね」


 私は頷く。

 もう、始まってしまったんだ。

 逃げる道はある。でも、私たちはまだその道をいくつもりはない。


 私たちの向かう道は、狭くて厳しい産道だけど、でもこの先にきっと、何かがあるはずなんだ。


「レナ、ヨシノ」


 私は右手でレナの左手を、左手でヨシノの右手を、そっと握りしめた。

 レナの手は柔らかく、ヨシノの手は硬い。

 間にある私の手は…どんな感触をこの2人に与えているのかな。


「これから、よろしくね」

「うん、もちろん!」

「こちらこそでござる、リゼル殿」


 気持ちよく答えてくれる2人。

 私は嬉しくて。

 その嬉しさを形として伝えようとした時。





「はっはっは!3人とも仲良くなったようで、なにより!」


 高笑いと共に、尊大な声が聞こえてきた。

 聞き覚えがある…というか、忘れることが出来るはずもない。


 なんとなくジト目をして、声がした方を見る。

 そこには人影が2つ。

 小さいのと、大きいの。

 幼女と、大人の女性。


 学園長と、おつきのメイドだった。


「学園長!?」


 レナは驚いた声をあげて、握っていた私の手をさらに強く、ぎゅっと握ってきた。


「そのとおり、王立魔法学園学園長、オズ・ハイドライドがこの私だ!」


 そういうと、その幼女は、あろうことか浴槽めがけて走ってきた。

 一糸まとわぬ幼女はそのまま、あろうことか、勢いよくジャンプをして、


 じゃぽん!


 そのままの勢いで、水しぶきならぬお湯しぶきを上げると、お風呂に飛び込んできたのだ。


「あははははははは」


 泳いでる。

 幼女が湯船を泳いでる。

 なにこれ。


「学園長、みっともないです」

「見逃せ、ホワイト」


 ホワイト、というのはメイドさんの名前なのだろうか。

 というか、お風呂場なのにメイド服で入ってくるというのも、みっともないような気がするのは私だけだろうか。


「さて諸君」


 見事なクロールで私たちの傍まで泳いできた、歴史と伝統ある王立魔法学園の学園長は、泳ぎをやめ、くるりと回って湯船の中に立ち上がった。

 金髪が煌めく。

 レナの金髪とはまた少し違った色合いの髪だった。


(…つるつる)


 何がとは言わないが、ゆうに200歳は超えているはずの学園長は、つるつるだった。


「リゼル・アークライト」

「レナ・ヴァルシオルテ」

「ヨシノ・サオトメ」


 私たちの名前を呼ぶ。

 よびながらいちいち指さしてくるのが、なんとなく小憎らしい。


「お前たち3人を、寮での同室にした意味が分かるか?」

「それは…」


 私は、唾を呑み込んだ。

 昼間、入学式の時にデスヒュドラを召喚するほどの非常識な人だ。おそらく、何か深い意味が込められているのだろう。


「それは、私が可愛い女の子が好きだからだ」


 くだらない理由だった。

 そういえば、面談の時、女の子が好きだ、って言ってたな、この幼女。


 私は呆れ、レナは目をきょとんとし、ヨシノは真剣な目で学園長を見つめていた。

 学園長は私たち3人をじっと見つめている。

 私の右隣には、柔らかいレナ。

 私の左隣には、華奢なヨシノ。


 そして、学園長が選んだのは。


「よし」


 私の足の間に座り込んできた。なにが「よし」だ。

 幼女の髪の毛が私の目の前にくる。ちっちゃくて可愛いな、と不覚にも思ってしまった。

 なんかこう、女の子に囲まれていて、私けっこう、幸せかもしんない。


「まぁ、せいぜい、今の間、楽しんでいてくれ」

「これから先、学園生活が大変になるからですか」

「そういうことだ」


 足を伸ばし、バタバタとお湯をける学園長。

 この幼女は200年生きてきながら、お風呂でのマナーというものは学んでこなかったのだろうか。


 しばらくそうして楽しんだ後。


「飽きた」


 またとんでもない理由で、幼女…もとい学園長は私の足の間から離れ、今度は平泳ぎをしながらお湯の向こう側へと泳いでいった。


「おかえりなさいませ、学園長」

「うむ、ホワイト」


 湯船から出て、待っていたメイドさんから大きな白いバスタオルをかけてもらうと、その見事な金髪を拭いてもらっていた。


「あ、そうそう」


 そのバスタオルにくるまれたまま、学園長は首だけ湯船に残されていた私たちを振り返ると、


「お前たち3人にレオンハルト・ドラグーンを含めた4人で、明日から吸血鬼討伐に行ってもらうから」


 といって、爆弾を落としてきたのだった。

 

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