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第14話 鮮血の入学式

 王立魔法学園。

 4年制であり、各学年の定員は60人。全校生徒の定員は240人になる。

 王国全土から才能のある者たちが集められており、実際にこの学園を卒業した者はほぼ例外なく国の中枢にかかわり、王国の発展に寄与している超名門校。


 その入学式に、私は参列していた。


(本当に、入学できたんだ…)


 学園長の言葉は嘘ではなかった。

 あの幼女、本当に権力者なんだな、と実感する。


 式の最中、入学の挨拶を聞きながら、私は私の合格をみんなに伝えた時のことを思い出していた。

 一番喜んでくれたのはレナで、私に抱き着いて一緒に喜んでくれた。

 とてもいい匂いがして、柔らかくて幸せで、合格したことよりもレナに抱きしめてもらったことの方が嬉しかったのは秘密だ。


「ま、リゼルなら何とかすると思っていたよ」


 幼馴染だしな、と、すました顔で言ってきたのがレオン。嘘でも何でもなく、私の合格を最初から疑っていなかったらしい。私に対するその評価の高さはどこから来ているのか小一時間問い詰めたくなったけど、レナをぎゅっと抱きしめるのが最優先だったので、そのことは置いておいた。


「これから4年間、どうか宜しくお願いするでござる」


 と言って、ぺこりと頭を下げてきたのはヨシノだった。


「次こそは必ず、雪辱を果たすでござるからな」


 真剣な顔でそう伝えてきたけど、雪辱って…。こてんぱんにされたのは私の方だというのに、まるで私が勝ったみたいな言い方じゃないか。


 今、私の身を包んでいるのは王立魔法学園の制服であり、黒を基調とした下地に、赤いラインが入っている。手元は少し膨らんでいて、そこに豪奢な金の刺繍がほどこされていた。


(お値段、けっこうするよね…)


 そんな事を考えながら、周りを見渡す。

 当然のことであるのだけど、私の周りにいるみんなが同じ制服を着ていた。


(レオンも、レナも、ヨシノも、みんな私と同じ格好…赤いラインの入った、魔法学園の制服着てる…)


 それが、嬉しかった。

 中身はまだ伴ってはいないのだろうけど、まずは外見から、追いついたような気がしてきたからだ。


 入学式は、私たちの学年が学園の中庭の中央に集まってならんでおり、先輩方はその後方に陣取っている。

 見て見ると、制服の基本は同じなのだが、制服にはいったラインの色が学年ごとに違うようだった。

 私たちの学年は赤色。一つ上の学年は青色で、その上は黄色。最上級生の制服にはラインが入っておらず、完全なる漆黒に金色の刺繍がとても映えていた。


(…あれ)


 違和感に、気付く。

 王立魔法学園は、1クラス20人。学年は3クラスなので、学年は60人になる。

 実際、私たち新入生は60人いるし、この狭い枠に入るために私がどれだけ苦労したことか…と思うと身震いと共に少しの誇りも湧いてくる。


(けど)


 先輩方の人数は、明らかに私たちより少ない。

 青いラインの入った制服を着ている人は私たちの半分くらいしかいないんじゃないかな。その上、黄色のラインの入った先輩方はもっと少なくて、最上級生の漆黒の先輩は両手の指で数えれるほどしかいない。


「…君たちも、当然知っていることと思うが」


 学園長の挨拶は続いている。

 学園長はフリルのついたひらひらの服を身にまとっており、見た目は完全な幼女であるので、ちんまりとしていて可愛らしく見える。その後ろにはおつきのメイドが控えており、しずしずと、姿勢を正して立っていた。


「我が学園の卒業生たちは、ほぼ例外なく国の中枢に入り、王国の発展に寄与している。それは何故か?優秀だから?もちろん、優秀だ。比べようもなく、優秀だ」


 そう言うと、学園長は笑いながら、ゆっくりと右手をあげた。

 学園の雰囲気が変わる。

 私たち新入生は少しざわついた程度だったが、私たちの後方に鎮座している先輩方は、まるで今から起こることが分かっているかのように、ごくりと緊張した趣で学園長をじっと眺めていた。


「我が学園の卒業生が優秀な理由…」


 学園長の掲げた手が、おろされる。


「それは…ちゃんと、卒業できたから、だ」


 降ろされた指先が青白く光っているのが見えた。

 その光は次第に大きく広がっていき、空気が振動していくのを感じる。


「新入生のみなさん、まずは合格おめでとう…と言いたいところだが、実は入学試験は、本当はまだ終わっていないのだよ」


 岩が、浮かんでいくのが見えた。まるで重力が反転したかのように、空気すら中庭の中央…そう、私たち新入生のいる箇所に集まってきているような気がする。


「それではみなさん…真の、最終試験をはじめよう」


 学園長は、ぱんっと、手を叩いた。

 同時に、先ほどまで光っていた光が消える。

 残ったのは。



 グォォォオオオォォォォォォゴゴゴゴゴ…ッ


 九つの長い首を従えた、巨大な化け物がそこに召喚されていた。

 鱗が滑っている。ぬらぬらとした液体をその身にまとっており、その巨体が揺れるたびにぼとりと落ちて地面を濡らしていく。



「生き残れる強いものだけを、この学園は…私は…」


 求めている。









 ひどい匂いだ。

 まるで…海底の底にたまったヘドロのような匂い。


「…なに、これ。余興?」


 へへへ、と笑いながら、赤いラインの入った制服を着た新入生の1人が、笑いながらそれに近づいていった。

 たぶん、優秀な学生なのだろう。

 おそらく、私よりもよっぽど優秀な学生なのだろう。

 清く、正しく、美しく。

 純粋培養されて、まっすぐ育ったその新入生は。


「は」


 グォン


 その化け物の長い首に弾かれて、そのまますごい勢いで地面に叩きつけられると、ありえない方向に首を曲げて赤い花を咲かせた。


「入学前に人生から卒業しないように気を付けるように」


 学園長はまるで、朝ごはんの準備をするのを忘れていたよ、ごめんね、とでもいうかのように、軽い口調でそう私たちに告げた。









「レナ!その子を癒して!」


 事態を呑み込めず、目の前で起こっていることが信じられず、ただ茫然としている新入生がほとんどの中、私は真っ先に駆け出すとレナに向かってそう言った。


 あの子、まだ、死んでない。

 死に関して私より詳しい人なんて、今、この場に誰もいない。

 指がまだぴくりと動いている。あれは身体が条件反射しているのではなく、生きようと胸の中のポンプが必死に血液を回しているからだ。


「レオンは右から、ヨシノは左から、あのデスヒュドラの首を正確に狙って!」


 指示を出しながら、私はまっすぐに化け物の前に向かう。


(デスヒュドラ)


 なんでこんなところに…と思ったけど、そんなの、あの学園長が召喚したに決まっている。よりによって、なんてものを召喚するのだろう。なんて、めんどくさい物を召喚してくれたのだろう。


 後方でレナが倒れた子に手をかざしているのが見えた。柔らかい光がその子を包み込んでいく。


(さすが《聖女》様)


 また惚れちゃう、なんて思いながら、空気を切り裂く音の気配を感じて頭を下げる。間一髪。先ほどまで私の頭があった位置にデスヒュドラの牙が通り過ぎていった。


(危な…っ)


 というか、今裂けれたの、奇跡。転生前ならいざ知らず、今の私にデスヒュドラの動きを交わすすべはない。


 普通に、やっていたなら。


「リゼル!」

「リゼル殿!」

「私は大丈夫だから、レオンとヨシノは、あれを早く!」


 レオンの剣がしなり、的確にデスヒュドラの首筋に当たるのが見えた。その瞬間に、レオンは何かを唱える。レオンは無詠唱で魔法が使えるというのに、あえて唱えるという事は…それはつまり、通常よりも威力のある魔法、ということだ。


(さすが《剣聖》)


 よく分かってる。

 レオンが私を信じてくれているように、私もレオンを信じている。レオンならやってくれると、分かっている。


 黄色い閃光が走る。

 レオンの剣から稲妻がほとばしり、ヒュドラの首を内部から焼き尽くしていくのが見えた。


 と、同時に。

 ヒュドラの左から切りかかっていたヨシノの刀が、まるでバターでも切り裂くかのように、スパッとヒュドラの首を切り落としていくのが見えた。


(…すご)


 何がすごいって、ヨシノは魔法も何もつかっていないことだった。ただ純粋な剣技だけで、デスヒュドラの鱗と鱗の間の細い隙間を的確に切り付けている。


(…模擬戦は、しょせん、模擬戦だった、ってことだよね)


 あの日、あの時、ヨシノが握っていたのが本気の剣で、そして私を殺そうとしていたなら、私は何の抵抗もすることが出来なかっただろう。圧倒的な剣技というものは、ほとんど魔法と同じみたいだな、と思った。


 後ろで、新入生のみんなの感嘆の声が聞こえてきた。

 さすが《剣聖》…さすが侍…そんなほめたたえる声。

 私は振り向くと、声を荒げた。


「声を出すくらいなら魔法を放て!傷口を狙え!デスヒュドラの鱗には魔法が効かないけど、そこはレオンたちが切り開くから!」

「なに偉そうに指示だしているのよ…」

「えらいからだよっ!!!」


 私が今まで…何匹のデスヒュドラを屠ってきたと思っている?

 その数だけで、学園が作れぞ?


(ま、それは昔の私の話だけど)


 チート能力を持っていた頃の私なら、デスヒュドラなんて相手にもならない。それこそ、朝飯前、というものだ。

 今は違う。

 私1人じゃ無理。絶対無理。

 もしも今、私が1人でデスヒュドラに対峙していたとしたら、恥も外聞もなく真っ先に翻って鼻水垂らしながら逃げる。


(でも、今は)


 レオンがいる。

 ヨシノがいる。


 今の私の手には剣は握られていないけど、どんな名剣よりもまさる武器が縦横無尽に活躍してくれている。

 怪我を追えば、レナが治してくれる。

 そしてここには、60人もの私たち新入生がいる。


 彼らを、彼女たちを、有機的に動かせば。


(私は個人では最弱だけど、集団を率いれば…誰にも負けない)


 65536回も繰り返してきたんだ。

 私たち60人の集団は、1個の生物になる。


「…ッ」


 指示を出している最中、デスヒュドラの攻撃が私に当たった。ものすごい猛毒が一瞬で身体を駆け巡る。

 伝説によれば、龍ですら即死すると伝えられているほどの猛毒。どのような英雄ですらあらがうことのできない、確実な死。


「ざぁんねんでしたぁ」


 《不死》

 むしろ、弱い毒のほうが、私には効いただろうに。

 即死した後、すぐさま復活する私は、まるで毒が効かないようにみえることだろうな。


「私がおとりになっている間に、撃て!撃て!撃て!」


 一瞬の静寂の後、最初文句を言っていた新入生たちも、私の表情から狂気を感じ取ったのか、素直に…というより、むしろ駆り立てるように魔法の詠唱を始めた。


(おとり…とカッコよく言ってみたけど、本当は私戦力外だからなんだけどね)


 でも、そのことは黙っておこう。その方がなんか不気味だし、みんないう事聞いてくれるだろうから。

 嘘はついていないけど、それが真実とは限らないのだ。


 レオンが、ヨシノが切り裂き、遠巻きから無数の魔法がその傷をめがけて飛んでいく。

 それはまるで一種の祭りのようであり、空をかける花火のようであり。


(でっかい的あて試験だなぁ)


 そんな事を思いながら、3回くらい即死しては復活しつつ、私は笑っていた。

 笑って、笑って、笑って。


 レナが治療していた、最初に倒れた子がむくりと起き上がり、現状をまだ理解していないのか、頭をふらふら動かしているのを見て。


 デスヒュドラの倒れる音が、学園内に響いた。













「…これは、驚いた」


 学園史上、初じゃないか?


「私の記憶している過去数百年分のデータをさかのぼって見て見ても、学園長マスターの言う通りでございます」


 私専属の人口生命体ホムンクルスメイドがそう告げる。

 ははは。

 思った以上に、思ってもみない結果になったな。


 これは面白い。

 本当に、面白い。


 まるで赤い海の中で泳いでいるかのように、醜く息絶えていく自分で生み出したデスヒュドラを眺めながら、私は、王立魔法学園学園長であるオズ・ハイドライドは、高らかに宣言をした。



「ようこそ、わが王立魔法学園に…私は君たちを、心から歓迎する」


 新入生が…呆けた顔で、私を見つめている。


 なかなか。

 気分が、いいぞ。


「今年の王立魔法学園の新入生は…60人」

「我が学園史上初の」






「全員、合格だ」



 

 デスヒュドラの血にそまり、学生服の赤いラインがもはや見えなくなっている少女を見る。

 深紅の少女。

 本来なら不合格だったのに、私のおめこぼしで入学させた、1人の少女。


 リゼル・アークライト。


 彼女ならこの学園を…いや、王国を、世界を。


 変えてくれるのかもしれない。


 

 

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