第13話 最終問題
座学での筆記試験、水晶玉による適正試験、的あてによる魔法試験、模擬戦による戦闘試験、これらが終わり、残すところは学園長との面談のみとなった。
「はぁ…」
思わず、ため息が漏れてしまう。
筆記試験の結果は…自信がある。私には今まで何度も転生してきた記憶があるから、おそらく満点をとれているとは思う。
(けど)
水晶での適正試験はまるで駄目だったし、的あては…よくて50点ほど。模擬戦にいたってはヨシノ相手に完敗してしまった。
(あと学園長との面談が残っているとは言っても、今までの試験結果を覆すほどの得点があるとも思えないし)
暗い気持ちになりつつ、自分の順番を待つ。ここまで来たら、取れる手段も何もない。ただ粛々として、運命の時を待つばかりだ。
私の順番はほとんど最後の方だったので、先に面談が終わったみんなの感想を聞くことが出来た。
…出来たのだけど
「学園長って、どんな方だった?」
という質問に対して返ってきた答えが、
「巨大な頭だったぜ。本当、頭。というか、頭だけが宙に浮かんでいて、俺に向かって大きな声で語り掛けてきたよ」
と答えたのがレオン。
「美しい妖精の姿だったわ。綺麗な羽をまとっていて、羽が舞うたびに鱗粉も舞っていたの。声は綺麗なソプラノで、とっても優しい人でしたよ」
と答えてくれたのがレナ。どんな美しい妖精なんかより、レナの方が可愛いと思うな、とおもったのは秘密。
「火の玉だったでござる。めらめらと燃えていて、近づいたらとても熱かったでござる。その火の中から、くぐもった声が聞こえてきたでござる」
こちらがヨシノ。
(うーん…)
みんな、てんでバラバラ。まるで参考にならない。
(まぁ、そもそも700人もいる受験生全員に対して、本当に学園長自らが面談しているとも思えないし…というか、同時に10人ずつぐらい呼ばれてそれぞれ別の部屋に通されているんだから、ありえないか)
何かの魔法を使っているのだろう。ここは王立魔法学園なのだから。
(やれるだけのことはやったんだ。あとはもう、神様に運命を任せるしかないよね)
神様なんて信じていないけど。
私は漠然とそんなことを思いながら、静かに自分の名前が呼ばれるのを待っていた。
■■■■■
「リゼル・アークライト。どうぞ中にお入りください」
どれだけ待たされただろうか。いつの間にか、外もだいぶ暗くなってきていた。朝から始まった試験も、もう夕暮れ。さすがに疲れてしまった。
「はい」
とだけ答えて、立ち上がる。
学園内に入り、きょろきょろと建物の中を観察してみる。年代を感じさせる、豪奢な造りだ。この国の将来を担うべき人材を育てているんだもんね、国の宝を育てているのだとすれば、この学園はさながら宝箱といったところか。
(まぁ、私、宝箱から弾かれそうなんだけど)
蓋を閉められ、見上げる宝箱が豪奢であればあるほど、入れなかった自分は惨めに思うだろうな…そんな事を思いながら、前を歩く他の受験生の背中を見つめる。
と、その時。
「リゼル・アークライト。あなたはこちらです」
ふいに肩を叩かれる。
あれ?でもみんな、あっちの方に行っていますよ、と尋ねてみたものの。
「学園長のおおせです」
とだけ言われ、半ば強引に手をとられ、みんなとは別の部屋へと案内されてしまった。
(これは…)
私が連れていかれたのは、学園のさらに奥。中庭を超え、階段を登り、一際豪奢な造りの扉で、私は息を呑んだ。
「学園長室」
そう書いてある。
いや、今から私が受けるのは学園長との面談なのだから、ここに連れてこられるのは道理があっているのかもしれないけど。
(なら、他の受験生があっている学園長って、いったいなんなの?)
そんな当然の疑問が湧いてくる。やっぱりさっき考えたみたいに、何かの魔法を使っているんだろうな、とだけは分かるのだけど…
「学園長がお待ちです」
私を連れてきてくれた人…メイド姿の女性の方が深々と頭を下げる。私は、「あ、どうも」とちょっと変な返事をした後、開けられた扉をくぐった。
(!?)
空気が変わった。
重い。
私ですら分かるほどの濃厚な魔力が、私の肌をチリチリと刺激してくる。息を吸うだけで、肺が内側から刺激されてしまうような、そんな感覚があった。
後ろで、扉が閉まる音がした。
ではごゆっくり、と、先ほどのメイドの人が言ってくれたような気がする。
「君が、リゼル・アークライト、だね」
声がした。
少し、幼い声。
「そう緊張しなくてもいい。君をここに呼んだのは私なのだから」
楽しそうに、気軽そうに、そう語り掛けてくるその声の持ち主は…
まごうことなく、幼女、だった。
「…え」
思わず、素っ頓狂な声をあげてしまった。
ここは学園長室。私が来たのは面談の為。ならばこの人が…この幼女が、歴史ある王立魔法学園の学園長、ということだろうか。
「その通り、私が王立魔法学園学園長、オズ・ハイドライドだ」
私、別にさっきの疑問を口に出していなかったよね…まさか、私の頭の中、読まれてるの?
「別に君の頭の中を読んでなどいない」
と、まるで私の頭の中を読んだかのような発言をする学園長。くっくっく、と楽しそうに笑っている。この人がどんな人なのかは分からないけど、少なくともいい性格をしているのだけは伝わってきた。
「経験だよ、経験。私の長い人生経験が、君の思考を先取りした、というだけのことさ」
長い人生経験、ねぇ。そんな幼女姿で?
一瞬そう思い、思ったことをそのまま口に出しそうになったけど、慌てて止める。そもそも、見た目と中身が違うなんてこと、よくある話じゃないか。しかもそれが魔法を使う相手ならば、それこそ枚挙にいとまがない。
(まぁ、私の人生、長いからね)
今の身体は14歳だけど、私の記憶の中では65536回の人生が詰まっている。
人生経験の長さを比べるとするなら…私はたぶん、誰にも負けることはないだろう。
「リゼル。君をここに呼んだのは、理由がある」
「合格だからですか?」
「不合格だからだよ」
なに、それ。
一瞬でも期待してしまった私が馬鹿みたいじゃない。駄目か…やっぱり、駄目だったのか。これでレオンとも…レナともさよならになってしまうのか…
(嫌、だな)
寂しいな。
そう思って、私は自分で自分の心にびっくりしてしまった。
寂しい、だなんて。私の中に、そんな感情、残っていたんだ。
人生なんて、ただのやり直しのきくゲームみたいなものだと、ずっとずっと思っていたのに。
どうやら、《不死》のせいで人生にやり直しが効かなくなってしまった分、人生に対する私のスタンスも変化しつつあるのかな。
「それはわざわざ有難うございます。短い間でしたが、お世話になりました」
学園長に向かい、ぺこりと頭をさげる。
短い間…本当に、短かった。まるで始まっていないくらい、短い刹那の時間だった。
「おいおい、待て待て。疑問には思わないのか?」
「何がです?」
「不合格者をわざわざ学園長の口から伝える必要がどこにあると思うんだ、君は」
「それは…」
たしかに。
ヨシノに完敗した時から、試験落とされるんだろうな、とうすうす覚悟していたから、頭が回らなくなっていた。どうやら私の灰色の脳細胞は、《不死》のはずなのにけっこう死滅していたみたいだった。
「入学試験は不合格だ。君の試験結果は見せてもらった。水晶試験、君には何の適正もない。魔力も最低レベルだ。的あて試験。目標にあてる能力自体はまずまずだが…でも、それだけだな。頑張ったようだが、やっと平均を超えたというくらいだ」
「でしょうね」
自分でも分かる。
私は、自分の能力を…「正確に」把握しているのだから。
「分かってる、と言いたそうな目だな。自分の能力を過信するものが多い中で、君のその…ある種、逸脱した考え方は面白い」
学園長は嬉しそうに笑うと、手にした紙を眺める。
「模擬戦は…これは相手が悪かったな。ヨシノ・サオトメか。戦闘能力だけでみれば、彼女は今回の受験者の中でも突出している。彼女に勝てるものなど、それこそ学園の在学生でも難しいだろう」
「なら…」
「しかし、負けは負けだ。君は冒険中、戦ったモンスターが強すぎたからといって、その相手に文句をつけるのか?」
「それは…」
しませんね。
というか、そんなのと戦う時点でもう負けている。本当に強いものは、ちゃんと自分が勝てる算段をしてから勝負に挑むものだ。
「それが出来ないのが試験というものだ。ただまぁ、この試験は結果だけを見るのではなく、それに対する心構えをみるものでもあるのだがな…」
学園長はそう言いながら、にやけていた笑顔を、ふいにやめた。
鋭い瞳。あまりの空気の変貌に、私は思わず息を止めてしまう。
「問題なのは、座学だ」
「悪かったですか?」
「逆だ。リゼル・アークライト、君の座学の試験結果は、満点だった」
「ならいいじゃないですか」
「だ・か・ら、問題なのだ」
学園長が、すっと紙を差し出してきた。
見て見る。それは、私が今日受けた座学の解答用紙だった。
「リゼル、この座学の試験はね…」
学園長の声が低くなる。囚人を問い詰める裁判官の声は、こういうものなのかもしれない。
「満点が、とれないようにできているんだ」
…え。
「絶対に回答できない問題を一つ、あえて中に忍ばせている」
学園長はそう言うと、指で、私の答案のある一か所を指し示した。
その問題は、一見、非常に簡単な問題に見える。魔法を少しかじったことがあるものなら、幼年であっても理解できるような、平易な問題だった。
そう。
問題を理解することは、簡単なのだ。
「だが、解くことは出来ない」
この400年以上も、あまたの魔法使いが挑み、そして破れていった問題なのだ。一見簡単そうに見える。だからこの問題にとりかかり、そして一生を費やして、何も得られなかったと人生を後悔する魔法使いが後を絶たず、ゆえに、手を出してはいけない問題とされている。
「先ほどの模擬戦と同じだよ」
結果はある。結果はあるが、より大事なのは、それに向き合う姿勢であり、超えられない壁に対する対処方法そのものだ。
だからこの解けない問題を忍ばせた意味というのは、受験生が解けないはずの問題にどう対処していくかを見るためのものだったのだ。
「だが、リゼル・アークライト」
君は、解いてしまった。
400年以上も解かれることのなかった、この問題を。
この私が…
「200年以上生きているこの私ですら解けなかった最終問題を、だ」
学園長を見る。
幼女。
長い金色の髪に、真っ赤な瞳。溢れる魔力に、全身が蒼いオーラに包まれているような感じがする。
「リゼル・アークライト」
もう一度、私の名前が呼ばれる。
その口調の中に、学園長のいらだちと…嫉妬と…情操と…そして。
敬意、が含まれていた。
「君は…いや、あなたは、いったい」
何者、なんだ?
沈黙。
長い長い、沈黙。
私はいったい、どう答えるべきだろう。
実は私、転生者なんです、こう見えて65536回も人生やり直しているんです、と、真実を告げるべきだろうか。
今はチート能力を失っていますけど、転生前は無双していたんです、とでも告げるべきだろうか。
考える。
今の私に、チート能力はない。
リセマラもできない。
持っているこのよわっちい、貧相な身体能力で生きていくしかない。
かつての私はズルをしていた。
チートスキルを手にするまで何度もリセマラをして、そして、借り物の力で我が世の春を謳歌していた。
でも。
今の私に、能力はないけど。
この記憶は。
今まで私が経験してきた、65536回の記憶は。
チートかもしれない。
本来の、私の能力ではないのかもしれない。
けど。
それでも。
私が生きてきた、証でもあるんだ。
(今の、やり直しがきかない、この人生を軽んじてはいけないように)
過去の私が綴ってきた経験も、軽んじてはいけないのだと思う。
ずっと、ずっと、今の私にまで。
一本の糸でつながっている、道の先に私はいるのだから。
「受験生です」
私は答えた。
「王立魔法学園を受験して、そしてここで、成長したいと願っている、その願いに敗れた、ただの受験生です」
理事長を見る。
先ほど、私に不合格を告げた理事長を見る。
おそらく…権威と力のある、この学園で一番の権力者を見る。
私は、この学園に入りたい。
最初は、ジョンに言われるまま、永劫輪廻教団から村を守るため、追放されて身を隠すためにはいるつもりだったこの学園だけど。
才能あふれるレオン。
清らかで、可愛くて、優しくて、そして凛とした自分と信念を持っているレナ。
私を完膚なきまでに敗北させたヨシノ。
このみんなと…同級生になって。
一緒に、成長したい。
だから。
私を。
私の不合格を。
ひっくり返してください。
「はははははははあはははっ」
理事長の笑い声が聞こえてきた。
本当に嬉しそうに、本当に楽しそうに。
目に涙を流しながら笑っている。
「面白い…面白いなぁ、私が魔法で自らの時間を止めてから200年。この間、こんなに面白いことはかつてなかった」
さらっとすごいことを言う。
この理事長もたいがい、人の理から外れている気がする。
「そうか…そうだな…君の今日受けた試験のどのやり方を見ても…君は…あきらめない女だな…」
褒められているのか、けなされているのか、どっちなのか判断がつかない。
でも何となく、私は憮然とした表情を浮かべる。
理事長はひとしきり笑った後、私を見つめてきた。
口元が緩い。とても…楽しそうな顔だった。
「リゼル・アークライト」
「はい」
「君は…女の子が、好きか?」
はぁ!?
いったい何きいてくるの、この幼女は!?
一言文句をいってやろうかと思ったけど、あまりに楽しそうな理事長の顔を見ていたら、そんな気持ちも雲散霧消してしまった。
考える。
レナの、笑顔を思い出す。
私の心を溶かす、春の太陽のような、柔らかい笑顔。
「…好きです」
「そうか」
また、理事長は笑った。
笑って、笑って、涙を流して笑った後。
「私も、女の子が好きだ」
特に、君のような。
計算高く、底知れず、何かを隠していて。
それでいて。
隠しきれない情熱を秘めた、女の子が、好きだ。
希望が、未来がある女の子が好きだ。
この学園は。
王立魔法学園は。
そんな未来に希望を持つための、学園なのだ。
「リゼル・アークライト」
「はい」
「君を…」
合格とする。
「理事長権限で、な。誰にも文句は言わせないよ」
声が。
音が。
白く、私を包み込んだ。
私は思わず、頭をさげていた。
「有難うございます」
それだけしか、言えなかった。
その私の頭の上で、理事長はぽつりとつぶやいた。
「リゼル、君が女の子でよかった…やっぱり女の子は、可愛いからな」
本当に大丈夫なのだろうか、この学園。
ちょっとだけそう思ったけど。
とにかく、こうして。
私の道は、なんとか未来へと、続いたのだった。




