第12話 王立魔法学園入学試験③
侍。
それは東洋にある皇国に仕える戦士…のこと、らしい。
義にあつく、主に対する忠誠心も高く、武士道、という独特の価値観を行動基準としている。
(武士道とは、死ぬこととみつけたり、だったかな)
自分のやるべきことが何かを深く考え、自分さえ良ければという考えを捨て、必要ならば、ためらうことなく命をも投げ出すという精神性。
(私とは真逆だな)
と、少しおかしくなって、笑いそうになってしまう。命を投げ出す覚悟。そもそも《不死》である私には、その投げ出すべき「命」すらない。
「さて、どうしたものか…」
そう考えていた時。
「貴殿が、リゼル殿でござるか」
私を呼びかける声がした。迷いのない、澄んだ声。
振り返ってみると、すらりと背の高い、袴姿の女の子が立っていた。年の頃は、私と同じくらいに見える。黒いポニーテールで、瞳は茶色い。
どこか人懐っこい表情をしており、全体的に、どこか無理して大人びようとしているような雰囲気を感じさせる。
「そう…ですけど。あなたは?」
「これは失礼。人に尋ねる時は、まずは自分から名乗るのが礼儀でござったな」
なぜか謝られる。
その女の子はこほんと咳払いをした後、自己紹介を始めた。
「拙者の名は、ヨシノ・サオトメ。ここより遥か東、皇国より参った侍でござる」
「ヨシノ…あぁ、貴女が」
私の模擬戦の相手、ね。
改めてもう一度、ヨシノをじっくりと観察する。白い和服で、腰には刀を二本、ぶら下げている。自然体のようでありながら、その実、一切の隙を見せてはいなかった。
(…こりゃ、強いや)
転生前の、経験を思い出す。いわゆる侍とは、何度も戦ってきた思い出がある。彼ら、または彼女らは、基本的に一撃必殺。初太刀に全てをかけ、次の攻撃など考えない『二の太刀要らず』といった考え方が独特であり、常在戦場、常に隙なく、いつでも戦える本当の意味での戦士でもあった。
「模擬戦での拙者の対戦相手がリゼル殿だとお聞きして、まずは挨拶だけでもしておこうと思い、まいった次第でござる」
「それは…どうも」
頭を下げられたので、こちらもつられて頭をさげる。
堂々としている。この純粋さは、自らの強さに支えられた、ちゃんと背骨のある清らかさであるのだろう。
(まともに戦ったら、勝てないなー)
100回戦ったら100回。1000回戦ったら1000回、間違いなく私は負けるだろう。今まで積み重ねられたものと才能とで勝敗が決まるとすれば、私が彼女に勝てる道理など何もない。
「それではリゼル殿、正々堂々、戦いましょうぞ」
そう言って立ち去っていくヨシノの背中を見て、羨ましく思った。
いいよね、絶対的に強い人は。余裕があるから、他人にも余裕を持って接することが出来る。清らかな正しさは、清くないものにとっては眩しくて、ちょっと…心苦しい。
(チート能力持っていた頃)
私も、同じように想われていたのかな。あの頃、私は「やれやれ、こんなこともできないの?」と他者を憐れんでいたけど、言われた相手の気持ちなんて、考えたこともなかったな。
(そもそも、考える必要すらないと思っていたし)
今なら分かる。何も持たなくなって、やっと分かるようになった。
なんか、むかつくな。
相手にじゃなく、自分に。かつての自分と、チート能力があればいいのに、と思ってしまう、弱い今の自分に。
(弱いなら、弱いなりに)
かっこ悪くても、泥臭くても、やれるだけのことをして、あがいてみることに、しようかな。
今、できるだけのことを、全力で。
■■■■■
「では、改めて模擬戦のルールを説明します」
試験会場。
私とヨシノの間に立った審判役でもある試験官は、指を立てて説明を始めた。
「制限時間は無し。使えるものならば、魔法でも武技でも、何をつかっても良し。戦闘不能、ギブアップ、または場外に落ちた場合、模擬戦終了となります。何か質問はありますか?」
「特にありません」
「拙者も」
自信満々のヨシノとは対照的に、私はたぶん、顔面蒼白であったと思う。
死刑台にのぼる囚人の気持ちとは、こんなものなのだろうな。とりあえず侍の最初の一撃だけは…なんとかして、交わさなければ試合にもならない…から。
覚悟を、決めよう。
「それでは、リゼル・アークライト対ヨシノ・サオトメの模擬戦…はじめっ!」
試験官の開始の声と同時に。
「すみませんでしたっ!」
私はそう言うと、手にしていた杖を投げ捨て、その場に座り込んだ。
場が、静まり返る。
何が起こったのか、何が起こっているのか、一瞬、誰も理解ができていなかったみたいだ。
「え、え、えー!?」
ヨシノが動揺しているのが見て取れた。
無理もない。今から戦う相手が、試合開始とともに座り込み、しかも…
「勘弁してくださいっ」
頭を地面にこすりつけ、懇願するように平伏しているのだから。
土下座。
古来より伝わる、敗北の証明。誰が見ても、どのように見ても、完全に完璧な敗北の姿勢。情けない姿勢。
勝負が終わった時に、頭が上にある方が勝ったものだ、と言ったのは誰だったかな。とりあえず、勝負が始まると同時に下げられた頭は無防備で、あからさまで、
(攻撃は…できないよね)
侍の攻撃で、一番怖いのは初太刀であり、それを受けると一瞬で攻防は終わってしまう。
私は絶対に勝てない。頭の中でいろいろシミュレーションしてみたものの、100や1000どころじゃなく、1万回考えても、武術素人の私が武術の達人であるヨシノの初撃をかわすことは出来なかった。
だから。
土下座をした。最初の一撃だけをふせぐ為に。誇り高き侍が、目の前で降伏している相手に攻撃を加えてこないであろうという、そんな卑怯な作戦のためだけに、誇りを捨てて。
(すみませんでしたっ!)
(勘弁してくださいっ!)
情けなく、かっこ悪い言葉だけど…でも。
(まいりましたとだけは…言っていないっ)
勝率が1%でも、あるならば、それだけに泥臭くかけていこう。
私は、近づいてきたヨシノの足を掴もうと、油断をさそってとびかかった。
(あ)
避けられた。
みっともなく土下座までして油断を誘おうとしたのに…この女…この侍…
油断も隙もありはしなかった。
(熱っ)
背中が、痛い。
私、今、攻撃されてる。
ヨシノの足が、私の背中を踏んでいた。
少しでも近づけるかと思ったのに…ここまで差があるものなのだろうか。
(でも)
私…何度も何度も実験したから…自分の《不死》のスキルを確かめるために、何度も自分の身体で試してみたから。
(私、痛いのだけは…)
我慢できるの。
「なっ…っ」
やっと、はじめて。
ヨシノの少し狼狽した声が聞こえた。
すごく痛めつけられたのに、それでも、なんとか。
私はヨシノの足を握ることが出来た。
(これで…)
ヨシノを転がすことが出来れば。
しがみつくことができれば。
私は正面からいって勝つことなんて絶対に出来ない。武術じゃ絶対に敵わない。その差を埋める魔法も持っていないし、才能もチートもない。
だから。
せめてかっこ悪くてもなんでも捕まって、ひきずって、リングアウトに持ち込むことができれば。
(勝てなくても…負けたくない)
惨めだけど。
かっこ悪いけど。
でも、窮鼠猫を嚙むとも言うじゃない?
(私とヨシノじゃ、ネズミとネコよりもさらに戦力差はあると思うけど…)
確率が0じゃないなら、そこに賭けたい。賭けるしかない。
痛い。
痛い。
身体中が、どこもかしこも、痛い。
ヨシノに攻撃されても、とにかく、痛いのだけは我慢して、なんとかひきずり倒してやる。
ぬる…
なんか、鼻元がぬるぬるしてる。鼻血出てる。かっこわるいな、私。
顔が私の血まみれだ。
でも。
この手は離さない。私は…絶対に…
負けたくない。
「リゼル殿」
声が、聞こえる。
あれ、どこから。
後ろから。
「拙者、貴殿を見誤っておりました」
いつの間にか、私。
ヨシノに背後とられてる。手、離さないと誓っていたのに、ふりほどかれてる。
首筋にヨシノの手が回されている。
痛くは、ない。
痛くは、ないけど。
「貴殿を侮っていたこと、謝罪いたす」
痛くはないのに、意識が薄れる。
後ろから締め付けられ、血が…頭に上ってこない。
「貴殿は…」
私は《不死》
死んでも生き返る。
けど、これは。
死、じゃない。
「拙者と同じく、侍、でござった」
少しだけ、気持ちいい。
私はヨシノにおとされて。
すぅっと、眠るように、意識を失った。
■■■■■
「リゼル、リゼルっ!」
頬に、なにか暖かいものがあたる。
頭の後ろが柔らかい。
気持ちいいな…もう少し、寝ていたいな。
「リゼルっ」
可愛い声。私を心配してくれている声。あ、いけない。心配させちゃいけない。起きなきゃ、私は大丈夫だよ、って言って、安心させなきゃ。
「…レナ?」
「リゼル、大丈夫!?」
若草色の瞳が涙でいっぱいになっているのが見えた。
可愛い顔が台無しじゃない。レナには笑ってほしいな、なんて思う。
ぎゅっと抱きしめられて、私は頭がだんだんと冴えてくるのが分かった。
「…あ、私…模擬戦は…」
「負けたよ」
幼馴染の声がする。小さい頃から、ずっと私の隣で言ってきてくれた声。
「そうかー。駄目だったか」
「リゼル、無茶するなっていったろ」
「ごめんね、レオン。でも、ね」
弱い私は、こんなことしかできないから。
「弱くないよ…リゼルは、弱くなんかないよ」
ぎゅっと、レナが抱きしめてくれた。胸が大きくて柔らかくて暖かい…好き。
「リゼル殿は…強かったでござる」
声がする。
レナに抱きかかえてもらったまま、頭を声がした方に向ける。
白い着物。泥まみれで血まみれの私と違って、綺麗なままの着物。
ヨシノが正座をしたまま、私をしっかり見つめていた。
(この衣服の汚れの差が、そのまま私とヨシノとの実力の差なんだな)
目で見て、はっきりと分かる。
何とかこの差を埋めようとしたけど、でも、なんともならなかった。
「強いね、ヨシノ。私、全然だったよ」
「拙者、はじめて、相手が怖いと思ったでござる」
そう言うと、私に勝ったはずの、私に完勝したはずのヨシノが、深々と私に向かって頭を下げてきた。
「いい勉強、させて頂きました。有難うございます」
「…そんな…頭、あげてください」
勝負が終わった後、頭が高い位置にある方が勝ち、と言ったのは誰だったかな。
今、この瞬間だけは。
私の方が、頭が上にあるや。
はは。
ははは。
涙が、零れてくる。
やっと、本当に。
実感が湧いてくる。
「…悔しいなぁ」
弱いって、悔しいなぁ。
負けるのって、悔しいなぁ。
だから、もう。
負けたく、ないな。
そう、思った。




