第11話 王立魔法学園入学試験②
入学試験は続いている。
次の試験は、的あてによる魔法試験。離れた場所に立てられた的の中心に向かって魔法を放ち、その威力と正確さを図る、という試験だった。
(いわゆる、定番の試験ね)
試験に挑戦している受験生たちを見ながら、私は自分の順番が回ってくるのを待っていた。それぞれみんな、自分の得意の魔法をつかって、遠く離れた的を狙っている。
見ていて一番多いのは炎系。ついで氷、雷、といった基本の魔法が使われている。
(私も過去の転生で、この試験、何回もやってきたな…)
思い出して、懐かしくなる。
巨大な火の玉を生み出して会場を吹き飛ばして、試験官を含めた全員を驚かせたものだった。あの時の転生で手にしたレアスキルは何だったかな…特に努力なんてしなくても、チートスキルさえ持っていれば試験どころか人生が楽勝だった。
(それが、今では)
目を閉じて、体内にある魔力を感じてみる。蒼い炎がちらちらと揺れている気がする。自分でもはっきりと分かるくらい、悲しくなるほど魔力がない。
(これじゃ…)
的を吹き飛ばすような強力な魔法を放つなんて、到底できない。今回の試験は的あてを5回行い、その結果を合計して判断するらしい。
私が今持っているスキル《不死》は、この試験においてなんの役にも立たない。もしも他のスキルを持っていれば…私がもっと魔力を持った身体で生まれていれば…なんて妄想するのは楽だけど、それで事態が好転するわけもない。
(だから、出来ないならできないなりに、出来うる最高の結果をイメージするのが大切ね…)
そう思い、頭の中で様々なシミュレーションを立てていた時。
「おぉぉおおーーーー!!」
「な、なんだあれは…」
「す、すごすぎる…」
受験生たちの動揺と称賛の声が聞こえてきた。うん、見なくても分かる。だいたい、想像がつく。
やれやれ、と少し呆れながら、私は試験の方に目を向けた。
そこには、私の想像通りの光景が展開されていた。
「レオンハルト…それは、いったい…」
「火、水、土、風、雷の5つの属性それぞれの光球です」
わなわなと震えている試験官の方を向くと、レオンは爽やかににっこりと笑った。
「得意な魔法を使えという話でしたので…」
「馬鹿な…一人の術者が使える属性は普通1つ…熟練の者でも2つ、才能ある天才ですら3つが限界なはず…5属性全てを扱えるものなど…聞いたことがない…」
「そうですか」
レオンは涼しそうな表情のままで、指先を的の方へと向けた。宙に浮かぶ5つの光球が、レオンの指し示す方へと勢いよく飛んでいく。
「む、む、無詠唱だとーーーー!!!!」
試験官がおののいている。
5つの光球はそれぞれ別の的に向かって飛んでいき、正確にその中心に当たり、そして的を吹き飛ばし、地面をえぐり爆発する。
炎の光球が当たった的は巨大な火柱に包まれ、水の光球の当たった的は一瞬で凍り付き、土の光球は大地がえぐれ、風の光球の的は渦巻きとなって空高く舞っていき、雷の光球の的は雷鳴と共にはじけ飛んだ。
「な、なんだこの威力は!」
「信じられん…夢でも見ているのか…」
「レオンハルト様、素敵ーーー!!!!」
あまりの衝撃に試験官は腰を抜かしたのか、その場にへなへなと座り込んでいる。レオンの周りには黄色い声援をあげながら幾人もの女受験生が集まってきて、口々にレオンに賞賛を浴びせている。
レオンの次の出番の受験生たち…この試験は10人一組で行っている…は目の前で起こった光景をぽかんとした目で眺めた後、次は自分の番なのかと絶望の表情を浮かべていた。
「…威力、弱すぎましたか?」
「逆だよ、逆!強すぎる…っ!」
とぼけたことを言うレオンに向かい、思わず突っ込みをいれる聴衆たち。レオンはばつが悪そうに頬をかくと、まだ黄色い声援を挙げている女たちを後にして、すたすたと私の方へと向かって歩いてきた。
すれ違いざま、ぽそりと声をかけてくる。
(…リゼル、こんなもんでよかったか?)
(有難う、レオン。助かったわ)
私も、他の受験生に聞かれないように、小さく返事を返す。
いくらレオンでも、自分の力が普通ではないことくらい、知っている。試験でここまで不必要な魔法を使う必要なんてないし、無自覚に、俺またなんかやっちゃいました、と言っているわけでもない。
私が、あえて目立つように、派手にぶちかましてくれとお願いしていたのだった。
案の定、その効果はすぐに出ていた。
レオンに続いて試験を行った受験生は、先ほど目の前で見たレオンの魔法の光景に動揺してしまい、普段通りの実力を出せずにいた。
不必要に力をいれてしまい、文字通り的外れの魔法を放つもの。
自信喪失して、そもそも試験を辞退してしまうもの。
自分では普通に魔法を放った気になっているものの、心の底では受けたショックにより身体がうまく動かず、普段ではありえない失敗をしてしまうもの。
(それでも、本当の意味で実力と自分を持っている人には影響は出ていないみたいだけど)
そんな中、冷静に、光の魔法を使って的を射抜いていくレナの姿を見て、私はその横顔が凛々しいな、普段の可愛い顔と違う表情も素敵だな、と思った。
でも、受験生みんなが、レナみたいに心揺らさずにできるわけではない。
大半は、レオンの圧倒的な才覚を前にして、普段通りのパフォーマンスを発揮することができないでいた。
(利用できるものなら、なんだって利用してやる)
私の順番がきた。
私はルールの範囲内で、出来るだけのことをやる。
汚い決意かもしれないけど、それでも、間違っているとは思えない。
「リゼル・アークライトです」
試験官に名前を告げると、私は背を伸ばした。
ちらりと、隣の受験生を見る。
顔が青ざめている。規格外のレオンの才能を前にして、試験前からすでに心が折れているのが目にとれた。
(私の今の実力じゃ、上に立てないなら…)
(他の受験生に…下に行ってもらおう)
そうすれば、相対的に…
(私が、上にいけるッ)
「創世の炉心より零れ落ちし火種よ…星を灼いた古の怒りを…今ここに…我が魔力を糧に、灼熱の太陽となれ…我が掌に集い、焦がし、滅ぼせ…圧縮せよ、凝縮せよ、破滅の紅蓮となれ…」
手をかざす。
的へと向ける。
「ファイアボール!」
ぽひゅっ
私の詠唱が終わるとともに、小さな炎の塊が生まれ、ひょろひょろと揺れながら的に向かって飛んでいった。
速度は…遅い。
人が歩くのとほとんど変わらないくらいの速さだ。
受験会場にいる、受験生700人の中で、私の放ったファイヤボールの威力は、おそらく最下位も最下位、ドベ、オブ、ドベだろう。
もしもこの魔法を実際の戦闘の場で行ったとしたら、話にもならない。まったく役に立たない、むしろ素手で殴りかかった方がマシなレベルだろう。
(でも)
(今は)
(試験会場だ)
この場では…これが…私に出来る…最善で最高なんだ。
ぽふんっ
軽い音をたてて、私の放ったファイヤーボールの火の玉は、的の「中心」に正確にあたった。
的は揺れることもなく、ただ悠然とそこに立っている。
威力なんて、デコピン以下。
でも、この場にいる誰よりも、どの受験生よりも確実に正確に、一番綺麗に的の中心にあてることが出来た。
今、私がしているのは、的あてによる魔法試験。
離れた場所に立てられた的の中心に向かって魔法を放ち、その威力と正確さを図る、という試験だ。
(私の魔力じゃ、的を吹き飛ばす威力なんて望むべくもない)
(だから、威力は捨てる)
(ただ、正確に、完璧にコントロールする)
これが、私のできる、精一杯。
だから、その精一杯を、最大限に活かそう。
(かっこ悪いな、私)
次の魔法を準備しながら、苦笑する。この試験は5回。あと4回、同じことをやらなければいけない。詠唱も無駄に長いし、その割には威力もへぼへぼだし、周りの受験生から嘲笑されているのも分かるし、聞こえてくる。
(でも、今の私にはこれしかできないから)
恥ずかしくても、かっこ悪くても、惨めでも。
それでも、出来ることを、やる。
なんの努力も無しにチート無双できた転生前よりも、出来ないなりに自分の全てを注ぎ込んであがいている今の自分の方が、なんとなく…
面白かった。
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詠唱も長く、魔法の威力も弱く、その速度も遅いので。
今回の組の中で、私が一番最後に終わって、周りからの嘲笑とあざけりを受けながら、私は頭をかきながら歩いて去っていた。
(さっきのレオンは、あんなに黄色い声援に囲まれていたのになぁ)
ちょっとだけむかついてくる。
「頑張ったな、リゼ…いてっ」
だからまた、出迎えてくれたレオンの足を無言で蹴ってやった。
「おい、こら、リゼル、痛いから、痛いから、だから無言で蹴ってくるのやめてくれ、ちょっと、まって」
この、この、この。
しかもレオンの方が硬いから、蹴ってるこっちの足の方が痛くなってきているんだよ?
そんな理不尽な想いをレオンにぶつけると、「なんで俺が怒られてるんだよ…」と非難の声をあげてきた。うるさい。蹴る。
「リゼル、頑張ったね。かっこよかったよ」
「レナ~」
手を広げて私を迎え入れてくれたレナの胸に、私は泣きながら顔をうずめた。
柔らかい…暖かい…癒される…
いい匂い。
私、女の子に生まれてよかった…人前でも堂々と、レナの胸に飛び込むことができるんだもの。
「なんか俺の時と態度違わないか?」
「レオンは黙ってて。今、私、大事なところなんだから」
レナの胸の中で癒されるという、人生で最も大切な時間を堪能する。気持ちいい…さすが《聖女》様。もう私、神は信じないけどレナは信じるよ。
「これで残りの入学試験は、模擬戦による戦闘試験と、学園長との面談だけだな」
「そうだね…」
レオンの言葉を聞きながら、レナの胸の感触を楽しむ。まだここから離れない。離れたくない。
そんな私の鉄の意志をくみ取ってくれたのか、レオンは私をレナから引き離そうとはしなかったし、レナも優しくぽんぽんと私の頭を叩いてくれた。
だから私はレナの胸に癒されながら、現状を分析していく。
「レオンはまぁいいとして」
「俺はいいのかよ」
「チートもちの《剣聖》様は黙っていてくださいー」
不服そうなレオンを無視して、分析を続ける。
「私、座学はたぶん満点。でも次の水晶玉の試験は0点。さっきの的あての結果はよくて50点。最後の学園長との面談はどうせ形だけだろうから、実質、次の模擬戦による戦闘試験の結果で、私の合否が決まるわね」
言いながら、レナの胸の感触を楽しむ。マシュマロみたいな柔らかさで、しかもいい匂いがする。
「模擬戦、か」
「正直、不安ね」
私の戦闘能力は、自慢じゃないけど全くない。村ではミジンコ以下だとよく言われたものだった。まったく失礼な言い分である。ミジンコ様に失礼だろう。
「でもまぁ、やれることをやるだけだから、せめて私の対戦相手がくみしやすい相手であることを願うわ」
「対戦相手、もう発表あったぜ」
「そうなの!?」
私は思わず、顔をレナの胸から離してしまった。もったいない。
「さっき発表されていた。リゼルの相手の名前、みてきたぜ」
「どんな人?」
「名前は…ヨシノ・サオトメ」
レオンはそう言うと、顎に手をあてた。
その表情は…少し、険しい。
「東洋から来た…侍、らしい」




