第10話 王立魔法学園入学試験①
巨大な城壁を超えて街の中に入ると、人で溢れていた。
行き交う人々の顔もどことなく洗練されている気がする。大通りには様々な店が立ち並び、見たこともないような物が売られている。
少し寄り道もあったけど、村を出て一か月。私とレオンはようやく、旅の目的地へと到着したのだった。
「ここが、王都か…」
「田舎者まるだしよ、レオン」
「仕方ないだろう、俺たち、本当に田舎者なんだから」
村を出たのも初めてだしな、とレオンは笑っていう。その言葉の中に自嘲じみたものは全くなく、心から純粋にそう思っているのが感じられた。
(まぁ、確かに、レオンはそうよね)
俺たち、とひとくくりにされたものの、私は心の中で、私は違うけどね、と思っていた。
たしかに生まれて初めて村を出たという事実だけをみれば私とレオンは同じ立場だけど、私には転生前の65536回分の思い出がある。
その思い出と比べて見れば…
(まぁまぁ、といった感じの規模かしらね)
かつては、超帝国の首都を見たこともあるし、魔族の王の都も見たこともある。それらの最上級の都市と比べると、さすがに比べるべくもない。
(でも)
都市の中心にそびえたつ白亜の王城は、美しかった。
それはまるで、太陽が世の中を照らすように、都市全体を一段階格調高く染め上げているように思える。
「よし、レオン、行こう」
私は手を伸ばす。レオンは一瞬とまどった後、私を見て、笑い、しっかりと手を握り返してきた。
固く、ごつごつした、男の子の手。
私とレオンはしっかりと手をつないだまま、先へと向かっていったのだった。
■■■■■
「《剣聖》レオンハルト・ドラグーンに、《超回復》リゼル・アークライト、ですね」
ジョンから預かった推薦状を、王立魔法学園の受付に渡すと、眼鏡をかけた妙齢のその女性は、推薦状をじっくりと読み込んだ後、私とレオンを嘗め回すように見つめてきた。
(まさか、ここで落とす、なんてことはないよね…)
さすがに大丈夫だろう、と思いつつも、それでも少し怖くなる。
今、私とレオンがいるのは、王都の東の端にある王立魔法学園の校舎内だった。年代物ではあるが、豪奢な造りの室内を見ていると、ここがこの国の魔法の中心なのだな、と感じてしまう。
「たしかに、受理いたしました」
その言葉に、ほっと胸を撫でおろす。とりあえず、来た、見た、去った、という事にだけはならずにすんだみたいだった。
(それにしても…)
推薦状を準備できるジョンって、いったい何者なんだろう、と思ってしまう。私と1歳しか年が変わらないはずなのに、あの人はどこか底知れないものがある。
「それでは、入学試験について説明させて頂きます」
眼鏡をくいっとあげながら、受付の女性が私たち2人に向かって話しかけてきた。私とレオンは椅子に座ったまま、しっかりとその話を聞くことにする。
「わが王立魔法学園は、4年制。1クラスは20人で、それが3クラス。つまり1学年60人、学園全体で240人という規模になります」
ふむふむ…つまり王国全土から選りすぐりの240人が集められる、ということになるのか…
「入学試験は5段階に別れます。まずは座学、そして水晶玉による適正試験、的あてによる魔法試験、模擬戦による戦闘試験、最後に学園長との面談です」
そこまで一気に言うと、受付の女性は書類をとんとんとテーブルで整えた後、
「…ちなみに、今回の受験者数は700人。倍率は11.6倍です」
とだけ告げてきたのだった。
■■■■■
「うぅ…やっと終わった…」
座学の試験を受けて試験会場から解放された私は、大きく背を伸ばして太陽の暖かさを全身に浴びていた。
今、私がいるのは学園の中庭。700人もの受験生が一堂に集まっている光景は、なかなか壮観なものがある。
(これから、人数が絞られていく、ということね)
座学の試験は、正直、楽勝だった…と思う。ところどころ意地悪な問題とかもあったけど、私がこれまで生きてきた14年間+65536回分の人生経験を総動員すれば、解けない問題はほとんどない。
(まぁ、問題なのは、ここからなんだけどね)
魔力と体力については、ごまかしがきかない。リセマラ出来なくなってしまった私は、持って生まれてしまったこの身体だけを使っていくしかないのだ。
(でも、まぁ)
本当は、それが普通なんだけどね。今までの私が、ズルしてきただけだから…
そんな事を思っていると、
「リゼル、どうだった?」
「たぶん大丈夫、レオンの方は?」
「俺はまぁ…どうかな。ジョンから教えてもらっていたことが役にたった、とは思うんだけど」
幼馴染のレオンがやってきた。赤メッシュの入った金髪が、太陽の光に照らされてキラキラと輝いている。これからが本番の私と違って、《剣聖》であるレオンにとってはここから先の試験なんて楽勝だろう。
(なんかむかつく)
だから、えいっと、レオンの足を蹴ってやった。
「なんだよ、いきなり」
「自分の胸に手を当てて聞いてみなよ」
私の言葉に、素直に胸に手をあて、目を閉じて考えているレオン。真面目だ。でもね、いくら考えても答えは出てこないと思うよ?
そんなやりとりをしていたら、人だまりが出来ているところを見つけた。目を細めて見て見ると、ひとりの女性の周りをたくさんの受験生が取り囲み、羨望のまなざしを向けているのが分かる。
「なに、あれ?」
耳を凝らしてみると、「まさか《聖女》も試験を受けられているなんて…」「私も合格すれば、《聖女》とクラスメイトになれるってこと?」「すごーい!」とかいろいろ言われているのが聞こえてきた。
どうやら、なんかすごい人が試験を受けに来ているらしい。
その中心にいた人が、ふと、私の方を振り向いた。
そして、そのまま、駆け足で私に向かってくる。
(なに、なに?)
人の波が割れ、その蜂蜜色のロングヘアが陽光に照らされているのが見えた。薄緑の神官制服が舞っているのが見えた。
私の胸が…高鳴ったのが分かった。
「リゼル!」
飛び込んできた。
柔らかい。暖かい。いい匂いがする。
「レナ」
「久しぶり…会いたかった!」
「わ、私も」
つい数週間前に別れたばかりの、レナだった。レナの髪がふわっと舞い、私にかかる。きらめきが星のようだ。
背中に回された手が触れるところが熱い。レナの胸が、私の胸に当たっている。柔らかくて…大きい。たぶん私、いま、顔が赤くなっている。
なに…あれ?
あの女…《聖女》の何なの?
みすぼらしい恰好しているのに…
陰口が聞こえてきた。
仕方ない、ね。私が逆の立場だったとしても、おんなじこと思うと思う。だって、レナ、可愛すぎるから。
「レナ、久しぶり」
「レオンさんも、お久しぶりです。その節は本当にお世話になりました」
そう言うと、レナは私の身体から離れ、レオンに向かって深々と頭を下げた。そのふるまいの一つ一つが洗練されていて、なんていうか、神聖なものを感じさせる。
(《聖女》、のスキルじゃない。レナ自身が、そういう子、なんだろうな)
身体から離れたレナの暖かみの残りを感じながら、私はそう思った。
そして、続く水晶試験において。
事件が、起こった。
■■■■■
水晶試験。
水晶による、適正試験。
水晶に手をかざすことで、そのものの魔力を探知し、水晶が輝く。その色と輝きをみることで、被験者の魔力に対する適正を見る、この世界に広く普及している試験。
能力はABCDEの基本五段階であるのだが、あまりにも逸脱した場合のみ、特別に「S」ランクとして判定される。
ほとんどの受験生がCやBの範疇で収まる中、
「これは…まぎれもない、S判定です!」
レナが水晶に手をかざした瞬間、水晶は白く暖かく輝き、その光は会場全体を柔らかく包み込んでいった。
「さすが《聖女》…」
「S判定なんて、初めて見ましたわ…」
口々にほめたたえる人々の中で、レナは恥ずかしそうにぺこりと一礼をして、そのまま逃げだすように私の隣に戻ってくる。
「すごいね、レナ」
「ううん、すごいのは私じゃなくって、私がたまたま授かった《聖女》のスキルの方だよ」
あくまで謙遜するレナ。謙遜、というか、心の底からそう思っているのが伝わる。いったいどうすれば、こんな素直な性格に育つというのだろう。ちくしょう、可愛いなぉ。
そんな事を思っていたら
パリィン…!!
水晶が砕け散る音が聞こえてきた。
見ると、レオンが立っていた。
レオンが手をかざした瞬間…そのあまりの膨大な魔力に耐え切れず、水晶が砕け散ってしまったらしい。
「私も長年試験官をしていますが…このような事態、初めてです…っ」
驚き、額に汗を流しながらレオンを見つめる試験官。わなわなと震えながら、「こんなのみたことない…」「規格外すぎる…」とこぼし、そして、
「《剣聖》レオンハルト・ドラグーン…あなたの魔力は…史上初の、SSSです!」
と告げたのだった。
「おぉぉおおおおおおーーー!」
「ありえない!!!」
「すごすぎますーーー!!!!」
会場がざわめく。すべての人々の視線がレオンに集中している。レオンは頬をぽりぽりとかきながら、「俺、普通にやっていだだけなんだけどな」とか呟いている。
壇上から降りたレオンを、さっそく幾人もの女性が取り囲んで、「すごいですね!」と口々にはやし立てているのが見えた。
(そのポジション、私のはずだったのにー!)
かつて何度もチートとしてほめたたえられた過去の私。
その栄光を、まさかこんな逆の立場から見ることになるとは思わなかった。
そうかー、昔の私。
はたから見たら、こんな風に映っていたのか。
…なんか、むかつくね。
会場のざわめきが収まった後、新しい水晶玉が用意された。
次は、私の番。
さっきのレオンの判定のせいで、会場はまだ落ち着きを取り戻していない。
(やりにくいなー)
そう思いながら、会場を進む。
水晶の前にきて、大きく息を吸い込む。
なんとなく、嫌な予感がした。
変に注目を浴びる中、私がかざした水晶は…
ぽひょっ
なんか変な音をした後、よーく目を凝らせばやっと分かるくらい、でもギリギリ分からないくらい、うっすらとぼんやりと光った…ような気がした。
「あは…は、ちょっと調子悪いみたいですねー」
私は頭をかきながら、笑顔を作って試験官を振り返った。
先ほど、レオンを見て驚愕して震えていたその試験官は、すっと冷めた目で、機械的に手元の紙に記入した。
「リゼル・アークライト…評価はEです」
ですよねー。
うん。分かってた。
なんとなく、こうなるんじゃないかって。
自分でも分かるもん。
私、嘘も誇張もなにもなく、これくらいの能力しかない、って。
(実は秘められていた能力がありました!)
(突然の覚醒!顕現するチート!)
(また私、何かやっちゃいました?)
そんなものはない。
現実は非情である。
(さーて、と)
くよくよしていても仕方がない。
もうリセマラは出来ないのだから、私はこの、最初に配られたカードを手にしたまま、戦っていかなければならないんだ。
レオンを見る。
レナを見る。
輝かしい、栄光に包まれた2人。
(見ててね)
私、なんとかして。
頑張って、工夫して。
(あなたたちに、ついていくから、ね)
私は…もう、諦めない。




