第1話 リセマラ勇者、転生する
空の割れる音って、案外つまらない。
古龍のはなった光線が私の耳元をすり抜けていく。
光の後に届いてきた音は思ったよりも軽く、ガラスにヒビが入ったかのような乾いた音だった。
私の背後にそびえていた山が崩れ、えぐり取られ、海は蒸発して空に赤い稲妻が走った。宙に浮いている私を取り巻く空気は細かく震え、手にしたオリハルコン製の杖までつられて小刻みに揺れている。
うん。
まぁ、こんなものかな。
「これがあなたの切り札なの?」
私は杖をくるりと回し、その先を私のはるか眼前にて巨大な翼をはためかしている巨大な龍へと向けた。
対峙しているのは、この世界でもっとも強い存在。
数千、数万年もの間、この世界を支配してきた生きる伝説、古龍だった。
巨大な黒い翼は天を覆い、その黄金の瞳ははっきりと私の姿をとらえていた。龍の思考をよむことはできないけど、私に対して…恐怖を抱いているであろうことは想像に難くない。
「はぁ…」
私は、ため息をはいた。
正直、もっと苦戦するだろうと思っていた。
「あなた…思ったより…弱かったわね」
古龍の咆哮が空気を裂いていく。伝説。神話。そのような伝承でしか語られることのない龍の開放された力に呼応して、大地が沈み、海が渦を巻いている。
でも。
それだけだった。
「スキル発動」
私はぽそりとそう呟くと、杖の先に魔力を集中させる。空…大地…海…すべてに存在するマナが収束していき、光に変わっていく。
《神の二重詠唱》
私の固有スキル。世界に存在するありとあらゆる物質に宿るエーテルを抽出し、物理と魔力を二重に合わせて力とする、神の起こす奇跡。
「さようなら、古龍さん」
音もなく光だけが一直線に古龍を貫く。
秒速30万キロの速度を認識する間もなく、古龍は自らが葬られたという事実にすら気づいていないだろう。
翼が裂け、巨体が傾き、質量の半分以上を失った龍の残骸だけが散らばりながら眼下の海へと落ちていった。
「…あっけないなぁ」
私は宙に浮かんだまま、感動も感傷もなく、生きた伝説が生きていた伝説となり落ちていく様子を眺めていた。
喜びもなければ、悲しみもない。
ただ、終わったのだという事実だけがあった。
「これで、この世界もゲームクリアかな」
世界で一番強い存在は倒した。これ以上のものは、もういない。
倒せない敵も、試していない戦術も、新しい出会いも未知なる感動も、もう無い。
全て、やりつくした。
「じゃあ、次に行こうかな」
私はそう言うと、大きく背伸びをした。
空には雲の隙間が生まれていて、そこから陽光が差し込んできていた。
エンディングにはちょうどいい。
『…次…ダト…』
思念が、直接頭の中に響いてくる。
いったいどこから?と思ったけど、今この場にいるのは私と…あとは海面を漂っている古龍の残骸だけ。
最終決戦場となったこの海域の周囲半径100キロメートルには他に誰もいない。
ということは。
「あら、古龍さん、まだ意識あったの?」
さすが伝説、しぶといなぁ。
私は少しだけ面白くなった。まだ終わりじゃないのかな。まだ遊んでくれるのかな。
でも、その浮かんだ希望はすぐに消え去ることとなった。
『オ前ハ…私ヲ倒シ…』
平和となったこの世界を見届けていくのではないのか?
「あはは。そんなの、無駄じゃん」
私は笑う。いったいどこに、一度クリアしたゲーム機の電源をつけっぱなしにしているものがいるというのだろう?終わったゲームは片付けて、新しいゲームを始めるのが…常識、でしょ?
「もうこの世界でやることないし」
私はそう言うと、もう一度空を見上げた。
綺麗な空。どこまでも飛んでいけそうな、透き通った透明に近い蒼。
「さ、次はどんなスキルもらえるかな」
今回の《神の二重詠唱》はかなりの当たりだったから、次はこれよりもいいスキルだったらいいな。
私は杖を自らの頭に当てた。
死ぬのは痛いけど。
もう、慣れた。
『オ前…何ヲ…スル気ダ…』
思念が伝わってくる。うるさいなぁ。あなた、どうせもうすぐ死ぬんでしょう?私だって同じこと、しようとしているだけだよ。
『一度キリノ…命ヲ…』
私は少しだけ眉をひそめた。一度きり?あ、そうか。
普通、そうだよね。
「ごめんねー。私、やり直せるんだ」
そう言って、海面に向かってウィンクすると、私は杖に魔力を込めた。
《神の二重詠唱》
先ほど古龍に放った光を、もう一度放つだけだ。先ほどと違うのは、その対象が古龍から私の頭に変わっただけのこと。
『オ前ハ…世界ヲ…』
捨てるのか?
という最後の思念が伝わってきたけど、ごめんねー。
私の想いは、すでに次の世界へと向かっていた。
(次は、もう少し面白い世界だといいな)
光が、私を穿つ。
私の頭は一瞬で蒸発した。
おそらく…頭を失った私の身体は…
海辺に漂って死につつある、古龍の上に落ちるんだろうな、とだけ思った。
■■■■■
目が覚めると、知らない天井が見えた。
豪奢な造り。一目見ただけで、これは高貴な身分のものが住むためのものだと分かった。
(よし、今回は当たりみたいね)
私はベッドの中でガッツポーズをとった。
それと同時に、今まで生きてきた12年分のこの身体の記憶が流れ込んでくる。
私の意識は今生まれたばかりだけど、この身体には生まれて今までの12年間分の想いが詰まっているのだ。
(今まで、この身体を大事に使ってくれて有難うね)
自分で自分に感謝をするというのも変な話ではあるけど、それでも一応、私は自分の身体を抱きしめて感謝をのべる。これは私が転生するたびに行う、一種のルーティーンのようなものになっていた。
ふかふかのベッド。
金色の刺繍。
やたらと広い部屋。
記憶によれば、私は今回、辺境伯の一人娘として生を受けたらしい。田舎の農村スタートだったら冒険に出るのも一苦労なので、なかなかいい条件ね、と思った。
つい先ほどまで古龍と戦っていた時の私は20代半ば頃であったものの、今の私は12歳の少女になっている。
12歳といえば、この世界では、【スキル授与の儀】を受ける年齢だ。
どんなスキルが当たるかによって、その後の人生が大きく変わることになる。
私はワクワクしていた。
何度転生しても、この瞬間は最高だ。
(前回はけっこういいスキルだったけど、今回はもっと上を狙いたいな)
剣聖とか。
賢者とか。
時空操作とか。
他にも、見た目は外れスキルで、でも使い方次第で最強、ってのでもいいんだけど。
どちらにせよ、どんなスキルを授与されるかは完全にランダムなので、こればかりは神様に祈るしか他に方法がない。
数日後。
私は両親につれられ、スキル授与の儀が行われる神殿へと来ていた。
(いかにも、って感じよね)
だいたいどんな世界だとしても、スキル授与の儀式はたいてい、神殿とか教会とか、田舎の村だったらはずれの祠の前とか、だいたいそんな箇所で行われるものだ。
今回、私は貴族で生まれたから、私1人だけがスキル授与の儀を受けるらしかった。
両親や使用人が見守る中、私は神殿の中央に置かれている水晶に手をかざした。
黄金色の光が走る。
周囲がざわめくのを感じた。
(お、これはレア演出かな…?)
私の期待も高まる。レインボーとはいかなくても、金色ならけっこう期待できるスキルが出るんじゃないかな。
神官が、かっと目を見開いた。
「お嬢様に授けられしスキルは…」
ごくり。
「なんと…《身体強化(小)》です!」
「おぉーーー!」
「すごい…!!」
「さすが…さすがクライドハイム家のお嬢様…っ!」
周囲が歓声に包まれる。
両親にいたっては涙ぐんですらいる。
えーっと。
これ、すごい?割と普通でしょう?
まだ《身体強化(大)》とかなら話も分かるんだけど…これで喜ぶなんて、みんな、レベル低すぎない?
私は、神殿の天井を見上げた。
うん。
微妙。
「外れスキルかー」
外れスキルだし、両親から「お前は外れスキルあてるなんて、クライドハイム家の面汚しだ!追放だ!」って追放されてそれで秘められた能力が覚醒してざまー、なんて展開も期待できそうにないし、めんどくさい。
「じゃ、次に行こうか」
悦びで湧いている両親や神官を放っておいて、私はすたすたと一人で歩き始めた。
それを見た侍女が慌てて追いかけてきた。職務に忠実なのはいいことだ。無駄だけど。
「お嬢様、どちらに!?」
「ちょっと外の空気を吸いに出るだけ」
そう言って、バルコニーへと出る。
風が気持ちいい。
眼下に街並みが広がっているのが見えた。人々が行き交い、泣き、笑い、暮らしている。まぁ、悪くない世界、ではあった。
「でもまぁ、もっと面白いスキル、引きたいしね」
れっつ、リセマラ!
そう言うが早いが、私は手すりに手をかけると、そのままの勢いでバルコニーから身を投げた。
背後から侍女の叫び声が聞こえてくる。ごめんねー、別にあなたの職務怠慢じゃないからね。
下は石畳。
高さも十分。
これなら。
(痛みもなく、死ねるね)
そう思い、次のスキルに想いを馳せる。
次はいいスキル、引ければいいな♪
墜ちていく中、一瞬、ぴしりと、空気が軋んだ気がした。
黄金色の輝きを…見た気がした。
古龍の声を、聞いた気がした。
(なに?)
と思った瞬間。
風の音が止まり、衝撃が走り。
私はトマトのように潰れて死んだのだった。




