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第9話 推しと可愛いを買い物した

 日用品や食料を買うこと数分。着々とこの世界で過ごす準備が整う中で、あることに気付く。

「あ、暑い…」

 シンプルに気温が高く、日差しが強くなっていて暑い!!

 雲一つない晴天の空のもと、汗が額や頬から垂れて地面に吸い込まれる。水分を取ってもすぐに抜けていく真夏のような陽気具合。元の世界の日本でもここ数年は猛暑、酷暑の連続で『秋が消えた』だの、『温暖化』だのニュースになっていたが、今のアルビオンもその時の夏と同じくらい暑い。今のアルビオンの季節は夏か?元の世界は冬真っ只中の2月だったのに…。あの気温が少し恋しい。

「暑いね、ユイカちゃん。大丈夫?」

「平気です」

 心配してチラッとユイカちゃんを見ると、一滴の汗が頬から落ちて行っていた。そして何食わぬ顔でハンカチで汗を拭いている。しかしその頬はリンゴの様に赤くなっていて、どう見ても言葉ほどの余裕はない。


「平気です!!」

「平気そうじゃないよー!無理はダメだよ!日陰に行こうよぉー!」


 どう見ても強がっている。ユイカちゃんらしい。可愛い。

 顔全体が少し赤くなっていて、健康的な肌色が汗で光を反射。色っぽい。この状況にドキドキしないわけがない。また心臓の動きが加速する。

 緊張という暑さ以外の理由で汗をかいてきた。早急に対策しなくてはいけない。

「帽子買いに行こうよ!この暑さに当たり続けたらタフなユイカちゃんでも倒れちゃうから!行こう!!」

「そうしましょう」

 思いが伝わったのか、それとも慌てふためいる俺に同情したのか、素直に行ってくれるみたい。二人で、買っておいた冷たいジュースを飲み干して足早に歩き出した。


 メイン通りから少し外れた道に片隅にレトロな雰囲気を醸し出した帽子屋を発見。物静かな老夫婦が営んでいて、にこやかに迎え入れてくれた。

 木製のそれほど大きくない店に、晴天の太陽から照らされた日光が差し込み、店全体を優しく包み込んでいる。店内にはレコードからジャズみたいな音楽が流れ、和やかな雰囲気になっている。音楽に対して疎いのでこれがジャズなのかはわからないが。

 帽子の種類は様々あって次から次へと目移りしてしまう。


「いっぱいあるね!」

「そうですね。ファッションには疎いもので、こういう所に来るのは久しいです」


 あまり機会がなかったんだね。この感じだとファッションは好きっぽい。いや好き。確定。甘いものを見ている時の目と全く同じで、どこかうっとりしつつも煌めいていた。

 甘いものと同じで、興味はあるけど触れる機会がなかった、制限されていた、もしくは自分から離れていた感じかな。ユイカちゃんの満足いくまで買い物させてあげたい。『たまには我慢しなくていいんだよ。もっとわがままでいいんだよ』というのを教えてあげたい。

 ユイカちゃんが帽子を選ぶのをじっと見てしまう。楽しそうに、それでいてそわそわしている。本当に慣れていないようで、帽子を割れ物のように慎重に触れている姿が可愛らしい。


 ある一つの帽子を手に取ろうとして時、寸前でその手を止めて目を閉じ、首を軽く振った。そして別の帽子へと向かう。

 手に取るのをやめたのは、薄い水色で少しフリフリがついている可愛らしい感じの帽子。名札にはフロッピーハットと書かれている。この帽子の種類だろう。

 そのあともチラチラっとこの帽子を名残惜しそうに見ていた。

 もしかして。

「ねぇねぇ、これとかどう?」

 気になる事があったので、取るのをやめたフロッピーハットを勧めてみた。

 一瞬、目を見開いて驚いた表情をして後に、プイっと目線をそらした。

「私には可愛すぎて合いません!素晴らしいものですが却下です」

 やっぱり。自分の事を可愛い系は合わないと思っていないから、欲しいものに対して自分から距離を置いている。

「よく似合うと思うよ」

「試着もしてないのにわかるんですか?」

「うん!わかるよ!想像力が豊かだから頭の中で思い浮かべられるんだ!」

 想像力の高さを堂々と言うのはいかがなものかと思うし、引かれないことを祈ろう。

 少し前髪を触り、視線をそらしている。この様子なら多分引かれてはいない。

「想像にも間違いはあります…」

 やはり自信がない様子。ならば奥の手。もとい強硬手段だ!

「じゃあ、そんなユイカちゃんにはとっておきを!そこでちょっと目閉じて。決して変なことはしません!誓います!」

「夢叶君はそういうことはしないとわかっていますので、その点は何も心配していません」

「ゆ、ユイカちゃん…!」

 信頼度の高さに嬉しくて感動した。ユイカちゃんから信頼されているなんて嬉しくて泣きそう。というか少しウルッときて涙目になっている。自信満々な表情で言い切る姿もかっこいい!一生ついていきたい。

「日ごろの行いのおかげです」

 『日ごろの行いか』、か。何かした記憶はやっぱりないんだけど信頼度が高くて嬉しい。

「そういうわけなので…夢叶君の言う通りにしましょう」

 目を閉じ、ビシッと背筋を伸ばして気を付けの態勢で待つ。目を閉じてバランスをとるのは難しいのに全くぶれないし、見惚れてしまいたいくらい姿勢が綺麗。流石だ。

 気配に敏感なユイカちゃんを凝視するのはよくないからチラッとだけ見て、作業に取り掛かる。

 真正面からユイカちゃんを見る機会がなかったから改めて思うけど、まつ毛が長いし綺麗。眉毛も整っていて綺麗。口も鼻も頬もちらっと見えるオデコも全部綺麗。一瞬しか見てないけどいつまでも目に浮かぶ。一緒にいると胸の高鳴りが収ますことはない。


「できたから目開けていいよ!」

「…開けますよ…うぅ」

 そう宣言したもののなかなか目を開けない。

「夢叶君」

「はい?」

「そこにあった姿見鏡を移動させ、そして…帽子、かぶせましたね?」

「大正解だよ~!」


 おっしゃる通り。ユイカちゃんが目を閉じている間に、姿見を移動させてさっきのフロッピーハットをかぶせた。無論、テリトリーには入らないように影を使って。

 あれだけガタガタ動いてたら何をやっているかは大体わかるもんね。帽子をかぶせた瞬間にびくっと体が動いてたし、頬が少し赤くなってたし。

 それにしてもめっちゃ可愛い。水色の帽子が綺麗な髪に合っているし、よりユイカちゃんをより輝いている。想像を遥かに凌駕する可愛さと美しさ。かぶせた瞬間、心臓が破裂するのではないかと思うくらい飛び跳ねたし、じっくり見たかったけど見すぎたら心臓が持ちそうになかったから視線をそらした。

「うん!やっぱりよく似合ってるよ!」

「これは一本取られましたね…。ま、まだ自分で見るには心の準備が…」

 過去はあまりわからないけど、好きなものを遠ざけてからそれなりの年数が立っているだろう。少なくともエレクトロン・アカデミーの1年生の時には今と同じ状況だったから3年は経っている。もしかしたらこうして好きな物に触れる事は人生で初めてなのかもしれない。心の準備ができないのは当然だ。


「ゆっくりで大丈夫だよ。自分のペースで目を開けて」

「今だから白状しますが…こういうのは初めてなんです」

 少しだけ予想していたことだけど、ユイカちゃんにとって人生初めての体験のようだ。

 そう言われると俺も自分のことの様に緊張してきた。

「そ、そうだったんだ!」

「何となく予想できていたのでは?」

 鋭い。今のは完全に誤魔化せたと思ったのに、やっぱり読心術が使えるのでは?

「流石ユイカちゃん。なんとなく位だけど思ってたよ」

「互いの予想通りですね。生い立ちはおいおい話すことがあると思いますので今は割愛しますが…私も人並みには可愛らしい物に興味があります。でも自分には合わないと思い、ずっと避けてきました。だから今、少し緊張しています。えぇ…“少し”」

 少しを強調しているけどきっと少しじゃない。少し強がる姿もかわいい。

「でもだからこそ、触れるきっかけをくれた事に感謝しています」

「迷惑じゃなくて、よかった」

「背中を押してくれているのに、迷惑だなんてことはありませんよ」

 目を閉じているが少し恥ずかしそうにしているのが分かる。表情豊かなユイカちゃん。

 でも本当に迷惑じゃなくてよかった。ちょっと思い切った行動だったけど、これで少しでも好きなものに素直になってほしかったから。やっぱり好きな物を好きと言える方がいいと思うんだ。個人的な勝手な意見だけど。

 ユイカちゃんは息を深く吸って気持ちを落ち着かせているように見える。こんな感じに緊張しているのを見るのは初めて。それだけユイカちゃんに大切で大きな一歩なのだろう。


「では…開けます」

 覚悟を決めたユイカちゃんは息を一つ吐き、パチッとライトグリーンの瞳を開ける。

 帽子姿の自分を確認した。

「…ぁっ」

 口から息が漏れる。一瞬恥ずかしそうに視線をそらしたが、すぐに嬉しそうに目を輝かせて微笑んだ。凛としている大人びた雰囲気が薄れ、年相応のあどけなさが姿を見せた。

 よかった…。幸せそうな表情が見れて、涙腺を刺激し少し涙が出てきた。

 好きなものを初めて手にした瞬間は人生で一度しか訪れない特別でかけがいのないものだ。ユイカちゃんの特別な瞬間に立ち会えたのは幸せだ。


「よく似合ってる。そして、めっちゃ可愛いよ!どうかな?」

 答えは聞くまでもないかもしれない。

「えぇ…私も可愛らしいと思います。…ありがとうございます、夢叶君!」

 はにかんで見せるその姿に俺も笑顔になっていた。最高に幸せ。

「いえいえ、こちらこそありがとうだよ!」

 こんなにも最高でかわいらしい瞬間に立ち会えたんできたんだから、お礼が言いたいのは俺の方だ。この表情を、生涯に忘れることはない。

「私にもこういうファッションは似合うんですね」

「似合うよ~!だからこれからは自信を持って、好きなものに触れてくれたら嬉しいな」

「フフッ、そうします」

 新たな一歩を踏み出すことのできたユイカちゃん。

 人の成長を、それも好きな人の後押しをできた事への実感が湧いてきた。

「夢叶君が背中を押してくれたからです。何とお礼を言っていいのか」

「そんなにかしこまらなくても大丈夫だよ!大したことはしてないから」

「大したことです!何かしないと収まりません!」

 一度こうなると止まることはない。本当に真っすぐでまじめで良い子だ。


「じゃあ…俺にその帽子をプレゼントさせてくれないかな?俺がユイカちゃんに初めて贈るプレゼントにしたいんだけど…どうかな?」

「それじゃあやっぱり私が貰ってばかりになります!」

「いやぁ…ユイカちゃんが変わるきっかけになった帽子は俺にとっても特別なもので…それをプレゼントできたら俺もハッピー、ユイカちゃんもハッピーになるかなと」

「理屈も気持ちはわかないでもないですが、それだけでは駄目です。却下」


 ぴしゃりと告げられる。

 ユイカちゃんから見れば背中を押してくれた上に“さらに”プレゼント、ということなんだから。それでも理解を示してくれる人の良さが出ている。いい子だ…好き。

 うーん、どうしようかな。何も思いつかない。

「ではこうしましょう。私も帽子を選んで夢叶君にプレゼントします!」

「え!?いいの!めっちゃ嬉しい!!一生の宝物にするよ!!」

 その提案を一瞬で脳が理解し、この答えを瞬時に出した。まさに即答。間髪入れずとこのこと。俺にとって最高の提案だ。むしろこれは俺得すぎないか?

「まだあげていませんけど、凄い食いつきですね」

「だってユイカちゃんからの初めてのプレゼントだよ!食いつくに決まってるよ!今日をプレゼント記念日にするくらいの大ごとだよ!ありがとう!最高のお礼だよ!」

 自分で言っておいてなんだけど“プレゼント記念日”って何?でもそのくらいテンションが上がっている。喜びで今すぐに飛び跳ねたいくらい。体がふわふわしているような不思議な感覚。言葉だけでは足りない。全身で喜びを表現したくなってしまっている。

「フフッ…本当に素直ですね」

 凄く得意げでどこか楽し気な表情を浮かべてくれる。プレゼントをもらえる嬉しさとユイカちゃんの得意顔が見れた嬉しさが、ぐっさりと心に突き刺さり、心臓が最高潮に加速していく。体が熱い。

 ユイカちゃんにプレゼントできて、しかもお礼にプレゼントをもらえるなんて最高。

 そんな中でユイカちゃんはすでに店内の帽子をまじまじと見つめて選んでいる。行動が早い。かわいい帽子姿で右往左往しながら真剣な表情で選りすぐっている。この幸せをかみしめながら、そんな彼女から目を離せない。


 数分後。

「よく似合っています。ピッタリです」

「ありがとう!!半端じゃなく嬉しいよ!!一生大切にするよ!」

 贈られたのは、羊の毛でできたフェルトハット。色はオレンジ。

 嬉しすぎて、人生で初めて姿見鏡の前でポーズをとった。自分で言うのもなんだけど、ハットをかぶっている自分はキラキラと輝いて見える。一生大切にする。面影家の家宝にする。

「喜んでもらえてよかったです」

「流石ユイカちゃん!完璧だよ!ありがとう!」

「いえいえそれほどでも」

 これからの人生、どんなことがあろうとこのハットがあれば乗り越えられる…そんな気がするくらい浮かれている。好きな人からプレゼントもらえて浮かれない人類とか存在する?いないと思う。

 会計を済ませてルンルン気分で店を出た。店に入ってから俺たちを温かく見守ってくれていた老夫婦もにこやかに送り出してくれた。最高の店だった。お店から出る時にこんなにも感謝するのは人生初。

 今日だけで人生初の体験が多すぎる。流石異世界。人生が一変するし夢がある。

 嬉しさとドキドキしっぱなしのおかげで全身熱いけど、建物の間から流れる風が優しく頬を撫でて気持ちがいい。世界がより一層明るく感じる。煌びやかに、鮮やかに。


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