第3話 推しと初めての戦い
『ちょうどいいね』
俺の言葉をアルカナの言葉がかき消した。向けた視線の先、アルカナのから見て俺たちを挟んだ先に、“それら”は立っていた。
元の世界ではゲームやアニメの中でしか見たこともないような2頭の『怪物』がうなり声と共に鋭い視線を俺たちに向けている。人間よりも遥かに大きな3メートルほど。悪魔を思わせるねじれた角に大型猛禽類のような翼。血管が浮き出ている真っ赤な肌が不気味。赤黒い瞳は俺たちに明確な敵意を向けてきている。
(気が付かなかった…鈍ったものだな)
いったいどこから現れたのか。15メートルほど離れているが、ふたつの太陽によって足もとまで影が伸びてきている。俺の世界には存在していないタイプの化け物。近い見た目と言えば石像などのガーゴイルだろうか。色は違うが。
守れるようにユイカちゃんの前に出て、化け物との間に自分を置く。
『まさにそれ。こいつらはガーゴイル。この世界では【ディアブロ】と呼ばれている種族にカテゴリーされる魔物。魔王軍とでも言えばいいか、これから君達が倒すべき敵の一派。狙いはもちろん君達。何もしないと…フフッ、やられちゃうよ?』
ニヤリッと余裕のある笑顔が恐ろしい。なぜ楽しそうなんだ。俺たちが勝てると微塵も疑っていない。早く君たちの実力を見せてくれと言わんばかりの、純真無垢な好奇心溢れる目。今はそんなことはどうでもいい。
わかっていた。俺が何で選ばれたか。どうして命がけの戦いに選ばれたか。
『大いなる力には大いなる責任が伴う』。好きな映画で知ったこの言葉の意味を、俺は真の意味で知っている。そしてこれからも、この言葉と共に生きていくと。
ユイカちゃんに見せたくなかったな…普通の目ではもう見てくれないだろう。
「【影纏い】…発動」
呟くと同時に、地面を張っていた影の一部が体に纏わり、変化していく。西洋甲冑であるプレートアーマーのような形を基調とし、関節部は鱗が重なり合ったような作り。生き物の一部を鎧に組み込んだような歪な鎧。兜の部分には鋭くも歪んだ角が天に向かって伸びる。
【影纏い】の基本的な鎧の形状─【影鎧─鬼ノ羽衣】。
そして身長と同じくらいの漆黒の大剣が出現。迷わず掴む。名を【影ノ剣─時雨】。鍔は鳥の羽が重なり合ったような形となり、光をも飲み込むような漆黒の刀身には波状の模様が揺らめいている。
影を自由自在に操り、変化させることのできる面影一族に伝わる無二の異能【影纏い】。影纏いは江戸時代に編み出されたとされその力を駆使し暗殺、護衛、そして時として争いの裏で糸を引いていた存在。それが面影一族だ。
そして俺は、その面影一族の最後の生き残り。
元の世界にいた時のこの力を持って敵と戦い、世界を救った。だがそれは誰も知らない。歴史に名を残すこともない。一生日の目に当たることのない、人によっては影の英雄の物語とでも言ってくれるかもしれない。でも違う。実際には、『俺がこの手で最後の面影一族となった』経緯と忌まわしい記憶でしかない。
そんな過去の話は、いつか語る時が来るかもしれないその日まで胸にしまう。
でもまさか世界を越えてもこの力を使うことになるなんて思ってなかった。あぁ…ユイカちゃんに見られてしまった。こんなおぞましい姿を。
「えっ…」
そんな風に悲観していると後ろからユイカちゃんの驚きの声が上がった。
(こんな歪な姿を見れば、無理もないよね…)
目の前で人が化け物に変身したのだ。驚かない方が稀だ。影纏いの基本的な鎧は普通の戦隊もののようなしっかりとしてものではなく、どことなくアンバランスで歪。恐怖心を抱いても不思議ではない。だから、ユイカちゃんには見てほしくなかった。
「…っ!?」
後ろから気配を感じた。正確には、ユイカちゃんの気配が変化したのだ。
エネルギッシュで力強い、圧倒的な気の流れ。普通の人間では到底ありえない、ありえるはずのない変化だ。元の世界にいた時でもこんなものは感じたことはない。
バッと振り返った瞬間に視界に入った光景により、雷で撃たれたかのような鋭くも激しい衝撃が全身を駆け抜けた。
白を基調とし金色のラインが入った見たことがない騎士風の戦闘服に早変わりしているユイカちゃんがいた。先ほどまで着ていたエレクトロン・アカデミーの制服から一変。
ライトグリーンの瞳と視線が混じった。驚愕の色が濃くなっていて大きな瞳は、一段と見開かれていた。
どこから取り出したのかは不明の身の丈ほどの光りを放っている大剣を右手に持ち、左手には腰のホルスターから抜いたのであろう近未来的な形状をした銃が握られていた。ズボンはスリットが入っていて、そこからチラッと見える脚線美が色っぽい。
「か…かわはあああああぁぁぁ~!!!」
つい理性は弾け、言葉にもならなくなってしまいながら悶えてしまった。鼓動が一瞬のうちに加速し、ドクッドクッと胸の高鳴りが響き渡る。でも当然だ。だってここにきて漫画でも見たことがないユイカちゃんの衣装を見れているのだ。悶えない方がおかしい。服装が変わったからかさっきまでなかったホルスターと銃があるし、あの剣はどこから来たのとか気になることは沢山あるが今はそんな事を気にしている場合ではない!ユイカちゃんの新衣装を間近で見れているんだ。しっかり目と心に焼き付けておかなくては罪というもの。
『もう…あなたという人は』と呆れたように呟いているが、表情はその言葉に反して嬉しそうで明るい。胸を張ったり、銃を構えたりと軽くポージングまでしてくれた。その瞬間を心に刻んだ。ありがたや~体の全細胞が活性化したし寿命が延びたよ。
ただ少し冷静になった時に、互いに嫌な沈黙が流れた。先ほどまでの晴れた表情は曇っている。そして多分俺の表情も同じような感じになっていると思う。
理由はわかる。複雑な思いが湧き上がってきているからだ。さきほど言いかけた言葉。
「戦えてしまうんだね」
問いかけに複雑そうな表情のままに小さく頷いてくれた。
「えぇ…面影君も“こっち側”だったんですね」
「うん…」
複雑な心境で互いにしんみりとした声色になってしまった。
(あぁ…こんな風に会話をするなんて、それもこんな思いで話をするなんて夢にも思ってなかった。本当ならこんな会話はしたくなかったなぁー…誰とも)
俺は大切な人に命をかけた戦いはしてほしくない。ただ無事でいてほしい。危険になんてさらしたくない。傷一つだってついてほしくない。そう心から思っている。特に好きな人には─ユイカちゃんには特にそう強く思っていた。
誰しもがそうだろう。好きな人には傷ついてほしくないし、幸せでいてほしいと願うものだ。でも、俺のこの願いは叶わないようだ。目の奥がジーンとする。どうしようもない事だけど、この世の無常さに感情が刺激される。
戦いの日々が待っていると実感し始めてしまった時に、真っ先に思ったのは『ユイカちゃんを戦いに巻き込ませたくない』という不安だった。一緒に入れる嬉しさは当然あったけど、おそらく好きな人が危険にさらされてしまうのは避けて通ることはできないのだろう、という悲壮感が胸の中を支配していった。
「俺は…星守さんに戦ってほしくなかった。危険な目に合ってほしくないから」
「先ほども言いましたが、それは私も同じですよ…面影君」
そう軽く微笑みながら言われてしまうと単純な人間だから嬉しくて仕方がない。ちょっとシリアスな雰囲気だけど徐々に喜びが勝ってしまっている。ユイカちゃんが俺の事をどう思っているのかは不明だが好意的である。そしてこれまた理由はわからないが、俺と同じように戦ってほしくないと思ってくれていた。この状況、喜びが勝って当然だ。
「俺のこの能力は【影纏い】って名前で、その名の通り、見ての通り!影を操って色々できるんだ。星守さんのは?」
「【OREDR】という名です。特殊なエネルギーによって特別な力を持った武器を作り出し、それを持って戦います。影纏い…良い名前ですね」
「エヘヘありがとう!OREDRか、星守さんのもかっこいい名前だね!」
「いえいえ。それほどでもないですよ」
そう言うがどこか自慢げな表情。ユイカちゃんも負の感情が薄まってきて、元に戻ってきたようだ。よかった…本当に。
「さて話はこれくらいにして…目の前の事を処理しますか」
和やかな空気は消え、鋭い視線をガーゴイルへと向ける。微笑は消えて凛とし、ライトグリーンの瞳に闘志が宿った。2つの眼は敵を捉えて離さない。
闘志を感じ取ったのか、はたまたここまで放置されていたことへの苛立ちか、ガーゴイル達は耳をつんざくような咆哮をあげて威嚇してきた。歯が揺らめき空気が震える。
でも恐怖心は湧いてこない。だって隣には最高に頼もしい人がいてくれるから。
「私は左を片付けます。右を任せてもいいですね?」
「勿論だよ!任せてください!」
ユイカちゃんから任されたのだ。全身からエネルギーが満ち溢れる。今ならなんだってできる気がする。いや…何でもできる。
互いに邪魔とならないように少し距離を空け、この世界での最初の対戦相手─ガーゴイルと相対する。愛剣を強く握り締め、まっすぐ構える。地面の感触を確認してから軽くひざを曲げて重心を低くし、慎重かつ丁寧に戦闘態勢へと移行。ユイカちゃんが見てくれているのだ。カッコいい所見せたい!
戦うのは好きではなかった。ずっと苦しかった。でも今はそれを心待ちにしている自分がいる。きっと隣に好きな人がいてくれるから、思えることだろうね。幾多もの戦いをしてきたけど、今この瞬間が一番やる気が溢れている。力があふれ出す感覚が全身からする。滾る。
その気持ちに反応してか、少し強めの風が周辺に巻き起こった。
『さぁ、特異点となりえる実力を見せてくれ』
楽しそうなアルカナの言葉が終わり、ガーゴイルが咆哮をあげ重心を下げて飛び掛かってこようとする動作に入った瞬間、全力で地面を蹴った。
視界の端に見えるユイカちゃんも同時に動いたので同じタイミングで地面を蹴ったのだろう。嬉しい!好きな人と行動するタイミングが一緒だと嬉しいとは聞くけど、本当にその通りだ。ついにやけてしまった。こんな姿は引かれるかもしれないから見せられない。
敵との距離約15メートル。【影纏い】により身体能力も上がっているため一瞬でその距離は縮まる。風を切り裂き、音を置き去りにする。
ガーゴイルにはそれが予想外らしく禍々しい目を見開き、驚きの表情を浮かべている。だがそれはすぐに険しいものへと変わり、向かっていく俺たちを迎撃しようと右手を掲げ、鋭いかぎ爪を振りかざしてきた。一瞬、太陽の光に反射して不気味に煌めく。触れただけで傷つきそうなほど鋭そうで、見ているだけでも背筋に悪寒が走る。
かぎ爪が振りかざされた時、その動きははっきりと見えた。本能が語り掛ける。
これなら─当たらない。
地面を軽く蹴り、最低限の動きで瞬時に場所をずらす。顔の横約10センチ。かぎ爪が空を斬った。風と僅かな衝撃が頬を撫で、その直後に地面が破壊される轟音と衝撃波が伝わってきて、今の攻撃の威力を物語る。
きっと“普通の人間”が生身でもろに今の攻撃を受けてしまったら、たった一撃でその身はやすやすと切り裂け、肉塊へと変貌してしまうことは想像に容易い。
空振りしたことでガーゴイルの体はグラッと崩れ、隙が生まれた。その隙を見逃すことなく胴体に向けて、迷わず大剣を横薙ぎに払う。
剣が身を割いた瞬間、苦悶の叫びと共に傷口から人間と同じ鮮血が噴き出す。血が宙を舞うのを横目にしながら止まることなく背後に周り、振り上げた大剣を斜めに斬り下ろす。
声にならない短い叫びが一瞬、大地に木霊する。
今まで斬ったことのない、経験のない手ごたえ。人の肉質よりもはるかに硬く、分厚い。肉と言うよりも岩や鉱石の類を斬っているような感覚で、そのずれが少し気持ち悪い。でも手ごたえは完璧なもので、勝負が決したことを確信していた。
念のためにバックステップをして距離を取る。
ユイカちゃんの方を見れば、大剣を巧みに扱い、ガーゴイルを鮮やかに一刀両断。その瞬間を目の当たりにした。さらに瞬時に背後に移動し追撃としてゼロ距離で銃弾を叩き込み、バックステップを踏んで俺と同じくらいの位置まで下がってくるという、洗練された動きを披露してくれてそのすべてに見惚れてしまった。
「…かっこいい!!」
まるでアクション映画を見ていたかのような爽快でエネルギッシュな動きに惚れ惚れとして、口元を抑えるも言葉が漏れ、あまりのカッコよさに胸が高鳴る。こんなにも素晴らしいものが間近で見れるなんて幸せすぎる。嬉しさで若干、体が震えている。
銃声も映画とかで見るようなエネルギー弾を出す近未来的な銃の音でかっこいいし、バックステップで返り血も華麗に避け、銃をホルスターにしまう姿なんてスタイリッシュと言う言葉はこの時のために生まれたのではないかと思ってしまうほどに良い。かっこいい!可愛い!
しかし惜しむらくは、ユイカちゃんの戦いを最初から見れなかったことだ。ガーゴイルさえいなければ一挙手一投足をこの目に焼き付けていたのに…悔しい!
悔しさとユイカちゃんに対する胸の高鳴りで悶えが合わさって、じたばたしているとガーゴイル達に異変が起きた。痙攣していた体や噴き出していた鮮血は止まり、体全体が石化し始めたのだ。
『ディアブロは生命活動が終了するとあのように石化する。おめでとう、君たちの勝ちだ。と言ってもあまりの力の差に勝負にすらなっていなかったがね』
そう満足にアルカナは笑った事でようやく一息ついた。ディアブロは死亡した時に石化するという事実が判明した所で、この世界での初戦闘は幕を閉じた。
戦闘については思う事はないが、ユイカちゃんに一緒に戦えてただただ嬉しい。達成感に包まれて嬉しすぎてついつい口元がにやけてしまう。
「まさか、面影君も戦えるなんて思いませんでした」
「俺も同じ気持ちだよ!強いね、ユイ…星守さん」
テンションが上がりすぎてつい名前で言いかけた。だが、またも眉間にしわを寄せ、一瞬ムっとした表情を浮かべるユイカちゃん。何か怒らせるようなこと言ったかな?どうしよう…特に思い当たらない。怖い!
「…その割にはずいぶんにやにやとしてますね」
「うっ…そ、そのあの…ご、ごめんなさい!星守さんがあまりにもかっこよくて可愛いから見惚れてました!深い意味はないです!!」
頭を下げて謝る。めっちゃオロオロしてしまった。マイナス100点。
にやにやしてたのは俺が悪いし、やっぱりマイナス200点。
でも声をかけてきてくれるなんて嬉しいなぁ。でもにやけるのは気を付けなくては。完全に不審者だ。
『本当に好きだね。さっきまでに懸念を払拭できたのに、そっちの感想よりも出てくるのが別の感想になるなんてね』
少し呆れたような物言いのアルカナの正論にぐうの音も出ない。あと好きとか言うな!ユイカちゃんに好意はバレバレだけど言葉にされると恥ずかしいんだよ!
頭を上げてユイカちゃんを見ると少し照れたようでほんのり頬を赤く染め前髪を触っている。あれは!嬉しかった時や照れた時にユイカちゃんがよくやる仕草。尊い。心臓がバクバク言ってる。もう破裂する寸前かもしれない。可愛い!!俺みたいな一般人にそんなご尊顔を見せてくれていいの!?
「あまり恥ずかしことを言わないでください…」
そういうとプイっと顔を逸らすユイカちゃん。照れ隠しの言葉を聞けて、泣きたいくらい嬉しい。と言うか少しに涙が出ている。
「はわぁ…」
『そろそろいいかな?本題に入って』
「どうぞ」
もう少し余韻に浸っていたいのにアルカナときたら本当に。どうぞどうぞ。全く。
『まぁそんなにがっかりしないで。互いに戦えないと思っていた二人が英雄的な強さを誇っているんだからさ』
「それで目的を果たせるのかは別だと思いますけどね」
冷静な正論がさく裂した。流石ユイカちゃん。
確かに俺たちは戦えるし、かなり強い。ユイカちゃんの動きを少しだけ見たけど間違いなく俺と同格かそれ以上の実力者。何度も戦いに身を置いていたから、動きを少し見れば自分と相手の実力差は大体わかる。ユイカちゃんがいればきっと俺の世界の敵はもって簡単に、早く倒せていただろ。でもだからと言ってこの世界で通じるかはわからない。
『おっしゃる通り!このままだと魔王には勝てないどころか、たどり着けもしないだろうね。強くならないといけないね』
なぜか嬉しそうアルカナ。今ので喜ぶ要素なんてあったか?
「私たちが負けたらあなたの立場が危ういのでは?」
『そうだね!ここで君たちが負けたら僕は“消滅”するだろうね!』
「アルカナも消滅するんかいっ!!」
それなのになんでそんなに余裕があるの?めっちゃ笑ってるし。何、神にとって消滅とかそんなに深刻なことじゃないの?いやそんなわけないよね。
『凄く深刻だよ。生き返るとかないし、こっちの世界の秩序や平穏が崩れるし結構大ごとになるだろうね』
「なのになんでそんなに余裕な感じになれるのですか?未来が見えているんですか?」
呆れた様子でユイカちゃんが聞く。この表情も見たかったんだ!実際に見れてる!嬉しすぎる…何て可愛いんだ!若干軽蔑したような冷めた目線…くっ、神相手にもできるなんて流石ユイカちゃん。最強だ。
『いや?僕は君たちが見ていた全知全能の神とは違うから、この戦いの未来なんてわからないさ。それにさっきも言ったけど、この世界に未来と呼べるものはない。今この瞬間が未来の最先端だとね。ついでに実は黒幕でした!とかもない』
「ならなぜ?」
『君たちなら絶対に勝てると信じているからさ!』
満足げに微笑みながらアルカナが告げたのは、まさかの『信じる』ということだった。
すごくいい笑顔だ。さも当然のように曇りも一切存在しない、純真無垢に信じ切っている。
嬉しいけど、なぜそこまで信じられるのだろうか。ユイカちゃんはわかないが俺はアルカナと会ったことはないし、何か信じられる要素があるとは思えない。でもきっとそれは人間である俺には理解できない、神にしかわからない何かなのだろう。
1つわかったのは、『理解しようとするのは無駄だ』ということだ。神と人間では何もかもが違う。こうなった以上はただ進むしかないのだろう。
「まぁその答えで納得してあげましょう。で、世界を救うには具体的に何をすればいいのでしょうか?ロードマップのようなものがあると助かります」
「ください」
世界を救うために何をするべきか。まずはそれが分からなくては話にならない。この未知の世界をなんの当てもなく歩き回ってたら先に寿命が来てしまう気がする。そしたらゲームオーバー。いやだなぁ…老衰によって世界が消滅するとか。
ユイカちゃんがどんな大人になるのかには興味があるけど、苦しむユイカちゃんは見たくないからできれば早く救いたい。『ユイカちゃんを元の世界に帰す』。それが今の俺の夢だ。
この夢を叶えたい、そう願っているだけでやる気が満ちてくる。
『ようやく前向きになってくれたね。良いね。じゃあ色々と情報を教えるよ。この世界…そういえば名前を言っていなかったね。この世界の名は【アーク】。君たちの世界では親しみやすい名前なんじゃないかな』
「そうだね。神話に出てくる方舟…確かに俺たちや全人類の命運をかけているからふさわしい名前かもね」
神々の争いで乗る方舟だから神話に出てくる本場のアークとは意味合いが違ってくるけど…いい名前だ。
『僕もいい名前だと気に入ってるよ。話を続けよう。アークは、君たちにとっては非現実なファンタジー色が強い世界だ。様々な魔法が存在し、あそこに見えるドラゴンや、今さっき戦ったガーゴイルのような架空と呼ばれていたような生物や様々な種族が栄えている。しかし今この世界は【魔王ルシファー】の侵攻にあい、厳しい情勢になっている。君達がこの世界を救える最後の希望、【特異点】となるのだ。というのが神々の代理戦争─【ラグナロク】の内容だね』
そう楽しそうに首を傾げながら聞いてくるアルカナ。神の代理戦争と言うのはあまりにも重い。神の化身が相手だよ?魔王だよ?確かに俺には【影纏い】という異能があるけどそれ以外はごくごく普通の人間だ。不安は募るばかりだ。
『そしてルシファーの居場所だけど【最果て】と呼ばれる場所にいるらしい。どこにあるのかは知らない。自分で情報を集めて』
「あららーまぁそうなるよねー」
場所を完全にわかっているなんて、都合がよすぎるからね。場所の名前がわかっただけでも御の字だ。自分たちで調べていく事になるんだろうけど、長い旅になりそうだね。
旅が長くなると必然的にユイカちゃんと一緒に入れる時間が増えて幸せな気持ちで言わられるけどそれと同時に、一刻も早く元の世界に返したいという焦る気持ちがぶつかり合う。そして今の俺には、ユイカちゃんとその大切な人たちの命がかかっているという重圧もある。今までに感じたこともないような重く、全身を包み込むような緊張感が水の様に張り付いてくる。人生で初めての感覚だ。
でもこういう時に、何十億人の命と運命を背負っている気持ちになれないのが英雄気質ではない、と我ながら思う。元の世界で戦っていた時も負ければ人類は滅びるって状況ではあったけど、あの時は別に全人類を背負っているなんて気持ちはなかった。ただひたすらに今は亡き大切な人のため、自分のため、わずかに友人や周りの人のためだった。
テレビやアニメで見ていたヒーローはこういう時に、全部背負ってやるぜ!ってなれていたと思うと本当に尊敬の念を抱くよ。




