第20話 vs円卓の騎士バルバロス 4 決着
不完全ながら剣でガード態勢を取りつつ、影で体を引っ張りずらすことで無理やり回避する。だが完全には間に合わなかった。左肩上部から縦に一直線に斬撃が注がれた。
距離を取るもその間には血が滴り落ちて大地を濡らし、鋭い痛みが広がっていった。
「うぅっ…ぐっ!何回やっても痛いのは慣れないなぁ…」
ぼやいてみるが焼けるような激痛が襲い、全身から汗が噴き出す。玉のような汗が額から流れ、地面へと落ちていく。若干涙が出て霞んだ視界の端で、時雨が欠けてしまっているのが見えた。ちょっと無茶をさせてしまった。
血がしたたり落ち、影を赤く染める。傷はそこまで深くない。大丈夫だ。痛いけどまだしっかり動ける。
「お前は確かに強いが、時間をかけすぎた」
余裕綽々な雰囲気でバルバロスが口を開く。
「数秒前までの我とは別者だと明言したはずだ」
「なるほど…【グラウンド・オブスキュラ】の効果か」
「物分かりが良くて助かる。【グラウンド・オブスキュラ】はフィールドが【ファースト・グランド】である場合に真の力を生み出す。『全ての能力が永続的に上昇し続ける』。今この瞬間も我は強くなり続けている」
その言葉に反応するように一陣の風が吹きつけ、石礫が飛び散る。周りのオーラがより鋭く、鮮明に色濃く映し出され、プレッシャーが重く広がってきていた。
最初に感じた違和感の正体。動きは落ちていないのに、攻撃が通用しなくなり相手の攻撃は対処しきれなくなっていく。時間経過と共に全ての能力が『永続的に上昇し続ける』。戦いの中で強くなり続けていく。長期戦を仕掛けるにしては厄介極まりない相手だった。
「お前はよく戦った。我の切り札である【グラウンド・オブスキュラ】を使わせ、優れた防御術によって我の攻撃を全て対処して凌ぎきり、そして攻撃を的確に当てている。数々の人類と戦ってきたが、ここまで拮抗し心躍る勝負まで持ち込めたのはお前が初めてだ。敬意を表してやろう」
余裕に見て溢れた表情だが、その口ぶりは今の言葉が心からのものだとわかる。基本的に人類を下に見ているが、それでも一人の戦士として素直に敬意を表してくれるのに胸が熱くなる。少しだけ通じるものがあった敵と、心が通うなんて人生で初めてだ。
「だが残念だ。もうお前の攻撃では我を倒す事は不可能。剣も欠け、我の攻撃は有効。メテオストライクを耐えた防御特化の鎧ならば耐えられるが、スピードで負けては意味がない。滾る勝負であったが諦めろ。種としての限界。人類も、お前の夢も叶わず…ここまでだ」
額から汗が流れ、骨や筋肉が軋んでいる。血管の流れは激しくなり、肺はより多くの空気を求めて活性化している。体は苦しい。疲労とダメージが蓄積していっている。
だけど、その言葉を聞いて、状況を見た上でつい笑顔が零れた。
“情報は集まった”。夢を叶えに行こう。
胸を張って仁王立ちでバルバロスへと視線を向ける。
「大好きな人は、俺に生きる力をくれた。その人がいたから今がある。命の恩人だ。そんな俺には夢がある!『好きな人に最高の笑顔でいてもらって、世界で一番幸せになってもらう』。そして─『その人を元の世界に戻す』だ。今、俺はその人と一緒にいられる人生で一番幸せだ。好きな人の側にいれる…この上なく最高の時間を生きているんだ。そんな俺が、死んでもないのに諦めるわけないだろ!!!命尽き果てるまで…夢を叶えるために俺は止まらないぜ」
話している間、頭の中に浮かんでいたのは当然、ユイカちゃんだ。一緒に過ごしたこれまでの光景も一緒に浮かんできた。この世界に来てからの一緒に過ごした全ての最高の記憶も、出会う前の漫画を通じて見ていた記憶も。ただそれだけで自然と顔はほころんで、体の底からエネルギーがあふれ出す。勝てる気しかしない。
「ほぅ...覇気が強まっている。興味深い」
「見せてやるよ。好きな人がいてくれるだけで、人は限界なんて超えてどこまでも強くなれて、どんな困難も超えていくことができるって事を!!」
剣を構え直す。俺の覇気を感じ取ったのか、バルバロスの表情から余裕が消え、眼光は鋭さを増す。
「それとアンタには感謝しているよ。世界や戦う種族が違うから俺の感覚にずれが生じているかもしれないと思った。だけど感覚は狂ってなかった。アンタは俺が戦った中で一番強い。前の世界で戦ったラスボスと比べる事ができないくらいだ。だからこそ、戦ったことで感覚がより研ぎ澄まされた。ありがとう。また一段、高みに登れたよ」
「…どういう意味だ?」
「フフッ…勝つのは俺だってことだ!!いくぞ、決着をつけよう!!!」
そう叫ぶと同時に、這わせていた影を全て自分の元に呼び戻し、時雨を再生。
肩をぶんぶん回して無駄に力が入らないようにする。まぁユイカちゃんに見られているから、いつもよりもかなりドキドキしていて力が入りまくっているけど。ここからフィナーレだ。見ててね、ユイカちゃん。
「見てくれよ…【影纏い】の真髄を」
警戒心を強め、体勢を低くし剣を上段に構えて臨戦態勢に入るバルバロス。俺の言葉と態度でハッタリではないとわかったのだろう。戦闘態勢に入り、瞬き一つせず火花が散ってしまうほどに視線がぶつかる。
「影は俺のフィールドだ…そのルールが適応されるか、試させてもらう」
この能力がこの世界でも適応されるのかはわからないから少しだけ緊張している。でもなぜだろうか…成功するだろうなとは心のどこかで思っている。そうでなくてはアルカナが俺をこの世界には呼ばないだろう。
息を小さく一つ吐きながら姿勢を低くして、剣は中段に構える。
─覚悟は決まっている。
「【影ノ綻ビ─夕立ノ陽炎】」
地面を蹴った。猛然と正面からバルバロスへと向かう。風を切り、土煙を置き去りにする。
間合いに入る直前、一歩踏み出したバルバロスが剣を振りかざす。このまま進めば直撃するだろう。だが、その攻撃は先ほどまでの戦いで情報を集めていたから読めていた。
影を使って急ブレーキをかけ、さらに一気に重心を下げてしゃがむような体勢になりながら体を捩じって剣戟を回避するように動く。
陽が反射する鋭い剣先が頬を掠めた。今までで一番の速さのキレを出したが、ギリギリだった。バルバロスも攻撃の精度を上げてきているようで切れ味が増してきている。流石だ。
感心しながら回避すると同時に剣を地面に這わせるように切り上げ、目的であった【バルバロスの影を─斬った】。特別な手ごたえはない。ただ斬れたという実感だけが不思議と湧いてくる。斬った場所は上半身と下半身の間。みぞおちの辺り。影は斬られた瞬間、上半身の影は粒子となり消え、下半身の影だけが残った。
粒子となったことを一瞬で確認すると『あとは斬るだけだ』と本能が囁く。剣を横に構え、地面を蹴り、バルバロスの懐に目掛けて飛び込む。今の空振りでバルバロスには隙ができているはず─そう思いと飛び込んだ先で見えたのは、迎撃しようと剣を切り返し振るってくるバルバロスの姿だった。
動きを読んで瞬時に切り替えたようだ。隙だと思っていたが誘い込まれていた。強化魔法だけではない。戦士としての卓越した技術が合わさった洗練された動き。ここでその動きが出せるとは予想外。反応速度と一瞬の判断能力には心から感服してしまう。
このまま無策で突っ込めば、互いの斬撃がクリーンヒット。おそらく俺の方がダメージは大きく、致命傷となるだろう。だが俺は迷わず突き進む。
渾身の力を込めて時雨を斬り上げた。同時にバルバロスも剣を振り下ろす。一瞬、陽の光を反射してバルバロスの大剣が煌めく。土煙が舞う中、剣戟が交錯する。
剣が交わった刹那、剣戟も衝撃もなく、まるで霞でも斬ったかのようにそのままバルバロスへと刃が吸い込まれるように近づき
斬った─
『この世界でも、俺のルールは適応されている』
宙に舞う斬られた剣身を視界の端に入れながら、頭がそう理解した。
振るった時雨はその勢いのままにバルバロスを捉え、先ほどまでとは違い、弾かれることもなく、装甲ごと斬った。音や手応えは全くない。その一瞬は世界から音が消えたように無音で、剣戟のままに交差。振りぬくと同時に鮮血が舞う。
バランスを整えながら振り返り、バルバロスの方へと向く。
「…再生、しない…!?」
斬られその場所に立ち尽くしているバルバロス。斬られた箇所からは鮮血が噴き出し、地面へと流れ落ちて、血の水たまりを作り出している。先ほどとは違い、傷は再生しない。
「影で作り出した武器で影を斬れば、その部分は一時的に消滅する。影が消滅した場所は、全ての法則を無視して必ず斬ることができる。そしてその傷は、影が失われている間は治らない。それが【影ノ綻ビ─夕立ノ陽炎】だ。みぞおち辺りの影を斬ったから、上半身の影は切り離されて消滅。影が消えている間、アンタの上半身ならどこでも斬れるようになった。その強固な鎧も、強靭な肉体も、大剣も含めて」
滾る戦いを演じてくれた事に感謝して種を明かすことにした。仲間を容赦なく殺し、数多のスペリオルやパラディンを殺め、人類の平和を脅かす憎き敵ではあったが、その戦いぶりは正々堂々としていて信念があり、戦えて少しだけ気分が晴れやかだったから。
噴き出した血の勢いに押され、徐々に斬られた箇所の上下がずれ始めていたが、数秒後には魔族の生命活動の終わりを知らせる体の石化が始まり、体を留めていた。端々から少しずつ石へと姿を変えていく。
「お前は…いや、君は…例外、だったというわけか…よい、技、だった…滾った…ぞ…」
声色は弱弱しいが満足げなようであった。その言葉を最後にバルバロスの全身は完全に石化。目から光は消え、生命活動の終わりを告げた。口から血を吐き、詰まりながらも言葉を繋げ、満足そうに旅立っていったその姿は敵ながら立派であった。表情は、自分が負けた技の謎が解けたためか清々しく晴れやか。
“よい技だった”と褒めの言葉を貰えて率直に嬉しかった。敵だろうとそんなことは関係なしに、心が躍る戦いを演じた相手から認められたら嬉しくなる。味方にいてほしかった。
「アンタのも良い技だったぜ」
頬から流れた血を拭いながら、聞こえることの無い素直な称賛を投げかけた。元の世界では感じたことの無い、心が熱くなる戦いに敬意を表して、軽く一礼をしてから振り向いてその場から去った。
その時フッと視界に入っていた景色が変化していく。空を覆っていた絶対拒絶のフィールドの境界線である光の壁が徐々に粒子となって消えていき、太陽の光がより強く差し込んできた。岩場だった大地には草花が戻り、陽の光を受けて葉は艶やかに煌めき、そよ風に吹かれて心地よさそうに揺れている。生暖かい風は優しいそよ風へと変わり、頬を撫でた。
『【リミテッド・トリニティ】において勝負が決した合図だ。バルバロスは戦闘不能。君の勝ちだよ、ユート』
嬉しそうなアルカナの声が聞こえた。振り向くと徐々に透明になってきているアルカナがニヤリッと笑っていた。その視線はまっすぐルシファーへと向けられていた。
バルバロスの背後に映し出されていた半透明な魔王ルシファーもアルカナと同じように空に溶け込み、徐々に薄くなり今はもうほとんど見えなくなっている。感情が読み取れない零度の瞳はまっすぐ俺を捉え、見下ろしていた。まっすぐ見つめ返したが背筋がヒヤリと凍てつくようなプレッシャーが襲ってくる。
プレッシャーを切り裂くように剣を向ける。
「待ってろよ…ユイカちゃんと俺が倒しに行くから。お前を倒して、必ず元の世界にユイカちゃんを帰す!!」
そう力強く宣言すると、聞こえているのかいないのかはわからないが、ルシファーの口元が少し笑ったように見えた。その数秒後、完全に消え去った。
【魔王ルシファー】、これから打ち滅ぼす宿敵との初めての邂逅が終わった。




