第19話 vs円卓の騎士バルバロス 3
「おぉ…なんか雰囲気が一変したね。魔法の類?」
「そうだ。地属性強化魔法…【グランド・オブスキュラ】。スペリオルのみが発動することのできる最上位魔法カテゴリー【サンクチュアリ】に属する。地属性魔法の効果強化、身体能力上昇、強固な防御力を得る、他諸々の強化。更にフィールドがファースト・グラウンドのため、この力は増強される。数秒前までの我とは別者になる」
不敵な笑み。消して揺らがない絶対なる自信と共に纏われているオーラが不気味に揺らめく。ただ立っているだけなのに空気が震える。先ほどまでよりも放たれていたプレッシャーが段違いだ。でもバルバロスの闘気に当てられて俺も心が高鳴ってきた。知らない単語はこの際どうでもいい。せっかく異世界に来たのだ。戦いはこうでなくちゃ面白くない。
「いいね…そう来なくっちゃ!!俺も全力を持って相手をするよ…!」
影を這わせながら全力で地面を蹴る。
俺の攻撃などは構う事は考えていないようで、防御態勢を取らずに剣を振りあげて斬りかかってきた。先ほどまでとは比べ物にならないスピード。突進し自ら距離を詰めたが想像以上の攻撃の速さに急いで横にステップを踏みながら盾を構えて、剣撃を受け流そうと試みる。だがそれは、想像を軽く超えていた。
「ぐっ…?!」
剣が盾に触れた瞬間、衝撃が全身を貫く。地面に足がめり込む程の強い衝撃が全身を駆け巡り、その直後に鼓膜が破裂しそうなほどの音が辺りに響き渡る。波紋の様な衝撃波が大地に広がり、相場の地面が割れて土が舞う。骨や筋肉が一瞬軋んだ。明らかに桁違いだ。
衝撃を利用して後ろに数メートル吹き飛ぶようにその場から離脱。吹き飛ぶと同時に影から槍ノ草原を発動。バルバロスへと突き立てる。
今の攻撃力で【グラウンド・オブスキュラ】によってどれほどの強化されたのか、大まかに予想することができた。切れ味と強度をさらに上げる。
(これで通るはず!)
その甘い期待は一瞬で砕かれた。
ピキッッ─
狙い通り、バルバロスへと向けて槍を突き立て、命中。先ほどまでの強度ならば今この瞬間にも串刺し状態にできていたであろう。しかし接触した瞬間、影は鋭いクラッシュ音を残し一瞬にして砕け散った。伝わってきた振動で腕がしびれ、不快な痛みが体全体に広がる。
バルバロスの装甲硬度が俺の攻撃力を軽々と上回った。まずいな。
「あらら…」
腑抜けた言葉とは裏腹に内心穏やかではなく、心には波紋が広がっていた。ひきつった頬に冷や汗が流れ落ちる。今の強度と切れ味の影をもってすれば元の世界では斬れない物はなかった。装甲車や分厚い鉄の扉、ダイヤモンドだろうと一刀両断できたであろう。そのくらいの自信はあった。しかし結果は見るも無残。流石にこれは心へのダメージが大きい。
ニヤリッと満足げに笑うバルバロス。余裕の表れか、それともこの戦いへの渇望か。ヘルムから覗く瞳が禍々しくも爛々とした光を放つ。
(まだだ…まだ足りない)
焦る気持ちを抑え、体勢を立て直す。止まってその場にいるのは良くないと判断して動く。効果があるかは不明だが、的を絞らせないように円を描くように走り回る。
「【ガイア・マテリアル】」
先ほどから何度も見た魔法だが、グラウンド・オブスキュラによって強化されているだろうから警戒は怠らない。一度じっくりと強化具合を見て確認するために動作に入った瞬間、思い切り地面を蹴りバックステップ。
その瞬間、肌がピリピリするほどの地響きと轟音が鳴り響き、空には視界いっぱいに巨大な岩が一瞬にして浮き上がった。大きさは先ほどまでに飛んできた岩の倍程度。数は約50個くらいだろうか。その数と大きさにより太陽の眩い光は遮られ、距離を取るために離れている今の場所すらも一瞬で影が覆いつくしまるで夜のような暗さに。
「こいつは凄いね…桁違いの強化具合だ」
そう呟いた刹那、大岩が風を切り、土埃を上げながら悠然と迫ってくる。先ほどよりも遥かに早い。俺にこれを避け続けるのは不可能だ。想定以上の強化具合に正直、恐怖を抱く。明確に“死”が間近に感じる。息をするのも重苦しい。血が凍るように冷たく感じる。
それに抗うべく、瞬時に雫ノ大盾を発動させ強固な盾を作り出す。両手でがっちりと握りしめ、膝を曲げて大岩の襲撃に備える。それと同時に槍ノ草原も発動させて迎撃態勢に入る。水面で対処しきれなかった岩は盾で受け止める、という算段で行こう。
発動が完了した瞬間、盾に岩が接触。一瞬にして周囲一帯が土煙に飲み込まれ、空気が震えるほどの衝撃と共に耳を張り裂くような鳴動が連続で響き渡る。
盾を構えている上に土煙で周囲は一切見えないが、“影”によって全ての状況が手に取るようにわかる。飛んでくる岩の弾道、迎撃され粉砕した岩の残骸の行方、術を発動しているバルバロスの挙動、熱や衝撃や光の加減…景色そのものに至るまでその全てが頭の中に入ってくる。何も見えていないがわかる…なんとも不思議な感覚。未だにこの感覚には慣れない。
大岩が当たる度に全身を鋭い衝撃が駆け抜けて筋肉と骨を軋ませた。懸命に力を入れて、後ろに弾き飛ばされそうになるのを体が弾けてしまわぬように堪えるが…辛い。
メテオストライクの方が衝撃は強かった。だが今のガイア・マテリアルの方が遥かにきつい。骨と筋肉が悲痛な叫びを上げ、ダメージが蓄積していくのが手に取るようにわかる。
岩が砕けずにその場に残り続けてくれれば障害物になって陰に隠れることができるのだが、盾に当たった瞬間に砕けて分かれ、次の攻撃の射線をしっかりと確保。連動するように計算された軌道。その軌道にしっかりとコントロールできている事に素直に感服する。しかも時折背後からも飛んできていたりする上に必ず、岩は俺の方へと向かってくる。
この土煙によってバルバロスからも俺の姿は見えていないだろうが、この魔法の追尾機能は優秀なようでどんな状況でも岩は的確に向かってくる。隙を見てはバックステップやサイドステップで位置をずらしているがお構いなし。全弾命中。
「…ん?」
数秒耐えていると、影が新たな攻撃を察知した。直後、ガイア・マテリアルによって発生している以外の振動と、大地を揺るがすような重低音が迫ってくるのが聞こえた。
“地面が津波のような形状で押し寄せてきている”。
大地による津波の高さはざっと15メートルほど。全てを飲み込むように轟音を響かせながら凄まじい速さで向かってきている。これもまたバルバロスの地属性魔法なのだろう。
鉄壁の防御力と圧倒的物量が猛烈な速さで迫ってくる攻撃力。常人には対処は不可能だろう。これまでの人生で戦ってきた相手の中で、ダントツに強い。元の世界で戦ったラスボスよりも遥かに。比べる事すらもできない程だ。
でも─『予想通り』の圧倒的な実力。
「なるほどね…よくわかった。俺の“感覚”は間違ってないみたいだ」
全ての点が繋がる。気持ちが最高潮に高ぶり思いっきり口角が上がった。体の底からエネルギーが湧き上がる。
「ここからは…俺のフェーズ。見ててね、ユイカちゃん」
その言葉を発した瞬間に海神ノ玄武からいつもの影鎧へと変化させて全力で地面を蹴り、岩が降り注ぐ前方へと駆けだした。
抜け出したその先は相変わらず砕けた岩と土煙によって何も見えない。盾によって少し軽減されていた轟音が完全なる状態で響き渡る。空気の震えが肌に纏わりつき、その衝撃で脳が揺れそう。盾をしまうと同時に時雨を生成、飛んでくる岩を水面で作り出した槍で迎撃。先ほどまでよりも太く多く早く、そして強度を上げて作り出す。それでも処理しきれない岩は切り裂いて処理。
俺に動きがあったことを察知したようでバルバロスは警戒強め、大剣を上段に構えた。その剣先、左右に動いたとしてもブレることなく俺の芯をまっすぐ捉えている。
大地の波状によって何も見えない中でも敵の位置は正確に把握しているらしい。影で見ている俺とは違ってどういう原理で把握しているのかは分からないが、位置がばれている以上は隠れながら戦うという選択肢はない。そんな選択肢は最初からないけどさ。
「正面突破あるのみだ!!」
まずはバルバロスへとたどり着くために眼前へと迫る岩の津波を処理する。
数メートル進んだ瞬間、巨大な影に飲み込まれた。押し寄せてく波状の大地はあまりにも高く、陽の光を遮ったのだ。まるでビルのような巨大な建物が迫ってくる圧迫感と迫力。人生で初めての体験に足がすくみそうになる。空気は震えるばかりで流れが止まる。
何もせずあと数メートル進めば、1、2秒後にはその巨大な波状の大地に飲み込まれるだろう。こんなにも巨大な物が迫ってきたことがなく、目の前にすると先ほどまでの威勢は少しだけ恐怖心によって削がれた気がした。でもすぐに頭に浮かんだのは『ユイカちゃんの姿』だった。
戦いで絶望していた時、フッと目にした『エレクトロン・アカデミー』という漫画。そこに登場する『星守ユイカ』というキャラを見た時、全身に雷で撃たれたような衝撃が走った。彼女に出会えたから生きる力や生きる意味が持てた。俺にとって、彼女は心の支えであり、人生を歩み続ける意味でもあった。俺にとって想い人であり、命の恩人なんだ。
ユイカちゃんの事を考えるだけで自然と体の深層からエネルギーがあふれ出して、幸せな気分になれてそして口元がにやける。きっと今も俺の事を見守ってくれている。そう思うだけで何でもできる気がする。一瞬にして恐怖は消え去った。勝つよ、絶対に。
気合を入れ直して影を操り、武器の名を口にする。
「【影ノ騎槍─五月雨】」
その言葉と共に大剣が影に溶け込み変化する。
細長い円錐形が伸び、その下が人長ほどの大きな傘状の鍔へと変わっていった。その形状はヨーロッパで騎兵に用いられた『ランス』と呼ばれるもの。側面には翡翠色の流線模様が入っていて、薄く光っている。まるで某モンスターゲームに出てくる武器のようだ。
江戸時代に編み出されたのになぜランスが?と思うだろうが、この形状は俺が生み出したもので今までの影纏いの技の中にはなかった。
影纏いの技によって影で作り出される武器には形状によって様々な名前が付けられている。剣なら【影ノ剣─時雨】、日本槍なら【影槍─篠突ク雨】。他にも刀、薙刀、斧なんかにも名前がある。でも残念ながらランスにはなかった。というか作り出す技すらもない。そもそも影纏いは古くの日本で生まれたものだから、ヨーロッパの武器とは縁もゆかりもない。影纏いが生まれた頃、日本以外の武器に触れる機会などなかったのだろう。だからこそそういう技術や名前が無くて当然なのかもしれない。
ないなら作ればいい!という発想のもと、俺が一から技を編み出してイメージして作り出して、名前も付けた。影纏いの武器の名前にはなぜか雨に関わる言葉が入っている事が多いのでそれに倣って、『五月雨』と付けさせてもらった。
ランスを構えながら押し寄せてくる岩の津波に突っ込んだ。それと同時に水面で作り出した槍も同じ場所に突き立てる。
穂先が標的を捉えた瞬間、全身の骨が軋む。圧倒的物量によって経験したことの無い負荷が襲ってきて、神経や血管が切れてしまいそう。進むごとに負荷が大きくなり全身が押しつぶされまいと反発して震える。しかし前進は止めない。穂先から着実に突き刺さっていく。
影で全身を支えつつ歯を食いしばり、押し潰されそうになるのを耐えながら突き進む。
数歩進んだ時、先端から一筋の光が差し込んだ。それと同時にほんのわずかに手ごたえが軽くなる。迷わずにさらに一歩進んだ時、全身を光が包み込んだ。それが岩の津波を突き破った瞬間だった。時間にすれば僅か数秒だが、とんでもなく長く感じた。
土煙も起きていなくて、蒼穹のもと陽の光が燦燦と降り注ぐ。
「やるな、影使い!!はあああぁっっっ!!!」
眼前に大剣を振りかざしたバルバロス。高ぶっている目には爛々と燃え滾る闘志の炎を宿し、嬉しそうに俺を視界に捉えている。俺もその闘気に当てられてつい口元がにやける。
影で位置は把握していたから驚きも焦りもない。冷静に振るわれた大剣をランスで受け止めて、剣身を沿わせて穂先をずらした。そしてカウンターでランスを突き刺す。
狙い通りに胸の中央にヒット。当たった瞬間にけたたましい金属音が響き渡る。単純なパワーの差か、こちらから攻撃を当てたにも関わらず、後ろに弾き飛ばされそうになるほどの衝撃が全身を駆け巡る。その衝撃を押し返されそうになるのを耐えて、振り抜くとバルバロスが後方へと吹き飛んだ。
10メートルほど吹き飛んだがその一瞬で空中でバランスを取り、体勢を整えて着地。当たった場所から血がにじんでいるがすぐに回復。傷口は塞がり、まだまだ余裕の表情に変わりない。
すぐに塞がったとはいえ完璧な手ごたえと感触による渾身の攻撃で、先ほどまで傷一つ付けられなかったのにダメージを与えることができた。これだけで御の字だ。
(いける!)
手ごたえを感じ、追撃するために距離を詰める。それを迎撃するためにバルバロスも剣を振るう。
至近距離で互いに攻撃を仕掛ける。バルバロスの攻撃はガードを主体にしつつ受け流したりして対処。ランスを右に左に振るい自分の攻撃を仕掛ける。
大剣による攻撃はガードや受け流しでしっかり対処できているが、生物としての根本的なパワーの違いか、体の芯までしびれそうになるくらいにダメージが入ってくる。剣戟の合間に地属性魔法を挟んでくるがこれは影ノ水面で対応。
だが水面では魔法の対処が限界で攻撃には力不足だった。強度や威力不足のためか仰け反らすことすらもできない。辛うじて剣の軌道をずらす程度に留まっている。岩を破壊することはできたのにバルバロス本人には効かない。
そして最初はわずかな違和感がよぎり、少し経つとそれは明確に雲行きが怪しくなるのを感じた。
ガシャッ─
「ぐっ…!!」
バルバロスが振るった剣撃がガードしていたランスごと胴体を捉え、鋭い衝撃で10メートルほど吹き飛ばされた。
今の攻撃により強固なランスにひび。バルバロス自身の攻撃スピード、切れ味も徐々に上がっている。こちらの攻撃も入っているのだが手ごたえはなく。ダメージも与えられないどころか、攻撃を当てたはずなのに腕全体がしびれるほどに押し返されてしまっている。
俺の動きは落ちていない。
バルバロスの方が少しずつ全ての力が上がっている。
最後の仕上げにランスから『時雨』に切り替えて斬りかかるが、いなされバランスを崩される。次の瞬間、大剣が振り下ろされた。




