第18話 vs円卓の騎士バルバロス 2
遥か上空から落ちてきているために大きさはいまいちわからないが、このフィールド内には収まっているし壁とも距離がある。フィールド全体を覆いつくすような巨大さでなくて助かった。ただ…着実にこの地面へと落ちてきているわけだけどね。徐々に、そして着実にメテオストライクが迫ってくる。重低音も比例して大きくなってくる。
というかあんなものが落ちてくれば発動者も無事では済まないだろう、と思うが発動した瞬間のバルバロスの楽し気な表情を見るにおそらく全く問題ないのだろう。チラッとバルバロスへと視線を戻すが、手を掲げながら相変わらず楽し気な表情でメテオストライクを見ている。こちらに向かってこれ以外の攻撃を仕掛けてくることはなさそうだ。
なら─防御に全力を傾ける。
この隙にユイカちゃんの方もチラリ。隕石ではなく俺の方を見ていたため目が合った。ライトグリーンの瞳にはわずかな不安の色さえも浮かんでいない。じっとこちらを見て、少し微笑んでくれている。かわいい!
俺を…信じてくれている。そう心から思えた。
フッと頭の中で。
『夢叶君─信じています』
そうユイカちゃんの声ではっきりと聞こえた。これだけの距離があるのだ。普通なら聞こえるはずはない。幻聴か、妄想だろうけどどうでもいい。俺は、信じてくれているユイカちゃんの期待に応えたい!心臓が大きく鼓動を放つ。力が漲ってくる。体の奥底からエネルギーが、活気が止めどなくあふれ出てくる。今ならなんだってできる。
(見ててね、ユイカちゃん─俺なら大丈夫)
小さく頷いて見せた後に、惜しみつつメテオストライクへと視線を戻す。少し目を離しただけでもその距離は格段に近づいてきていた。見た感じ、落下地点は先ほど俺が立っていた場所。追尾機能はない。影纏いで身体能力が上がっているおかげで、ほんの数秒しかなかったが何とか直撃は免れる位置まで移動できた。
おそらくフィールドのどこにいても隕石衝突の被害を受けることになるし、この程度の距離ならば直撃以外、ダメージはそう変わらない。あとは自分の防御力を上げて待つのみ。
出現させた盾を体に纏う。影纏いの真の力を示す。
「【影鎧─海神ノ玄武】」
纏った影が形を変える。
その瞬間、メテオストライクが地面に衝突。刹那の静寂。そして、音を置き去りにして衝撃波が一瞬にしてフィールド全体を襲った。体の下からめくりあげられるような激しい衝撃が俺を飲み込んだ。あまりの速さに、衝撃波に飲み込まれたと気づくのに少しかかった。
視界が土煙に覆われてほとんど何も見えない。かすかに見える視界も吹き飛ばされ縦横無尽に駆け巡り、方向感覚がなくなる。その間にも礫が体中にぶつかり、衝撃の波で地面に叩きつけられる。微かに見えている視界と影を頼りに、無理やり受け身を取って体に掛かる圧力を分散して体勢を立て直そうと試みる。
視界の隅、土煙の切れ間から光の壁がちらりと見えた。【絶対否定の闘技場】の端。もうすぐフィールドの端の壁にぶつかる─そう意識が向いた瞬間、背中から全身へと広がる衝撃が突き抜けた。メテオストライクが落下してから数秒にも満たない内に、とんでもない速さでフィールドの端である光の壁に吹き飛ばされた。転げ回されたことで全身が痛い。圧迫されるような苦しい痛みと麻痺するような不快な感覚が広がっていく。
衝撃波が収まるが舞い上がった土煙に辺りが覆われる。収まっていた風が再び吹き付け始めて、土煙が徐々に消え去り太陽の光が差し込む。少しずつ視界がクリアになっていく。
「いたたたた…全く酷い目にあったなぁ。クラクラするし少し酔ったかも」
ゆっくりと体を起こす。流石にこれほどの衝撃で転げ回されるのは初めてで、受け身もろくに取ることができなかった。節々が痛い。全身の筋肉が張っている感じがする。肩を回したり、首をもんだりして感覚を確かめるように少しずつ動かす。少し頭がくらくらするけど特に怪我はなさそう。骨も神経も異常はない。ただただ痛い。そして少し気分が悪い。乗り物酔いしたような感覚。耐えられるけど、もうこの技は食らいたくない。
「大丈夫ですか?」
びくっとして後ろを振り向くと、光の壁を隔てた先にユイカちゃんが立っていた。しゃがんできて少し心配そうに俺の全身をくまなく見ている。かわいい!
心配して駆け寄ってきてくれたらしい。距離はいつもと同じくらいだけど急に結構近くにユイカちゃんがいて心臓がドキドキしっぱなしだ。
「大丈夫です!!痛くないです!」
心配をかけないためにサッと立ち上がって見せるが。痛かったけどユイカちゃんを見たら痛みがものすごい勢いで収まってきたような気がする。
「いや『いたたたた…』って言ってるのは聞こえていましたし、肩とか首をもんでましたよね?心配をかけたくないのはわかりますが、無理があります」
「うっ…」
普通に見られ聞かれていた。咄嗟に誤魔化そうとしてけどぐうの音も出ない。全てお見通しなのだ。
「で、でも大丈夫だよ!見ての通り怪我はないよ!」
「そうは言っても影を纏っているので中が見えていないんですがね。それと見た目に関してですが…鎧が変わってますね」
そう。ユイカちゃんの言っていた通り、纏っている影の鎧はいつものとは違う。発動した【影鎧─海神ノ玄武】によるものだ。
その名の通り玄武をモチーフにして作り出された鎧。肩や肘部分の鎧は亀の甲羅のような形状をしていて、正六角形の幾何学模様が浮かび上がっている。胴体の装甲も甲羅を重ねたような形になっていて六角の切れ目が入っている。背中には幾何学模様の楕円形の盾が付けられていて、完全に亀みたい。
「うん!影纏いの鎧の一つで【影鎧─海神ノ玄武】っていうんだ!防御に特化した鎧なんだよ!だからさっきの隕石もほぼ無傷だったんだ。影纏いの秘儀の一つなんだけど、結構重量があるからちょっとスピードが落ちるのが欠点だね」
「成程。影にも重さがあるんですね。興味深い。それにしても甲羅といい、全身の幾何学模様といい、確かに見た目の通り玄武ですね。似合っていますよ。良い感じです」
「本当!?よかったぁ、そう言ってもらえて嬉しいよ~!」
微笑んでくれているユイカちゃんによって急に褒められて嬉しいけど、照れて顔が熱くなる。癒される。興味津々のようで全身をくまなく見ていくユイカちゃん。背中の盾をよく見せてあげると更に目を輝かせてくれた。かわいい!
「興味深いですね…知りたいことは沢山ありますが今はまだ戦いの最中。どうぞ気にせずに思う存分力を振るってください」
「うん!いってきます!」
力強い激励を背に戦場へと意識を戻す。
土煙が晴れてその奥から無傷のバルバロスが姿を現した。バルバロスの周り、正確には魔法陣が描かれていた範囲内だけ何事もなく変化していない。どうやら発動して時に出現する魔法陣はシールドみたいな効果があるらしい。発動中は邪魔されないという事か。どれほどの耐久性があるかはわからない。光の壁と同じように不壊なのか、耐久性があるのか。少なくとも今の衝撃には耐えられるだけの強固さがある。魔法を奥が深いな。
周囲を確認すると、メテオストライクの衝突による甚大な影響が飛び込んできた。落下場所を中心にクレーターができ、フィールドは大きなくぼみへと変化していた。ごつごつとした岩肌はまばらになり、落下した中心部分は熱を帯びていているようでマグマのように赤く光を放っていて、中間付近は炎が散乱し揺れ動いている。土が焼け、焦げ臭さが漂い、端である今の位置でもほんの少しだけ熱を感じる。流石隕石。桁違いの被害。
メテオストライクを耐えて立っている俺を確認したバルバロスは、感心しているようで拍手を送っていた。そしてまた一段と闘志が強まっている。俺もこれだけの攻撃を仕掛けてきたバルバロスには敬意を表したい。
「今度は俺の番だ…!」
拳を固く握りしめ、気合を入れる。スピードを維持するために通常の影鎧に戻し、息を大きく吸い、姿勢を低くし地面を蹴る。細かな粒子を巻き上げて、風が頬を撫でる。
バルバロスもほぼ同時に地面を蹴り悠然と向かってくる。瞬く間に距離は縮まる。剣の間合いに入る前、俺は武器を作り変えた。影は自由自在に形を変える。
「【影ノ槍─篠突ク雨】」
大剣が槍へと姿を変え、右手に収まる。
【影ノ槍─篠突ク雨】─全体の長さ約三メートル。見た目はシンプルな日本槍で漆黒の柄から、三角錐状の穂先が五十センチほど伸びているというもの。
この世界に来て初めて槍を手に持った。いつも水面から突き出させるだけだったからね。
先ほどとは違う武器に一瞬バルバロスの表情を険しくなる。それはそうだろう。予想していた間合いと外れてしまったのだから。剣同士とは違い方やその倍以上のリーチを誇る槍。すでに、槍の間合いに入る事は避けられない。
槍を作り出した瞬間にバルバロスは咄嗟に斬りかかる体勢から腕を下げて剣を横にし、ガードの構えに動いた。一切の迷いや躊躇がない洗練された動きと素晴らしい判断力だ。でも…もう間合いに入った。
バルバロスが動くと同時に、全身をばねの様に弾ませて全力で胸の中央に向かって槍を突き立てる。剣を掠めた後、わずかに軌道が逸れたが装甲を貫通してバルバロスの右肩に深く突き刺さった。先ほどまでの攻撃で通らなかったから強度と切れ味を上げて作り出したおかげで、この戦いで初めてまともな攻撃が入った。
しかしガードされ軌道がずれて狙った場所には命中しなかったのは、悲しい事に俺の技術不足だろう。いつも剣ばかり使っていたから、上手くねじ込めなかった。しかしなんとか命中させることができた上に、水面で作り出した影では傷一つ着けることのできなかったバルバロスにダメージを与えられた。良い流れが変わってきている…気がする。
「ぐっっ…っく!!」
苦悶の表情を浮かるバルバロスだがすぐさま槍を掴み、思いっきり身を捩りながら投げるように振り払ってきた。俺の体勢が悪かったこともあり、突き刺さっていた穂先は外れそのまま吹き飛ばされた。
無理やり外したために鮮血が土煙と混じりながら宙に舞う。地面にたたきつけられそうになったが空中で体をひねって受け身を取り、体勢を整えた。今の攻撃でバルバロスがどれほどの強固さを誇るのか正確に把握できたので槍から使い慣れた剣の時雨に戻す。
「【ガイア・マテリアル】!【ストーン・シャウト】!」
バックステップを踏みながら魔法を唱えた。ガイア・マテリアルで周囲に岩が降り注ぐと同時に地面が揺れ、鋭利な岩が針山のように突き出し俺に向かってくる。これがストーン・シャウトという魔法なのだろう。全方向からの攻撃で逃げ場はない。
すぐさま【海神ノ玄武】を纏う。玄武ならこの程度の岩ではダメージはないし、当たった岩の方が砕けるだろうからガードする必要はない。鎧に岩が当たるのを無視して邁進する。
というか魔法は同時に二つ発動できるんだ…便利だねぇ。
ダッシュした瞬間、目の前に大岩が落ちてきて立ち塞がる。視界いっぱいの岩と土煙により、バルバロスが視界から消える。構わずそのまま岩に向かって突進。影纏いで肉体強化されている上に海神ノ玄武による防御力で、大した手ごたえもなく岩はあっさりと粉砕。土煙が舞う中を前進するが先ほどまで立っていた場所にバルバロスの姿はない。一旦距離を取るのが目的の攻撃だったらしい。
水面も発動して他の全ての岩を処理。影で土煙を薙ぎ払い、視界をクリアにする。
その時、強烈な光りが土煙の奥から姿を現した。太陽を直接見るくらいの光度だろうか。裸眼で見ていたら目にダメージが出てしまうほど。俺の場合は、影で目を覆ってサングラスみたいにして光度を下げているから大丈夫。
「ディアブロの中でも防御力に長けている我に傷をつけるとは、素晴らしい攻撃だ。人間相手に傷をつけられたのは久しぶりだ。そしてこの技を使うのも…いつぶりだろうか?」
その言葉と共に強烈な光は収まっていき、バルバロスが姿を現した。
形態に変化はないが、そんな事はどうでもいいくらいに全身からは禍々しい黒々としたオーラがあふれ出していた。先ほどまでの強烈な白光とは裏腹に、全てを飲み込んでしまいそうなほどに不気味な黒いオーラが不規則に脈を打っている。今、付けたはずの傷もなくなっている。ただ立っているだけなのに空気が震え、周囲につむじ風が起きていた。先ほどまでとは明らかに雰囲気が違う。
どうやらこれがバルバロスの本気らしい。戦闘狂ではないが、滾ってくるね。




