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第10話 推しと異世界の宿泊

 王都とだけあってアルビオンに宿は多く、売りとするサービスも多種多様だ。食、値段、快適さ。どの店もセールスポイントを前面に売り出して、声を張り上げている。

 部屋は写真で見せてくれるし、何なら実際に内覧させてくれるから結構便利。興味深いのは、蛇口をひねれば水が出るという元の世界と変わらないシステムと、お風呂がほとんどの部屋に設置してあるという事だ。

 お風呂の見た目はよくある少し古いタイプのステンレス風呂。お風呂場の蛇口をひねればお湯が出てきたし、シャワーもある。蛇口をひねると薄く水色の光を放ってから水やお湯が出たから、マナが関係していて元の世界とは仕組みが違う。檜風呂とかもあるのかな?

 そしてキッチンのコンロ部分はクレープ屋さんと同じで魔法陣が描かれ、スイッチを入れると魔法陣が赤く光、加熱される仕組みになっていた。こっちの感覚としてはIHキッチンに近いのかもしれない。俺達はマナや魔法は使えないがどういう仕組みだろうか。謎だ。

 時計台に目をやると、時刻は夕方付近へと迫っていた。

 先ほどよりも町は活気づき、ほどよい優しい風が露店の美味しそうなにおいを乗せながら、心地よく頬を撫でた。


「面白い場所ですね。マナが様々なエネルギーの代わりとなっていて、化学ではなく魔法が発展した世界というのはこんな感じなのでしょうね」

「そうだね。これこそファンタジーな感じでテンションが上がるよ!」


 ユイカちゃんもファンタジーが好きなようで、興味津々な様子でいろんなことに目を輝かせていた。真面目にこの世界を知ろうとする姿と、時折見せる全てを純粋に楽しむ子供のような姿にギャップがあって、ドキドキしっぱなしだ。可愛い。見ていてずっと楽しい。

「ルシファーに勝つためにも、早くこの世界の仕組みを理解したいですね」

「もしかしたら、ルシファーを倒すためのキーになるかもしれないからね!じゃあ明日は図書館で色々調べてみようか!」

「いいですね。そのためにも今日はゆっくり休みましょう」

「エヘヘ、楽しみだな~」


 明日もユイカちゃんと一緒に入れる(予定)なんて、人生が楽しくて仕方がない。こういうのを人生はバラ色と言うのだろうか。こんな日が来るなんて思いもしなかった。

 数分間歩いて選んだ宿へと到着。

 入り口に入ると同時に落ち着くような木の香りがふわりと包み込む。まるで元の世界の旅館のような温かみと居心地のよさ。異世界に居ながらも日本の古き良き風情を感じられ、まだ離れて一日も経ってないのにどこか懐かしさを思い出させてくれる。

「いらっしゃいませ!お二人様でよろしいでしょうか?」

「はい。部屋は─」

 俺が腑抜けている間にも、サッとユイカちゃんが受付の女性に宿の予約をしていた。

「ではお値段がこちらになります!」

 提示された金額を確認して、それぞれが硬貨をキャッシュトレーに乗せる。

「では7番の部屋へどうぞ!ごゆっくりお過ごしください!」

「ありがとうございます。では夢叶君、行きましょうか」

「うん!…あれ?」

 部屋の番号は1つしか言われなかった。これはもしや?いやまさか…ね?でもそうなのでは?一気に緊張が体と心の全体を襲う。困惑し若干の冷や汗をかく俺は、ユイカちゃんの後ろにくっついていくことしかできなかった。

 階段を上り少し歩いた先、シンプルな木製扉に“7”と書かれた部屋があった。

 部屋番号をチラッと確認したユイカちゃんはためらいなくカギを刺して回し、ドアノブに手をかけて開き、中に入った。俺もそそくさと中に入る。


「はっ…!?」

 真っ先に目に入るのは“2つのベッド”。いわゆるツインベッドと呼ばれるものだ。だいたい1メートル50センチ程度は離れている。これは間違いない。間違い様がない。


『同じ部屋に泊まる』。


 全てを理解した瞬間、嬉しさで飛び跳ねたい半面、心臓が握り潰されるんじゃないかと思うくらい胸に圧迫感を感じる。体の中でビッグバンが起きたように熱い。元の世界で敵との最終決戦を繰り広げている時より比べ物にならないくらいに緊張してきた。息がしづらい。

 良いのか?俺がユイカちゃんと同じ部屋にいてしまって。嬉しいけど、こんなに急接近していいの?良い事が起きすぎてなんかこの後、悪い事が降りかかってこない?


「ダメ…でしたか?」

 ベッドの枕を抱きしめながらこちらを見ずに呟くように話すユイカちゃん。少し不安そうなのが声色からうかがえる。というか、まくらを抱きしめる後ろ姿、可愛い!こんな仕草初めて見た。白くて綺麗なうなじと水色髪のベリショから覗く耳が、少しだけ赤くなっているように見えて、鼓動がドクンッと音を立てて脈打つ。

 ユイカちゃんが言っているのは間違いなく“同じ部屋に泊まる”ということについてだろう。少し申し訳なさそうなのが心苦しい。

「ダメじゃないです!!その…なんといいますか…緊張するけど嬉しいといいますか…。ぎゃ、逆にいいんですか!?俺なんかが同じ、部屋で…」

 不自然な敬語になった上に少しごにょごにょしてしまった。でも緊張しているから仕方がない。ユイカちゃんと同じ部屋で過ごすなんて嬉しいに決まってるし、当然緊張する。


 ぱっとこちらを振り返ったユイカちゃんは、なぜか自信満々な表情を浮かべている。

「一緒の部屋がいいからこうしたんです。嬉しいと言ってもらえてよかった」

 安堵してなぜか自信満々なユイカちゃん…かっこいい。一緒がいいなんてぐいぐい攻め込んできているし凄く生き生きとしている。可愛い。心臓は跳ねっぱなし。

 それにしてもなぜ『一緒がいいなんて』。この謎の好感度の高さは何だろうか。

 一緒にいたい理由は考えられないこともない。異世界で心細いから一人でいたくない、とか。一緒にいたいんじゃなくて一人になりたくない…これだ。考え方が卑屈すぎるか。

 深く考えるのはやめよう。聞く勇気がない以上答えは知れない。考えても仕方がない。今は目の前のユイカちゃんに集中だ。

「じゃあ、これからよろしく…お願いします。お手柔らかに」

「フフ、気持ちは分かりますが緊張しすぎです」

 緊張してたじたじになっている俺とそれを微笑ましく見ているユイカちゃん。口元を手で隠しながら笑う姿は気品があふれて美しい。漫画で見た時よりも、比較的表情が柔らかいしよく笑ってくれる。

 幸せな空間だ。緊張するけど和む。ずっと維持したい。命を懸けて頑張るぞ!


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