1 8歳の一人旅
キラは父親の形見のリュックに荷物を一杯詰め込んで、一人旅をしている。
父親には色んな事を仕込んで貰った。文字を書くことも読むことも一寸しか出来ないが、獣の捌き方や、火の熾し方、繕い物の仕方、料理やそんな生活に必要なことは自分で出来る様にキラを仕込んでくれた。
「お前は誰も頼ることは出来ないだろう。お前の額の石は忌み嫌われる。絶対に人に見せてはいけない。もし見付かったらお前は人攫いに捕まって見世物小屋で一生を過ごすことになるだろう。下手をしたら、魔物と言われて殺されるかも知れない。」
と言われていたので、何時も帽子を深くかぶり人目に付かないように、こそこそと隠れながら行動していた。
今も、近くを商人が歩いている。
子供の一人旅を気に掛けて、声を掛けたそうにしていたが、キラがなかなか目を合わせないので、諦めて先に進んでいった。
「フー。良かった。声を掛けられても困る。多分、人の良い優しい人なんだろうけど、僕の石を見れば恐れてしまうだろう。]
キラは商人が見えなくなるまで、道端で座って早めの昼食にすることにした。
リュックから、堅く焼いたパンを出してボリボリとかじる。
このパンは長持ちするように焼いたパンだ。味はイマイチだが兎に角腹は膨れる。
川でくんだ水と一緒に食べれば、あっという間に食事は終わった。
「この分かれ道は何処に繋がっているんだろう。右へ行けば王都、左は分らない。」
王都の文字は分る。父が描いてくれた字に似ている。
父は文字は書けないが、王都やこの国の名や自分の名前だけは書けていた。だからキラも、自分の名前だけは書ける。父の分っている文字で名付けたので、とても簡単な名前だ。
王都へ続く道を進み始めたキラのずっと先には、馬に乗ってゆっくり進む、三人の男達がいた。
「兄貴、もうここいらで罠を張ろうぜ。この道は一本道だ。周りは見通しも悪くて良い感じだ。」
「オオ、そうだな。良い場所だ。あの木の陰に馬を繋ごう。」
彼等はまるで野党のようだが、普段は冒険者として働いている。
冒険者ギルドの依頼の仕事を達成できずにすごすごと帰る途中、商人でも狙って稼ごうという魂胆のようだ。
森の中に入って、身軽な男は木の上に登り、丁度良いか《・》も《・》が通るのを見張っている。残った二人は道ばたで寝そべって、ウサギの血を身体に付け、怪我人の振りをするようだ。
そこに丁度通りかかった商人の馬車があった。護衛が五人付いている。
木の上にいた見張りは、『ダメだ』と、合図をする。
けが人の振りをしていた男は、素早く森の中に入って商人の馬車をやり過ごした。馬車は其の侭通り過ぎていった。
「クソッ!あの護衛は『白銀の盾』じゃないか。あんなのを相手にしたら、あっという間にお陀仏だ。」
「あの商人は、大金持ちの商人だな。彼奴らの護衛料は半端ねェ。丁度良いか《・》も《・》が来るまで待つしかねえな。」
木の上から『OK』の合図があった。
「お、合図だ。支度するぞ。」
護衛も付けずに、一人で旅をしている商人だ。これは狙い目だ。
しかし商人は、道ばたに倒れている男を見ても知らんぷりで先に行って仕舞う。男達は急いで商人を追いかけ後ろから斬りかかった。
木に登っていた男も加わり、商人は取り囲まれてしまった。
商人は腕に覚えがあったのだろう。結構善戦して居たが、多勢に無勢。やがて取り押さえられてしまった。
「おい、金目の物を、魔法鞄からだしな。早くしねえと首が飛ぶぜ。」
魔法鞄は、本人でないと取り出せない仕掛けがある。
本人が死んで仕舞えば、中の物を取り出す事が出来ない。取り出すには魔力を書き換えるための特別な処置が必要だ。付け焼き刃の野党がそんな伝手を持っているはずもなかった。
大きな盗賊団には魔法を使える仲間がいるだろうが、彼等には魔法は使えない。
「早く出さねぇと、ぶっ殺すぞ!」
「殺したければ、殺すが良い。魔法鞄の中身は、お前等には取り出せないだろう。万が一魔法鞄を魔法使いのところへ持っていけば、お前等はたちどころに縛り首だ。」
確かにこの商人の言う通りだ。魔法鞄の持ち込みは登録が調べられる。暗証言語がなければ、盗んだと知れてしまう。
にっちもさっちも行かなくなった、野党は、
「顔を見られちまったし、殺して逃げよう。骨折り損だが仕方がねぇ。サッサとやれ!」
不運な商人が殺されそうになっているところに、キラが歩いて来て仕舞った。
「人が固まって、なにをしているのだろう。どうしよう、このまま通り過ぎていっても良いのだろうか。」
キラはゆっくりそろそろと近づいていった。野党達は、キラに気付いていない。
「あのー、何かお困りですか?」
突然声を掛けられてビックリした野党達は、一瞬、身体が硬直してしまった。その隙を逃さず商人は、野党に掴みかかり、隠していたナイフで野党の腹を突き刺した。痛さで転げ回る野党。
慌てた野党の仲間は逃げだそうとするが、転げ回る野党に足をすくわれて転がってしまう。キラが何が何だか分らずにオロオロしている間に盗賊達は商人に皆倒されてしまった。
「ありがとう、君のお陰で助かった。」
さっき、キラを気にしていた商人だった。気まずくなって。キラは、帽子を押さえて小さくこくんと頷いた。
「君の名前を教えてくれないか?あ、私は、セレスティンという。」
「僕は、キラです。」
「キラくん。君は一人で旅をして居るみたいだが、こんな奴らがここいらにはいるんだ。危ないから私と一緒に行こうか?この道を通ると言う事は王都へ行く途中だろう。私は王都である程度知られた商会に勤めている。怪しい物じゃないんだ。安心してくれ。」
こんな風に言われて断ることは難しい。仕方なくキラは、セレスティンという商人と一緒に旅を続けることになって仕舞った。
「あの、野党達はあのままにしておいて良かったんですか?」
「その内に、魔獣にでも喰われるだろうさ。自業自得だ。」
野党達は手足を折られ、縛られて転がされていた。とどめを刺さずにおかれていたが、いっそのこと殺してしまった方が、良かったのではないだろうか。
魔獣に喰われるとは、恐ろしい運命だ。キラはこわごわ商人の顔を覗いた。
「そんな風に見ないでくれ。こいつらを王都まで連れて行くことは出来ないし、殺してしまえば、王都の門を通るときに魔道具に引っかかるかも知れない。説明するのに手間が掛かるんだ。理解してくれ。」
王都に入るには、魔道具で検査される。そんなことは聞いたこともなかったキラは、きょとんとしてしまった。
「君は王都は初めてのようだね。近頃王都では新しく開発された、防犯魔道具が導入されたんだ。罪を犯せば反応する魔道具だが、偶に罪とは言えない物にも反応する。今回のこれは、微妙だな。だから説明が面倒になる。殺していなければ、引っかからないだろう?」
そう言うことか。分ったけど、王都に入るときはキラも検査されるだろう。キラは罪など犯していないが、防犯の魔道具に、キラの魔石は反応しないだろうか。不安になってきた。
セレスティンは、ずっと俯いて斜め後ろを付いてくるキラが妙に気になっていた。こんな子供が一人で王都まで旅をするのは、何か事情があるのだろう。子供は人攫いに攫われることはよくある事だ。親がいれば決してこの様にはならないだろう。孤児だろうとは思うが、この子にはまだ何か秘密がありそうだ。人に対して異常に用心深い。帽子を決して脱がないのも気に掛かる。
どうにか、話に乗ってくれない物か。事情が分れば、助けてやれるかも知れないのに。
「キラ君、王都に知り合いを訪ねていくのか?」
「はい、おっとうの知り合いがいます。」
「君のご両親は、今はどうしている?」
「死にました。おっとうは猟師だったけど、年取って、身体が動かなくなって、とうとう死んで仕舞いました。おっかあは、もっと前に死にました。僕は、独りぼっちになって仕舞いました。王都にはおっとうの知り合いが、宿屋をしていて、そこで雇ってもらおうと思っています。」
淡々と語る言葉には、悲しみが滲み出ていて、セレスティンは気の毒になって仕舞った。
「何という宿屋だい?」
「確か、『女の園』と言う宿屋です。」
何だと!娼館ではないか。然も、スラム街にある娼館だ。そんなところへ子供を預けるなど、何を考えているんだ。まさか、この子を売ってしまったのではないか?
「キラ君、そこへ行ってはダメだ。怪しい宿屋だ。評判も良くない。私が君の仕事を紹介しよう。安心して任せなさい。いいね!」
強い口調で言われ、どうしようもなくなったキラは、思わずこくんと頷いて仕舞った。宿屋の位置も分らずに、広い王都を探すには時間がかかる。この人の親切に甘えることにしよう。でも、キラの魔石のことを知ったらセレスティンも、キラを気味悪がるのではないだろうか。
王都について無事門をくぐることが出来たら、事情を打ち明けてみよう。そこでセレスティンが怖がれば、其の侭別れれば良い。後はゆっくり宿屋を探すだけだ。王都には二日後に着いた。
王都の門は大変な人だかりで、いちいち個室の中に通されて、検査しているためなかなか先に進まない無い様だった。
「キラ君。私の側から離れないように。」
そう言って、セレスティンは門番に近づいていった。
「あ、これはセレスティンさん。お一人とは珍しい。何か大事な用事でしか?」
「いや、野暮用だ。この子は家の手伝いだ。一緒に検査して貰って構わない。」
「いや、今日は見ての通り人が多すぎて手が回りません。街の住人は顔パスです。どうぞ、通ってください。」
セレスティンは、来る途中野党を道端に繋いできたことを門番に知らせ、さっさとキラを連れて街の中へ入って行った。
魔道具の検査がなくなってひとまず安心したが、この後は、セレスティンに、この魔石を見せなければならない。
人気の無い所に行ったら見せようと決心して居ると。直ぐにセレスティンの家に着いてしまった。街の門から割りと近くに住んでいたようだ。
大きな下宿屋で、セレスティンはそこの二階に部屋を借りて住んでいた。
続き部屋で、1つは寝室。1つは居間になっていて、風呂はない。
トイレは各階のある共同トイレだった。
食事も出してくれる宿屋のような下宿屋だ。キラはセレスティンの部屋へ入るなり帽子を脱いだ。
「キラ君。そのおでこにあるのは魔石かい?」
「はい。生まれつきの物です。これのせいで村にいることが出来ませんでした。王都では色んな人達がいて僕でも生きられると、おっとうが言っていました。だから僕は村を出てきました。気持ち悪いでしょう?僕は直ぐに出て行きます。」
「・・・」
セレスティンは、キラの秘密を知って驚いていた。それは気持ちが悪いというのではなく、貴重な魔石持ちだったことにだった。
「キラ君は、その魔石で何ができるか知っているかい?」
「・・?何か出来るかですか?」
「そうだ、滅多にいないから、知っている人は少ないが、王都にも魔石を持って生れてくる人はいる。そう言う人は、魔法使いになる素質に恵まれているんだ。魔石を持って生れてこなくても、魔法使いになりたい人は、態々魔石を埋め込んだりもする。キラ君は、魔法使いになりたくないかい?」
キラは魔法使いがなんであるかさっぱり分らなかった。
でも、魔石を気味悪く思われないのなら、魔法使いになってみたいと思った。
「僕が魔石を隠さなくて良い場所があるなら、そこへ行ってみたいです。」