05:貴族のお嬢さま
「でかい屋敷やな・・・・」
「おお~!」
領主の屋敷は街の中央にある、とても大きな屋敷だった。
屋敷は高い外壁に囲まれており、入り口には鎧を着て槍を持った、いかつい門番が二人立っている。
その入り口は鉄の柵の扉で塞がれており、入る時には許可を得て、開けてもらう必要があるだろう。
「冒険者のエマです! こちらが・・・・」
「ヒマだよ!」
さっそくエマとフランが門番に、冒険者の証を提示する。
「しばし待て・・・・!」
門番は一度屋敷に引っ込むと、老齢で佇まいの良い男性を、伴って戻って来た。
日本で執事といえばセバスチャン、略してセバスだ。
ならあれが噂に聞く、執事のセバスとかいう奴だろうか?
「ようこそお出でくださいました。わたくしはこちらの領主様に仕えております・・・執事のラバスと申します」
惜しい! 一文字違いか!
「そちらの従魔ともども、当屋敷にご案内せよと命じられております。ささ・・・こちらへどうぞ」
オレたちは執事のラバスに案内されて、屋敷の中に入って行った。
屋敷の玄関はかなり広く、その両端には上に続く階段があり、扉もいくつか見られた。
「こちらの客間で呼び出されるまでお待ちを・・・・こちらのお好きな席へどうぞ」
オレたちが案内されてきたのは、大きな客間だった。
客間にはいつくかのテーブルと椅子が設置されており、まるで飲食店のような見た目だ。
「わたくしは領主様に報せて参りますので・・・・」
そう言うとラバスは、客間から出て行った。
それと入れ替わるように、二人のメイドが客間に入ってくる。
どうやらお茶の準備を始めるようだ。
「お茶ならわたくしも手伝いますわ!」
するとそう言って後からもう一人、ピンクのドレスにエプロン姿の、風変わりなメイドが入室してきしてきた。
他のメイドが紺の地味なドレスに白いエプロンなのに対し、明らかにそのメイドは浮いていた。
頭には同じひらひらのメイドカチューシャをしているのだが、その金髪にもみあげの軽い縦ロールが、不自然さを醸し出していた。
その様相はピンクの彗星さながらだ。
「お嬢さま! それはわたくしたちの仕事です! お嬢さまはお勉強にお戻りください!」
どうやらその派手なメイドは、勉強から抜け出してきた、お嬢さまのようだ。
見た目の年齢はエマくらいだろうか?
エマは12歳くらいの見た目だが、大人のように落ち着いて見える。
それとは裏腹にそのお嬢さまは、若干幼く見える。
「貴方がしゃべる従魔のクマちゃんね? そちらがその飼い主のヒマちゃんかしら? どちらもとっても可愛らしいわね! そちらは噂に聞くエマさん!?」
そんなおしゃべりをしつつ、てきぱきとメイドの仕事を奪うお嬢さま。
そんな破天荒なお嬢さまに対し、メイド二人の目が徐々に座ってきた。
ここはお土産でも出して、場を和ませる必要があるかもしれない。
「しゃあないな・・・・。お土産にケーキ持参したから、皆で食べてみるか?」
オレはアイテムボックスから、持参したケーキを取り出して、テーブルの上に置いた。
オレがお土産に持参したのは、駅前の有名洋菓子店で購入したケーキだ。
色々悩んだ末に、貴族の口に合いそうなものを選んでみた。
それが2万円もした、21センチのホールの、苺のムースのケーキだ。
ただこの苺のムースケーキは、ただのムースケーキではない。
赤く透明な苺のグラサージュに、生クリームをつつみ、その生クリームの中には、木の実のパンドジェンヌ、濃厚な苺のソース、苺のムースが層になっているのだ。
その上に銀の宝石のような、アラザンをちりばめた、見た目も高価な一品なのだ。
まあお土産にはアールグレイの茶葉も持参したし、これ食べてもいいやろ。
「まあまあまあ! 何でしょうこのケーキは!? 見たこともないケーキですわよ!」
「すごい!」
するとお嬢さまが、そのケーキに興奮気味な様子だ。
メイドの二人も目をぱちくりさせて、そのケーキを見ている。
ヒマもエマもそのケーキから目が離せないようだ。
「メイドの姉ちゃん・・・・切り分けてくれるか?」
「は、はい! 承知いたしました!」
するとメイドの姉ちゃんが、震えながらも丁寧にケーキを切り分け、小皿に取り分けてくれる。
「ヒマその大きいの!」
「はいはい・・・・。どれも大きさは変わらねえだろ?」
四人分切り分けても、この大きさなら、まだ半分以上も残っている。
計八等分にはなっているだろう。
「旦那さまの分もお持ちいたしましょう」
「お願いラバス」
いつのまにやら、この客間に帰ってきていたラバスが、さらに切り分け小皿にのせる。
どうやら仕事中の領主に持っていくようだ。
「ううう~ん!! おいしい!」
「これは絶品ですね!」
ヒマとエマの二人は興奮気味に食べているが、お嬢さまは優雅に食べ始めている。
だがお嬢さまもうっとりとした表情で、終始無言でその味を楽しんでいるようだ。
そしていつのまにやら椅子に座り、オレたちとケーキを口に運んでいるお嬢様・・・・。
どうやらお嬢さまのメイド仕事も、これで終わりのようだ。
「あのユーキのショートケーキにも驚いたけれど、このケーキはそのさらに上を行くわね・・・・」
「そんな馬鹿な・・・!」
そのお嬢さまの一言で、一人のメイドが目をむいた。
「ネルは料理に対しては少しうるさいの。とくにユーキには一度料理対決で負けているから余計に意識しているのよね・・・・」
どうやらその目をむいているメイドの姉ちゃんがネルと言うようだ。
「ネル・・・・そんなに気になるなら、食べてみたらどう?」
「しかしお嬢さま・・・・お客さまの前ですし・・・・」
「かまへんかまへん! そんなん気にする奴ここにはおらへん!」
「そうですよ!」「ヒマもそう思う!」
「では遠慮なく・・・・少しだけ頂きます・・・・」
皆の了承を得ると、ネルはケーキを小さく切って、小皿に移した。
そして一口だけ口に入れ咀嚼する。
それからしばらくすると、くわっと目を開いた。
「このベリーの風味と、数々の食材が生み出す、複雑かつ計算されつくした味のハーモニー・・・・。世の中は広いということを・・・改めて痛感いたしました・・・・」
続けてネルとよばれるメイドは、やや伏せ気味にそう答えた。
確かに2万円のケーキは美味しいとオレも思うが、ちょっと大げさすぎではないだろうか?
その三文芝居が終わると、オレもそのケーキを口に含んだ。
ああ~ケーキ美味しい・・・・。
「ネル・・・・このケーキ・・・・どれくらいの値段と予想するかしら?」
「間違いなく大金貨1枚・・・・いや2枚はいくんではないでしょうか?」
ぼふぉおおおお!!
大金貨一枚で100グラムの金や! だいたい100万円やで!?
2万円のケーキ一個が、ここでは200万円もするんか!?
「クマきちゃない!」
「ああ済まねえ・・・・。あまりの衝撃に吹いちまった・・・・」
「主にかかるのは輸送費ですね。この濃厚なミルクは寒い地方でしかとれません。ワイバーン便を使うとそれだけでも金貨3枚はかかります。またその他の食材を集めるだけでも、いったいどれほどの費用がかかることか・・・・」
この国にはワイバーン便ってのがあるんか・・・・。
一回で金貨3枚もかかるなら、ちょっとその利用は控えたいな。
まあネルの話を聞く限り、この姉ちゃんが料理に拘りがあるのはよくわかった。
「で? お嬢さまの名前は何ていうん?」
「あら? わたくしとしたことが・・・・。このケーキの衝撃に、自己紹介を忘れてしまいましたわ」
オレはここで改めて、そのお嬢さまの名前を尋ねた。
このお嬢さまこっちの名前は知っているようだが、この客室に入って、まだ一度も名前を名乗っていないんだよな。
「わたくし・・・フローレンス・ド・エスティバンと申します。フローラとでも気軽によんでくださいまし」
フローラは綺麗な所作でカーテシーをしつつ、おどけた表情で、そう自己紹介をした。
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