表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/28

第8話 中学生

「こんにちはー!」


桜が民家の玄関を元気よく開けた。

そのまま中に入っていく。


俺はというと……おずおずと後に続く。


中から、割烹着姿の中年女性が出てきた。


「あらあら桜ちゃん。おじいちゃんと雪さんは畑に……どちら様?」


その人は、俺を見てちょっとびっくりしている。


「先週からお父さんの遠縁でうちに来てる書生の早瀬光君。今日はお父さん来れなくなっちゃったので、荷物持ちなの」


「よ、よろしくお願いします!」


慌てて頭を下げる。


リュックを背負ったままで、ちょっと間抜けだったかもしれない。


「まぁまぁ驚いたわね。こちらこそ、桜の叔母の清水典子です。二人とも疲れたでしょ、早く上がって」


とりあえず、書生ってことで納得してくれたみたいだ。

桜の叔母さん、三十代後半くらいの落ち着いた雰囲気の人だった。


俺たちを和室の居間に案内すると、台所へ。


掘りごたつに入るよう桜に促され、俺も腰を下ろす。


少しして、お茶を持った叔母さんが戻ってきた。


三人分入れて、こたつに腰かける。


「そういえばあの中学生、なんて名前だっけ。今日も勤労奉仕で来てるけど、桜ちゃんにって本置いてったのよ」


桜が飲みかけたお茶を吹き出しかける。


「そこに置いてある本」


言われて部屋の隅を見ると、裏返しの文庫本が二冊。


「思い出した、深澤君。いい子よねぇ、なかなかの美男子だし。あの子、いいんじゃないの?」


「やめてよおばさん!そんなんじゃないんだから!」


桜が顔を赤くして両手を振る。


「私は悪くないと思うけどねぇ、何が気に入らないの?」


「れ、玲子ちゃんにどうぞ!」


「あの子もダメなのよねぇ。今日だって残って手伝ってけって言ったのに」


冗談とも本気ともつかない口調で叔母さんは笑う。

桜はそっぽを向いて、耳まで真っ赤。


俺はというと、お茶を持ったまま、ただ呆然としていた。


「桜ちゃん、お茶飲んだらお昼の準備お願いね。お隣さんの分も頼まれちゃって」


「それと早瀬さん、畑で麦踏み手伝ってくれる?」


「は、はい」


言われるままに、納屋で足袋を渡され、ローファーと履き替える。

でも麦踏ってなんだ?


そのまま叔母さんと一緒に畑へ。


日が昇り始め、少し暖かくなってきた。


畑では、雪と桜のおじいさんらしき人が麦踏み中だった。

初めて聞く「麦踏み」ってのは、芽を出した麦を足で踏む作業だった。


そんなことしたら枯れるだろ……って思ったけど、逆らしい。

寒さに強くして、丈夫に育てるためにやるんだって。


俺は少し離れた場所を任されて、叔母さんに教わりながら作業開始。

足袋のまま麦の茎を踏みながら、カニ歩きで横に進む。

叔母さんはしばらく見てたけど、「はじめてにしては上手よ!」って言って戻っていった。


地味だし単調だけど、意外としんどい作業だ。


汗ばんできた頃、隣の畑に目をやると、学生服の中学生が数人。

同じ作業をしていた。


あれが勤労奉仕ってやつか。

……ってことは、俺と同い年くらい?


端まで踏んで折り返すと、少しずつその中の一人に近づいていく。


「やぁ、ごくろうさん」


いきなり話しかけられてビクッとする。


「あ、どうも」


完全に怪しい返事だった。


「僕は深澤省吾。よろしく!」


こいつが深澤君か。


少し背が高くて、イケメン……かも。


「君は?」


「早瀬光。えっと、中学五年です」


「同い年だね!冬晴れの畑って気持ちいいよね。僕ら、秋からずっと工場だったから、たまに外に出られるとせいせいするよ」


「君も勤労奉仕かい?」


「あ、ええと……中学は休んでて、今は上條さんの家で書生やってて……手伝いに来ただけ」


「へぇ、大変だね。でも頑張ってる。じゃ、次は隣の畑だ。一緒にやろう!」


妙に馴れ馴れしい。

でも……不思議と悪い感じはしなかった。


そうしてまた麦踏み。


深澤と並ぶ形で、同じ作業を続ける。


「次はあっちだ」


深澤が指をさす。


冬晴れの空。

日差しがじんわりと温かい。

額の汗をブレザーの袖でぬぐったそのとき——


「おひるごはんでーす!」


遠くから桜の声。

両手を口にあてて、こっちに響かせている。


「用意ができたので、戻ってくださーい!」


ほかの中学生たちも、談笑しながら戻ってくる。


「桜さん、この前話してた本、持ってきたよ」


深澤が桜に話しかける。


「ありがとう。見ておきますね……あっ、お隣にも声かけないと!」


どこか引きつった笑顔のまま、桜は走っていった。


深澤は、手を振って見送る。


俺のまわりに集まってきた中学生たち。

そのうちの一人が言う。


「深澤、そちらの方は?」


「あぁ、早瀬光君。桜さんの家で書生をしてるんだって。僕らと同い年」


「書生とは珍しい。優秀なんだろうね。坂田実です。よろしく」


恰幅のいい、真面目そうな少年。

他の子たちも順に名前を名乗って、頭を下げてくる。


「は、早瀬です。よろしくお願いします」


俺も慌ててぺこり。


そしてそのまま、彼らと一緒に畑の小道を歩いていった。

足になんか巻いてる、黒い学生服。


まるで別世界のような彼ら。


でも、足袋にブレザーの俺も、似たようなもんかもしれない。

お互いに、妙な格好だって思ってるんだろうな。


じっと見られたけど……まあ、それはお互い様だ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ