第1話 遅刻
浅草の朝。
いやー、寒い。冬、舐めてた。
俺、早瀬 光は紺のブレザー着たまま、全力で走っていた。
肩にかけた学校指定のバッグがバインバイン揺れてるけど、気にしてられない。
三学期の始業式に遅刻とか、絶対ヤバい。
出席日数的にも、イメージ的にも。
信号をなんとかスルッと抜けて、いつもの通学路をダッシュ。
あの工事現場、年末に古い家が取り壊されて、そのまま地面が掘り返されて空き地になってる。
何が建つんだろうなー、コンビニかカフェか、まさかタワマンはないだろ。
ポケットからスマホを取り出してチラ見。
……うっわ、もうアウトじゃん。ギリ間に合わないやつ。
やべぇなこれ――って思って、スマホをポケットに入れたそのとき。
空き地の中から、作業服の男が飛び出してきた。
え、なに?走ってる? 俺と同じ方向?
と思ったら!
「うおっ!?!」
別の誰かが、いきなり空き地から飛び出してきて――
俺を、ドン!って突き飛ばした。
視界がスローモーションになるのって、ほんとにあるんだな……。
宙を舞う俺。その横を、がっしりした作業員が走り抜けてく。
てか、何人か続いて出てきてるし!?
やばくね?これ事故じゃん!事故……って
「ぐわっ!」
勢いそのまま、歩道の植え込みに突っ込んだ俺は、ひっくり返った亀みたいに動けず。
「いててて……なんだよマジ……」
頭をぶんぶん振りながら、よろっと体を起こす。
走り去っていく作業員の背中。すると、そのうちの一人が振り返って叫んだ。
「兄ちゃん逃げろ!! 不発弾だ!!」
……えっ?
「ふ、ふはっ!?!? 爆弾!?」
いやいや、意味わかんない。爆弾て、映画の話?
なにそれマジのやつ?ドッキリ?浅草ドッキリ?
でも、確かに……火薬っぽい匂いが、かすかに――
と思った瞬間、
閃光。
世界が真っ白に染まった。
次に、土の洪水に呑まれて――
音は一切聞こえなかった。
……そして、俺の意識はそこで途切れた。
◆◆
夢?幻覚?それとも……
気づいたら、夢を見ていた。
映像がカクカク。フレームレートが落ちてるゲームみたい。
その中で、中学生だった頃、小学生だった頃――
幼稚園時代、そして、もういない母の笑顔。
時間がどんどん巻き戻っていく。
……誰かが、叫んでる。
俺と同い年くらいの女の子? 誰??
俺は空を見上げて――
気づいたときには、落ちていた。
◆◆
おちた!物理的に!
「ぐえぇっ!?」
重力に逆らえず、俺は誰かの上に落ちた。
下にいたのは、軍人っぽい中年の男。
完全に押しつぶしてしまったっぽい。すんません。
「誰だ貴様!」
あっ、めっちゃ怒ってる!ひげ面の中年兵士。俺が思いっきり乗ってた。
慌てて体を起こすと、今度は隣にいた若い軍服姿の男がこっちを見た。
横には警官みたいのもいる。
「す、すみません!ホントにすみません!!」
とりあえず土下座レベルで謝る。
でも、俺の脳内は不発弾で爆発寸前。
「あれ?不発弾は?不発弾、爆発したよな?俺、死んで……」
「寝ぼけてんのか?不発弾は爆発しないから不発弾だろ」
若いのが俺に言う。
確かに……
「おい!お前、どこから来た!」
髭面の中年兵士が腰を押さえながら立ち上がる。
「え、ええと……」
「いきなり空から落ちてきたぞコイツ!!」
警官が俺を指差して叫ぶ。
え、マジで空から来たことになってる?
「中学生か?」
「違います、高校生です!」
「高校生!?そんな妙な背広着た高校生がいるか!」
「せ、セビレじゃないです!魚じゃねぇ!」
――って、言いながら死にたくなった。
もうね、自分でもアホな返しだと思ったよ。
「おい、お前小隊長殿に報告して応援呼んでこい」
兵士の一人が命令を受けて走り出す。
すると警官がそれを制止するように言った。
「いやいや、不審者は警察の仕事だぞ」
「不発弾処理一切は陸軍の担当だ!」
……あれ?なんか知らんけど、俺を巡って争い始めたぞこの人たち。
……やばい。絶対このままだと面倒なことになる。
俺はそーっと体勢を立て直し、隙を見て――
「すみませんっ!!」
ダッシュ!!!
野次馬をかき分けて、浅草駅とは逆方向へと全力で走り出した。




