99ー会いに行こう
ミミの尻尾に、精霊女王の容赦ない平手打ちがヒットした。お顔じゃなくて良かったよ。
「みゃッ! いたいみゃ! なにしゅるみゃ!」
「ミミ、起きなさい。お仕事よ」
「みゃみゃみゃ! なんれ、しぇいれいじょうおうがいるみゃ!?」
だってここは精霊女王の世界だからな。ミミはまだ状況が理解できていない。小さなまん丸の眼をパチクリさせながら、キョロキョロと周りを見回している。
はいはい、お仕事らしいよ。
「それじゃあ、一度戻すわね。それから精霊界に行きましょう」
「うん」
精霊女王がそう言うと、次の瞬間にはもう自分のベッドの中で眼が覚めた。
ちょっと待ってね。念のため、お布団の中にいるみたいに枕を入れて高さを出しておこう。偽装工作だ。こっちの世界ではほんの数分だから、大丈夫だと思うんだけど。
すぐに精霊女王が精霊界へと連れて行ってくれる。精霊女王が腕をフワリと動かすと俺の身体の周りにキラキラと光る粒子が纏わりついた。そのまま視界が代わり、周りの景色が光る川の流れみたいになって動いて行く。
もう何度も経験しているから、慣れたものだ。ミミなんて無理矢理起こされたから、まだボーッとしている。いや、俺だって眠いんだぞ。
周りの光りが途切れると、輝く樹が沢山生えた世界に到着した。精霊界に着いたんだ。あの樹はミミだけじゃなくて、精霊達の大好物ピーチリンの樹だ。可愛らしいピンク色した、桃より二回りほど大きな実がたわわに実っている。
少し離れた場所には、光の粒子を放ちながら小川が流れている。
ここは、空気が違う。なにもないのに、キラキラと光ってみえる。眩しさに眼が眩むような感覚までする。
精霊界の最奥にある世界樹は、何度見ても圧倒される。どこまでも天高く伸びた枝は、雲を突き抜け先が見えない。あの幹はどれほどの太さがあるのだろう。神々しく威厳も感じるほどだ。
さて、ここからはミミの出番だ。いつまでも呆けてないで頼むぞ。
「みゃみゃ? ぴーちりんたべたいみゃ」
「かえりね」
「しかたないみゃ。わかったみゃ」
元の大きさに戻った、ミミの背中に乗る。といっても、ミミに乗せてもらっているのだけど。
ボーッとしているようで、さすがに精霊さんだ。息をするのと同じように魔法を使う。
「みみは、てんしゃいみゃ」
「はいはい」
そればっかじゃないか。だから自分で言わない方が良いと言っただろう?
「みゃ!? しょうらったみゃ。けろほんとうに、てんしゃいらから、しかたないみゃ」
「ミミ、馬鹿なことを言ってないで、気を付けて行くのよ」
「わかったみゃ。もどってきたら、ぴーちりんたべるみゃ」
「ふふふ、わかったわよ。いってらっしゃい」
精霊女王に見送られ、ミミが大きく羽ばたいて上空へ浮かび上がる。そのまま、風を切るように飛んだ。一気に風が強くなる。風属性魔法で調整していないと、俺なんて一瞬で吹き飛ばされてしまう。
「キャハハハ! やっぱしゅごい!」
「みゃみゃみゃ! らうみぃはいちゅも、のったらてんしょんがたかくなるみゃ」
「らって、きもちいいー!」
「しょうみゃ? こわくないみゃ?」
「じぇんじぇんこわくないよ!」
「じゃあ、しゅぴーろあっぷみゃ!」
ミミがそう言い翼を一度大きく羽ばたかせた途端に、グンッと速くなった。おおー、ミミったらまだ本気じゃなかったんだ。
「らうみぃをのしぇてるから、ゆっくりみゃ」
「これでゆっくりなの!?」
「しょうみゃ」
本気だったらどれだけ速いのだろう? ちょっと興味があるなぁ。
「らめみゃ。らうみぃがおちちゃうみゃ」
「しょうなの!?」
風属性魔法で調整しても無理なのだろう。そんなの速いとかじゃなくて、瞬間移動じゃないか。
北の山脈を通り過ぎ、魔族の国に入る。初めて来た時は夜だったから、何も見えなかった。
闇夜に浮かぶ魔王城の不気味さに、ちょっぴりブルッと身震いをしたものだ。ミミに、お漏らしかと勘違いされちゃったけど。
こうして昼間に上空から見ると、人間の国とそう大して変わらないんだ。
街があって家等の建物が並んでいる。少しだけど、畑だってある。ただ、魔族の国の植物はちょっと変わっている。
勝手に動いたり、変な声を出して笑っていたりする。初めて見た時は、それって植物なのか? と思った。魔族はそれを食べるらしい。味が想像できない。
そして眼下に見えてきた真っ黒なお城。何度見ても、おどろおどろしい。
その城の周りに、蝙蝠みたいな小さな黒いものが沢山飛んでいる。魔王と何度か話しているうちに教えて貰ったんだけど、あの蝙蝠は魔王のペットらしい。
ペットと言っても、魔王の連絡係りや、情報収集をしているのだそうだ。小さいけど、知能は高いと言っていた。しかも喋れるんだ。
子供の様な高い声で「まおーさまー!」と呼ぶ。ちょっぴり可愛らしいだろう?
だからいつも城の周りにいるのだそうだ。でもその所為で、余計に不気味さが増しているんだけどな。それは言わないでおこう。
「らうみぃ、しょろしょろみゃ」
「うん、わかった! みみ、いくよ!」
「みゃみゃみゃ!」
俺とミミは魔王城の一室に向かって転移した。そしてポフンと何かの上に落ちた、いや着地した。