98ー精霊女王にアピられた
「ですので、旦那様」
コニスが改めて言った。リンリンが、ふふふと笑っている。なんだよ、その笑いは。
「勝手に判断致しましたが、蟲を残して参りました」
「蟲をか……」
「はい」
そう言ってコニスが軽く頭を下げた。蟲? 残す? 全く意味が分からない。
「コニスがそれだけ不安を感じたのですわ」
クッキーを摘まんでいた母がやっと発言した。ふぅ~ッとまた溜息をついている。
「そうか、分かった。コニス、何かあったらすぐに知らせてくれ」
「はい、畏まりました」
よし、そろそろ終わりだな。
「ところでラウ」
え、俺か? 俺は何もしてないぞ。
「王子殿下と王女殿下とはどんな話をしたんだ?」
「えっちょぉ……」
なんだっけ? 特別なことは何も話してないぞ。
「みみが、かわいいって」
「ぶふッ、ミミか!?」
「ふふふ、そうなの? ミミはちゃんと約束を守ったのかしら?」
「あたりまえみゃ。みみはてんしゃいらからみゃ」
何言ってんだよ、忘れていたくせに。
「みゃ、ちゃんと『ぴよ』ていっていたみゃ」
「そうだね。ももじゅーしゅをもらってね」
「まあ! ふふふ」
「王子殿下が、時々ラウを連れて来て欲しいと言っておられた」
「あら、そうなのですね。ラウは良いの?」
「あい、ときろきなら」
度々だとちょっと疲れる。やっぱ気を使うだろう? いくら従兄といっても相手は王子と王女なんだ。
でも、王女を歪まないようにするには良いかもと思うんだ。
「あ、かあしゃま、とうしゃま。りーぬが、とってもこわがってましゅ」
「怖がっている? 何をだ?」
「おうひれんかをれしゅ」
「そうなのか?」
「あい」
「そりゃそうでしょうね。あの場でも扇子で叩かれるくらいですもの。お可哀そうに」
「あい」
そうなんだよ、あれは萎縮してしまうぞ。
「ふぁ~」
おっといけない。欠伸が出てしまったぞ。
「あら、ラウ。お眠なのね」
「あい、ちゅかれました」
「だが、ラウ。また行くことになるぞ」
「あい、とうしゃま」
やっと俺は解放されて、おフクと一緒に自分の部屋に戻った。
眠い、俺はお疲れだよ。
「ふく、ねむい」
「はい、ベッドに入りましょうね」
「うん」
モソモソとベッドに入り、俺はすぐに眠りについた。
そう、疲れて眠ったんだ。それなのにさ、また俺は呼ばれたんだ……精霊女王に。
気付けば、真っ白で上下も分からない精霊女王の世界にいた。
「ラウ、久しぶりね」
「しぇいれいじょうおう、ぼくねてたのに」
「分かっているわよ、寝てないと呼べないもの」
だから疲れて眠っていたんだぞ。ほら、ミミは相変わらず大の字になって寝ているだろう?
「ふふふ、今日はラウに大事なご用事があるのよ」
「ようじれしゅか?」
「そうなの、もう煩くって」
「え……?」
「ほら、ラウは最近ご無沙汰じゃない?」
とっても鬱陶しいのよ。と、小さな声で言ったのを俺は聞き逃さなかった。
何が鬱陶しいんだ? 俺は、全く意味が分からない。
「分からないかしら?」
「じぇんじぇんれしゅ」
「あらあら、ふふふ」
いや、あらあらじゃない。笑ってないで理由を教えて欲しい。
この世界は精霊女王の世界だ。0歳の時から俺はちょくちょくこの世界に呼ばれている。
魔王城に行く時は精霊女王の力を借りて、精霊界を経由して行くんだ。そうするだけで、時間の経過を変化させることができる。
どういう原理なのかは未だに教えて貰えないのだけど、魔王城での1時間がこっちではほんの数分だったりする。それはとっても便利で何度も世話になっている。
だから魔王城に行く時は、必ず精霊界を経由させてもらっているんだ。
「私達精霊は、魔王となんて交流はなかったのよ」
「うん」
いきなり魔王か? そりゃ精霊とは、正反対の存在なのだろうから交流なんてなくても当然だ。
で? その魔王がどうしたんだ?
「ほら、ラウがしばらく行かないから、無理矢理私にコンタクトを取ってきたのよ」
「え……」
魔王から精霊女王になのか? それはまたどうした?
「だからぁ、あなたよ。ラウ」
「え、ぼく? ぼくなにもしてないよ?」
「何もしていないからよ。最近行っていないでしょう?」
「うん、らってぼくさいきん、おりこうにしてるんだ」
「あら、お利口さんにしているの?」
「うん、しょうしょう。おとなしくね」
「ふふふ、理由があるのかしら?」
「ちょっと、やりしゅぎたかなっておもって」
「あら、今更だわ。でも魔王は待っているみたいよ」
待たれても困るのだけど。友達じゃないのだし。俺、今は本当におとなしくしてるからさ。
でも、何か用事でもあるのかな? て、魔王が3歳児に何の用事なんだよ。
精霊女王がとっても困った顔をしていた。眉を下げて、じっと俺を見つめている。困っていると眼でアピってくる。しかも、とっても面倒なんだと思っていそうな顔だ。
どんな顔をしていても、美人さんなんだけど。仕方ないなぁ。
「ラウ、待ってるのにって煩いの」
「え……まってるの? じゃあ、いまからいく?」
「ええ、そうしてくれるかしら。じゃあミミを起こすわね」
と、大の字になってスピーッと眠っているミミを、思い切りバシコーンと叩いた。
こんな時は行動が早い精霊女王だ。