97ー王妃の憂い事
その後、母と合流して邸に戻った。母は若干疲れているように見える。
王と父が庭園に出てきてからは、母が王妃の相手をしていたのだろう。
「あなた……ラウのことをしつこく聞かれましたわ」
「ラウの? 何をだ?」
邸に戻ってそのまま談話室に直行だ。あの会議室じゃなくて良かったよ。母の侍女コニスも一緒だ。
「ラウのジョブですわ」
「妃殿下は何を仰っているんだ。ラウはまだ3歳だぞ」
「ええ、そうでしょう?」
はぁ~ッと母が大きなため息をついて、一口お茶を飲む。
まだ3歳で『鑑定の儀』を受けていない俺のジョブを気にしてどうするんだ? まだ分からないっての。
「ねえ、コニス」
「はい、奥様。少し異常さを感じました」
「そうでしょう? 私もそう思ったわ」
「ラウについてか?」
「ええ。どんなジョブだと思うとか……私やあなたのジョブが影響するのだろうかとか」
「そんなもの、分からないだろう」
「そう申し上げたのですけど……コニス」
母は説明するのも面倒な感じで、コニスにバトンタッチだ。
「とても気にしておられました。それに奥様や旦那様のジョブが上位職だけど、自分はそうでないからと拘っておられました。奥様が、王子殿下は上位職のジョブでしたでしょう? と仰っていたのですが、それでも気になるご様子でした」
今の王妃のジョブは下位職だからな。それが遺伝でもすると思っているのだろう。だから俺は父と母のような上位のジョブなのか気になるんだ。まあ、確かに最上位の大賢者なんだけど。
「確か王子殿下は『英雄』だったか」
「はい、そうです。陛下も上位職の『賢者』です」
てか、ジョブって遺伝するのか? 違うだろう?
「関係ないわよぅ~」
またまたキララ~ンとリンリンが姿を現した。リンリンは姿を消してずっと母のそばにいたのだろう? なら、話も聞いていたのじゃないか?
「あら、リンリン。あなたも聞いていたでしょう?」
「ええ、聞いていたわよ~。でもあんなの放っておけば良いのよ~」
いやいや、放っておいたらあの最悪の結末に、まっしぐらじゃないか。それは避けたいんだぞ。リンリン、そこをちゃんと分かってくれているかな?
「あら、ラウ。今から気にしているの~?」
当たり前じゃないか。今からできることをコツコツとやっていくんだよ。
「ふふふ、そうだったわね~」
「あら、リンリンと内緒のお話なのかしら? ラウ」
「え、しょんなことないれしゅ」
ヤバイヤバイ、母は鋭いから気を付けないと。
そうか、王妃はもしかして虚勢を張っているんじゃないか? 自分のジョブがコンプレックスだから、舐められないようにさ。
もし遺伝が関係するなら、王女にそれが遺伝したらと心配しているんじゃないか?
なかなか俺は鋭いところを突いていると思うぞ。
「ラウったら、それは最初から分かっているわ~」
え、そうなのか?
「あの王妃は自分が下位のジョブだから劣等感を持っているのね。影でそう噂する人もいるのよ。下位職なのに王妃に選ばれたってね~」
「あら、そうなの?」
「一体どこのどいつだ、それは」
「ふふふ~」
嫌だね~。大人の世界って、とっても腹黒いんだね~。
ちびっ子は良いぞ。まんまだからな。王女だって可愛かったし。
「それでも王妃に選ばれたんだ。それを誇らないでどうする」
「そうでしょう? 私もそう申し上げたのよ」
うちの両親は、とっても前向きな考えの持ち主らしい。
王妃の実家は、開国当初から続いている由緒正しい侯爵家だ。昔は忠臣の鏡だとまで言われていたらしい。
当主がどうなのか俺はまだよく知らないが、家系から考えても選ばれて当然の人なんだそうだ。
てか、俺ってもう部屋に行ってもいいかな? ちょっと眠いんだけど。
チラッとおフクを見ると、ニッコリされた。まだ駄目らしい。もう少し我慢しよう。
「アリシア様は上位のジョブだから私の気持ちが分からないのよと、王妃様は仰ってました」
「ね、コニス。なら私に話さないで欲しいわ」
「奥様」
「だって、そう思っちゃうわ。私が自分で選んだジョブじゃないのですもの」
そりゃそうだ。5歳で突然ジョブを授かる。それまで全く分からないのだから。不可抗力もいいとこだ。
「少し、不安に感じました」
「コニス、どんなところがだ?」
「ジョブを気になさりすぎていると言いますか、ご自分を苦しい方へ追い込んでおられると言いますか」
「なるほど」
きっと王妃の周りも、自分より上位のジョブを持つ者ばかりなのじゃないか? だから余計に比べてしまうんだ。自己嫌悪にも陥るのだろう。
「兄上はどうしておられるのだろう?」
「さあ、どうなのでしょう? ですが……」
「コニス、構わない。思ったことを言ってくれ」
もう母は一言も話さないぞ。黙ってお茶を飲んで、お茶菓子の甘いものを食べている。気疲れしたんだなぁ。
「あのご様子だと、陛下も何度も同じことを聞かされておられるのではないかと。ですので、もうまともに取り合わなくなっておられるのではないかと」
「あー、それは有り得るな。兄上は根拠のない考えを嫌う傾向がある。分からないことを心配するよりもと、思うのだろう」
「そのようです」
なんだなんだ? あれか? 王妃を矯正しようと思ったら、王も矯正が必要なのか? せめて、もう少し親身に聞いてやるとかさぁ。
「あのご様子だと……しつこく仰ったのではないでしょうか?」
え、しつこくなのか? それはちょっと俺でも嫌かも。