92ー王女カトリーヌ
「陛下、けじめをつけなければなりませんわ。それに臣下の者の子を膝に乗せるなど……」
王妃だ。やっぱそう言うよね。前も同じ事を言っていたもの。
「王妃、良いのだ。臣下でもあるが、ライは私の家族だ。ライの家族は私の家族同様だ。何度言っているんだ、まだ分からないのか?」
「ッ……」
おや? 前より王妃への当たりが厳しくなっている気がする。
王に言われて、王妃は黙ってしまった。膝の上に置いた扇子を握った手を、ギュッと握り締めている。悔しいのか? ムカついているのか?
「ラウ、私の娘だ。カトリーヌというんだよ。仲良くしてやってほしい」
「あい」
王に紹介された王女、カトリーヌ。前の時は魔術師だった。
『今は違うわよ~』
ん? この声はリンリンか?
「ぴよ」
プハハ、ミミが鳥さんの振りをしながら反応している。そうしないといけないのだけど、それでも可笑しい。
『前の時にした事で、魔術師のジョブは与えられなかったのよ~』
ああ、精霊女王がそんな事を言っていた。王妃もそうだった。
それって精霊女王にお前は嫌いだと、言われている様な気もしなくもない。
『その通りなのよ~。精霊女王はあんな事を平気でする人間を嫌うわ~』
リンリンと話していると、安心する。これだよ、これ。
ミミみたいに、自分は天才だとか、みゃ? とか言わないし、冷静に話してくれる。
「ぴよよ!」
アハハハ、もしかして怒っているのかな? ミミちゃん。
「ぴよ!」
「ラウ、この鳥さんは精霊なのだったよね?」
「あい、しょうれしゅ」
「前は喋ったと思ったけど?」
「えっちょぉ」
え、どうすんだ? だってそれを知らない王妃と王女がいるじゃん。秘密にして欲しいよな?
「陛下、それは」
「ああ、ごめん。そうだった。私の勘違いだ」
良かった、察してくれた。
「とうしゃま、とりちゃんがしゃべるのれちゅか?」
お、おふ。俺よりも舌足らずな子が登場したぞ。
「カトリーヌ、そんな事はないよ。鳥さんは喋れないさ」
「らって、いまとうしゃまがしょういいまちたッ! りーぬはききたいでちゅ! とりちゃんと、おはなちちたいれちゅ!」
「だから、カトリーヌ。父様が間違っていたんだ」
「うそでちゅッ! りーぬはしゃべりたいれちゅ!」
手足をバタバタさせ出した。え、めっちゃ愚図っているじゃないか。いや、2歳児ならこんなもんなのか? 自分がそうじゃないから、普通が分からないぞ。
「カトリーヌ、はしたないですよ」
王妃が持っていた扇子でピシャリと王女の太ももを叩いた。
「きゃッ! え、え、ええぇーん! いたいれちゅー! かあしゃまいたいれちゅー!」
ああ、大泣きしちゃったよ。まだ2歳の子にそんな事をしなくても。
隣に座っていた王の膝にいた俺は、思わず手を出した。
「らいじょぶらよ、なかないれ。よしよし。らいじょぶ、らいじょぶ」
「ふえぇー」
背中をヨシヨシと優しく撫でる。まだ小さな背中だ。こんなに小さな女の子を扇子で叩くなんて。
「王妃、何をしている。まだそんな事をしていたのか」
「へ、陛下、でもカトリーヌが……」
「カトリーヌはまだ2歳だ。私が言い出した事も悪い。なのにそんな物で叩くなど」
その通りだ。王妃は変わっていないな。懐妊したと聞いてお祝いに来た時にも、王子は王妃の事を怖がっている感じがしたんだ。
あの時に渡したオルゴールで多少穏やかになっていたのじゃないのか?
これって、体罰が日常になっていないだろうな? まさか、いつもこんな事をしているのか?
「かとりーぬしゃま?」
「ひっく、りーぬ」
「え、なぁに?」
「あたち、りーぬっていうのよ。りーぬってよんれほちいわ。ひっく」
泣きじゃくりながら、話そうとしてくれた。そんな姿は、まだ子供らしいと感じた。
「りーぬ、ぼくはらう。よろしくね」
「らう?」
「しょう、らう」
「ええ、よろしくちてあげるわ。ひっく」
なんだよ、それ。アハハハ。まだちびっ子なのに、一応気位は高いんだ。だけどまだ間に合うぞ。
「りーぬ、とうしゃまと、かあしゃまはしゅき?」
「ええ、ちゅきよ。らいちゅきなのよ」
「じゃあ、もっとおはなししなきゃ」
「おはなち?」
「しょうらよ。ろうしてらめなの? りーぬはこうしたいのよって、いっぱいおはなししゅるんら」
「おはなちちたら、いたくしゃれない?」
「うん、しゃれない。れも、りーぬもわがままはらめらよ」
「わがまま?」
「しょう、わがまま」
2歳児ってどう話せば分かってくれるのだろう? 自分も3歳だけど、でも中身は3歳じゃないからなぁ。頃合いがよく分からんぞ。
「アハハハ! ラウは本当にお利口だ!」
王が笑い出した。それで張り詰めた空気が和らいだんだ。
両親が王と王妃なのだから、話す時間も取れないかも知れない。俺だと簡単な事でも、王女は難しいのかも知れない。
でも、王と王妃だと言っても自分達の子供だ。責任ってものがあるだろう。
そこに、ノックする音が聞こえた。
「父上、ルシアンです」
「ああ、入りなさい」
王子だ。しっかりしたなー。前に会った時はまだ3歳だった。
小さな王子が部屋に入ってきた。俺より3歳年上だから今は6歳か。まだ6歳なのに、もう立派な王子じゃないか。