88ー授けちゃったし
アンジーさんも本気で困っていない。きっと父だって、頃合いを見て抜け出しているのだろう。
「坊ちゃん、そんな事ないッスからね。俺は本気で困ってるッス」
「え、しょうなの?」
「あたりまえですよ!」
「しょうはみえなかったよ、エヘヘへ」
「ラウ坊ちゃん!」
ほら、父と母だって笑っているぞ。母が言っていたように休憩だって必要だろう?
父は態とゆっくりお茶を飲んで、焦れてしまったアンジーさんに引き摺られるように戻って行った。
その日の夜、俺が寝た時に精霊女王に呼ばれた。
いつもの精霊女王の世界、何処までも続く真っ白に輝く世界だ。
そして大きくなっているミミが、いつもの如く大の字になって眠っていた。
足元が覚束ない。ちゃんとした地面がないんだ。俺も宙に浮いている。
だけど、もう何回もこの世界に来ている俺は慣れたものだ。足を投げ出して堂々と座っている。
「しぇいれいじょうおうしゃま」
「ラウ、あなたまた何か考えているのでしょう?」
「えっとぉ、デオレグーノしんおうこくれしゅ」
「ああー……」
精霊女王がモロに嫌そうな顔をした。どうした、その顔は? 嫌な虫さんでも、踏んづけたみたいな顔をしているぞ。
「私達はあの国を避けているのよ。精霊もいないわ」
「え、しょうなの?」
「そうなのよ。だって、変なんですものぉ」
あ、変とか言った。堂々と言ったぞ。確かに俺が聞いているだけでも、変な国だと思うけど。
それに、魔族に戦を仕掛けるなんて普通じゃない。自殺行為だ。
「ああ、前の時ねぇ~。あれは驚いたわぁ」
いやいや、驚いた感じじゃ全然ないんだけど。
「私達精霊にも影響があるのよ。だから戦は起こしてほしくないの。世界が荒れると精霊界も少なからず荒れちゃうのよ」
「しょうなんら」
「魔素濃度が変になっちゃうのね」
精霊は超自然の存在だ。だが、世界が荒廃すると、精霊界の魔素濃度も変化してしまうらしい。そうなると、精霊達は住み難くなってしまう。
「しょれれ、しょのデオレグーノしんおうこくれしゅ」
「まさか、ラウ。行こうなんて思っていないでしょうね?」
あ、読まれちゃった。行こうと思っているんだ。その国の王に直談判しようと考えている。
だって、魔王にはもうしっかりと何度も話してある。だからデオレグーノ神王国が攻め込んだりしなければ、戦は起きないはずだ。
魔王から仕掛ける事なんてないはずなんだ。そういえば、あの国にもジョブはあるのかな?
「あるわよ、ジョブはどの国にも平等にあるわ」
「なら、あのくにに、ゆうしゃがいたりして」
「まあ! ふふふ、あの国には出ないわ。出さないもの」
ああ、そうだった。ジョブを与えるのが上位の精霊や、精霊女王、そして精霊王だった。
「余りにもおかしい事ばかりするから、あの国には上位のジョブは授けていないのよ」
なるほど、そんな調整もしているという訳だ。調整と言えば、今回はあの王妃は下位のジョブになっていると聞いた。
「そうね、その子である王女もジョブが占術師になっているわね」
「あー、ぼくもちがうのかな?」
「だからラウは一緒だと言っているじゃない。何も悪い事はしていなもの、前の時と同じ大賢者よ」
「しょれなぁ……」
困るんだよな。俺って前の時の事が、結構トラウマになっているみたいなんだ。そりゃそうだろう? だって背後から刺されて、剣が胸を貫いているのを覚えているんだ。
未だに悪夢を見る。だから、目立ちたくないんだ。
出来るだけの事はするつもりだけど、あの王妃と王女を刺激したくない。
なんとかもっと下位のジョブに変更するとか、隠すとかできないものか?
「ラウ、あなた本気で言っているの? もっとよく考えなさいな」
「えぇー……」
精霊女王に諭されてしまった。隠す事はできない、鑑定の儀を誤魔化すなんて事はできないそうだ。
それに最上位クラスの大賢者というジョブを持つという事は、それだけの力を持っているという事だ。
「守る力を持っているという事にもなるのよ。分かるかしら?」
「あ……」
そっか。そういう事か。確かに嫉妬をされたり妬まれたりするかも知れない。だけど、俺は大賢者としての大きな力も持っているという事だ。その力で守れるものだってあるだろう。
それに今回は、これから起きるだろう事が分かっているんだ。前の時の記憶がある。
俺にとっては、とっても有利な状態なんだ。
「ね、そうでしょう?」
「うん、わかった」
「それにもう生まれた時点で、授けてしまっているのよね」
なんだ、そうなのか。もう決まっているという事じゃないか。やっぱ、出来るだけの事をしよう。あの国にも行ってやろうではないか! と、決意の拳を上げる。
「あらあら、変な決心をさせちゃったかしら~」
ふふふと、精霊女王が笑う。なんだよ、どうせ止める気はないのだろう? 俺が赤ちゃんなのに、魔王に会いに行くと言った時だって止めなかった。
きっと精霊女王は俺を応援してくれると信じているぞ。
「ふふふ、仕方ないわね~」
「らうみぃは、おきにいりなのみゃ」
「あら、起きたのね?」
珍しくミミが起きていた。どこから話を聞いていたのか知らないけど。