85ーお家事情
「かあしゃま」
「ラウ、起きたのね。いらっしゃい」
両手を出してくれる母。俺はそこにトコトコと駆けて行って飛び込む。
こんなに温かい手の中を、前の俺は邪険にしていたのかも知れない。
殺されて気付くんだ。何が大切だったのかを。
この生ではそんな後悔はしたくない。だから全力を尽くす。やっぱ次はデオレグーノ神王国に乗り込むか!?
「あら、ラウ。何を考えているのかしら?」
おっと、今はそんな事よりも聞いておきたい事がある。
「かあしゃま、いちゅいくのれしゅか?」
「クローバ侯爵邸の事ね?」
「あい」
おフクが俺にジュースを出してくれる。当然ミミは、とっくに桃ジュースを貰っている。
精霊界を経由する時は、毎回帰りにピーチリンを1個食べるんだ。あれれ? もしかして、ピーチリン食べたさに付いて来ているのか?
と、思ったところでミミの体がピクリと反応した。
いやいや、まさかね。ミミだって俺に協力してくれているんだ……と、思う事にしよう。
「来週お邪魔する事になっているのよ」
「あい」
それにしても、どうしてだろう?
「かあしゃま、ごようじはなんれしゅか?」
「クローバ侯爵令嬢のアコレーシアちゃんが、3歳のお誕生日なの。それでお祝いをするからラウもどうぞってお誘いしてくださったのよ」
「ぼくがしゃんしゃいの、おたんじょうびのときは、なにしましたっけ?」
「邸の皆でお祝いしたわね」
「しょうれした」
「だからアコレーシアちゃんの時も、招待されているのは私達だけよ」
母が教えてくれた。3歳だと身内だけのお祝いが普通らしい。だがこれが5歳になると話は違ってくる。何故かというと、5歳には『鑑定の儀』を受けるからだ。
それで上位クラスのジョブだと鑑定された者は、それをお披露目したりする。その時は大々的にパーティーを開催したりするそうだ。
それにしても、今回はどうして俺達だけなのか?
「ぼくあったことないれしゅ」
「ふふふ、私とアコレーシアちゃんのお母様が仲良しなの」
「えー、ならぼくのおたんじょうびにも、よべばよかったれしゅ」
「それは駄目なのよ」
父の仕事上の問題だ。この邸の中を第三者に知られる事を避けているんだ。
間取りだ。何処に何があって、誰の部屋が何処で。それを知られる訳にいかないんだ。
「ごめんなさいね、ラウ」
「なんれれしゅか?」
「お友達を呼べなくて、寂しいでしょう?」
「しょんなことないれしゅ。とうしゃまの、おしごとれしゅから」
俺ってなんてお利口さんなんだ。自分で思うよ。本当に3歳児なのか? て、中身は違うんだけど。
そんな事情もあって、家には誰も呼んだ事がない。
ガーデンパーティーも駄目なんだ。邸を外から見て、どんな作りになっているのかを知られては困る。だからうちの邸の周りは、外から見えない様に高い塀になっている。
それによく見ると、建物や塀の近くに高い木を植えてない。足場にされない様にだ。
うちに来る事ができるのは、限られた者だけなんだ。その基準が父の判断らしい。それがまた俺はちょっぴり不安だったりする。
そんな家だから、母と俺がお出掛けするとなると護衛に付く者を選ぶところから始まる。そんな事も、3歳の俺はちゃんと理解していた。
そして今回のご招待だ。母と俺が行くらしい。父はお仕事だ。
3歳児の誕生日パーティーだから、もちろん夜ではない。真昼間だ。なので、アコレーシアの家の人達と俺達だけらしい。
3歳のアコレーシアを俺は知らない。いや、もしかしたら覚えていないだけなのかも知れない。
でも、ドキドキするぞ。とっても楽しみだ。
だけど俺、嫌われちゃったりしたら落ち込むぞ。立ち直れないかも知れないぞ。
「ふふふ、ラウったら心配なのかしら?」
「はい、なかよくれきるれしょうか?」
「ラウ、優しくしてあげれるかしら?」
「もちろんれしゅ」
「なら、大丈夫よ。アコちゃんと言うのだけど、とっても優しい女の子らしいわ」
「たのしみれしゅ」
「ふふふ、そうね」
こうして母と俺のお出掛けは、父の差配によって色んな事が決められていった。
護衛に付く者、当日クローバ侯爵邸に向かう道順、そんな事まで決めるのだ。
こんな時は父がどれ程危険な仕事をしているのか、今更乍らに実感する。
家ではそんな素振りは見せないし、熱血漢で優しい父だ。
俺が歩ける様になると、父は俺を庭に連れ出し色んな事をして遊んでくれた。
手を繋いで、ただ一緒に庭を散歩する時だってある。俺を肩車して、走り回ってくれる時だってある。
もう少し大きくなったら剣の訓練も始めようと言っていた。
相変わらず父は俺を可愛がってくれる。俺の事が大切だと伝わってくる。
俺は二度目の3歳を、殊の外楽しんでいた。
「アリシア! ラウ!」
その父がやってきた。休憩なのかな? 家でアンジーさんと、何やら書類に向かっていたと思ったんだけど。
「ここにいたのかッ! ラウ、何を食べているんだ?」
「バナナのむしぱんれしゅ。おいしいれしゅよ」
「そうか、美味いか」
「あなた、休憩ですか? 座ってお茶でもどうですか?」
「ああ、もらおう」
俺を挟んで父が座る。本当に休憩なのか? 怪しいと思うんだ。だって、ほら。アンジーさんが走ってきたぞ。