83ーその後の変化
だけど、これは……どうしよう。ドキドキが治まらない。手に汗をかいてきた。
どうしよう、どうしよう……そればかり考えてしまう。
「ラウ、ラウ、どうしたの?」
「え? あ……かあしゃま」
「もう眠いのかしら?」
「あ、あい」
「ラウ、今日は休みなさい」
「とうしゃま、しゅみましぇん」
俺は椅子から立ち上がり、部屋を出ようとドアへ歩いて行った。
赤ちゃんの頃から、乳母として付いてくれているおフクは今も俺付きだ。
おフクが俺の後ろを付いてくる。ミミが肩に止まってくる。そこまでは覚えていたのだけど、その後どうやって自分の部屋に戻っていたのか記憶にない。それほど動揺していたんだ。
その日の夜、夢に見た。
俺が大賢者として魔族との戦に召集され、城に向かう時の事だ。
アコレーシアが見送りに来てくれていた。
眼に涙を溜めながら、それでも気丈に微笑んでくれていた。瞼が少し腫れていて、眼が真っ赤だったのをはっきりと覚えている。
「無事で帰ってきてね。待っているわ」
「アコ、必ず戻ってくるよ」
そう言って手を取った。
その後、いきなり場面が代わり俺は胸を剣で貫かれていた。
ゴボッと血を吐いた俺の背後から、剣を刺した騎士団長の息子の声がする。
「今頃お前の婚約者一家も、処刑されている事だろう」
俺の脳裏に浮かんだのは、愛しいアコレーシアの面影だ。
サラサラなブロンドの髪に、瞳はひまわりの様なオレンジ色。
忘れもしない、いや、忘れた事なんてない。忘れる事なんてできない。
ずっと一緒だった。
いつもそばにいた。
将来を約束した。
召集されて国を離れる時は、必死で泣くのを我慢して笑顔で送り出してくれた。
待っていると言ってくれた。
とっても大事で、とっても好きで、ずっと俺が守るんだと思っていた。
そのアコレーシアが処刑だと……!?
脳裏に浮かんだアコレーシアが、パリンとガラスが割れてしまうかの様に砕けた。
「……坊ちゃま! ラウ坊ちゃま!」
「……うあぁぁッ!」
俺は声をあげて飛び起きた。寝汗で髪が額に張り付いて気持ち悪い。
俺の汗を拭きながら、おフクが着替えさせようとしてくれる。
「酷く魘されておられました。汗びっしょりですね。悪い夢でも見ましたか?」
「フク……とっても……とってもかなしいゆめをみた」
ああ、最後の時の夢だ。俺は時々悪夢を見ていた。悪夢というか、実際に起こった事なのだ。
それを0歳からやり直している。今はまだ起こっていない事だ。
だが、一度殺されたという強烈な出来事は忘れられる筈もなく、俺はこうして時々魘されおフクに起こされる事があったんだ。
「坊ちゃま、大丈夫ですか? お水を飲みますか?」
「うん、フク。ちょうらい」
おフクに貰った果実水を、コクコクコクと一気に飲み干す。
「ぷは……」
「万歳してください。お着替えしないと風邪をひきます」
「ありがと」
おフクに着替えさせてもらう。
ああ、心配を掛けてしまっている。おフクの口数が少ない。
俺は赤ちゃんの頃からこうして何度も夢を見ているんだ。
赤ちゃんの頃は、夜泣きだと思われていた。だけど少し理解できる言葉を話すようになると、おフクは直ぐに悪夢を見ているのだと読み取った。
それだけ俺の事をちゃんと見てくれているのだろう。
だけど、その分心配も掛けてしまっている。
ごめんな、おフク。こればっかりは、どうしようもないんだ。
て、静かだな。そうだよ、ミミだ。ベッドを見るとまだ大の字で眠っている。
すぴーッと寝息が聞こえてきそうだ。
ミミは相変わらずだ。初めて来た頃からそう変わらない。いつでもマイペースだ。
でも夜中に抜け出して魔王に会いに行っている事は、ちゃんと内緒にしてくれている。
もうミミも慣れたもんだ。行くぞ! と言えば、みゃ! と返事して付いて来る。
まあ、精霊女王の協力がないと駄目なんだけど。
最初に行った時と同じ様に、精霊界を経由しているんだ。そうしたら、あっちの数時間がこっちの数分になるという仕組みだ。未だに意味が分からないのだけど。
同じ世界にある魔族の国なのに、精霊界を経由するだけで時間の流れが違うというのはどうも腑に落ちない。
だが、俺に分かる訳でもない。あれからずっと精霊女王に甘えさせてもらっている。
そして、滞在時間だ。最初は、あばばばと言って騒いで終わった訪問も、最近では色々話している。
魔王も俺が行くのを、楽しみにしてくれている。魔王が協力的だったりもする。
俺のシールドだと未だに1時間も持たない。それだけ魔力量を使うという事なのだけど。
「どうしてシールドが、そんなに持たないのだ?」
と、ある時魔王が聞いてきたんだ。俺は説明したよ。まだその時は赤ちゃんだったから、ばぶばぶと言いながら説明した。
「なんだ、そんな事なのか」
と、言って協力してくれたんだ。これって、もっとゆっくりしていけという事だよな。
それから俺のシールドを、魔王が補助してくれる様になった。
俺のシールドの上から魔王が、魔素と瘴気を防ぐシールドを重ね掛けしてくれたんだ。
「これで1時間は大丈夫だろう」
「あばー」
有難うと言っているんだぞ。魔王ってとっても良い奴だと思わないか?
その時の魔王にもよるそうなんだけど、偶々今の魔王はとっても平和主義だ。