82ー最初に戻る
やっと3歳になった俺は相変わらず、例の会議に出席している。
覚えているかな? 最初もそうだっただろう?
「さて、揃ったか。定例会議を始めよう」
張り詰めた空気が重みをもって伸し掛かってきそうな雰囲気の中、心を鷲掴みにされる様な父のバリトンボイスで会議が始まる。
この始まりだ。ここにやっと戻るんだ。0歳児、長かった。まさかこんなに長くなるなんて、思いもしなかった。
それでも魔王とマブダチになったのだから、成果は出ている。魔法も色々使えるようになった。
「ラウ、寝るんじゃない」
「あい、とうしゃま」
半分閉じかけている目を擦りながら、俺は返事をする。母と並んでソファーに座っているものの、足が床に着いていない。
「ラウはもうお眠の時間なのよ。次からは、もう少し早い時間にできないかしら?」
母の言う通りだ。夕食を食べたら俺はおネムだ。だから昼間に開催してくれると助かる。
「この会議を真昼間にするのか?」
「だってラウがお眠だもの」
「……それは大変だ。早急に熟考すべき課題だ」
皆、緊張の面持ちで座っているのに、相変わらずの良い声で呑気な事を言っている。
さて、今日はどんな議題なのだろう?
こんな感じで3歳の俺だ。まだまだ、たどたどしいけど喋れるようにもなった。
もちろん、自分で歩けるようにもなったんだ。3歳児だからな。
そして、ミミは相変わらずだ。
「みみは、ももじゅーしゅのみたいみゃ」
「ミミ、終わるまで我慢しなさい」
「わかったみゃ。しかたないみゃ」
相変わらず態度も悪い。
父は相変わらず国の裏方で、国の暗部を取り仕切っている。
あれから例のデオレグーノ神王国は、ちょくちょくちょっかいを掛けてきた。だが、真紅の髪の女性を送り込んできた時の様な事はなく、悉く父が看破して潰していた。
その度にこの会議が開かれる。他国とは友好的な関係を築いているらしく、いつも問題を起こすのはデオレグーノ神王国だった。
今回もきっとそのデオレグーノ神王国の事だろう。
「今日の議題はラウのお出掛けだ」
んん? なんだって? 俺がどうしたって?
「来週、ラウが招待されて初めて他家を訪問する事になった」
お、おう。俺か。俺なのか。これは発言しておかないといけない。
3歳になって、とっても流暢に喋れる様になった俺を、披露しようではないか。
「とうしゃま」
ハイッと手を上げる。
「はい、ラウ。何だ?」
「とうしゃま、ぼくのおでかけをこのかいぎれ、はなしゅひちゅようがあるのれしゅか?」
な、あばーと言っていた頃に比べると、超喋れるようになっただろう? え、流暢ではないって?
「当然だぞ。ラウのお出掛けは最重要事項だ」
ええー……そこまでいくと、ちょっと俺引いちゃうぞ。
「かあしゃま、なんとかいってくらしゃい」
「あら、ラウ。当然なのよ」
「ええー……」
母もか、母もなのか!?
「ラウ、お前は私の仕事を理解していると思っていたのだが?」
「あい、わかってましゅ」
「なら、どうして重要かも分かるだろう?」
いや、全然分かんねーぞ。だから教えてもらった。
父の仕事上、俺だけでなく母もお出掛けする時は要注意なのだそうだ。
どこで狙われるのか分からない。家の中でも、俺は攫われた事がある。覚えているかな? まだ0歳だった頃だ。俺が記憶を思い出す切っ掛けになった事件だ。
俺はその時いたメイドに、貴族の邸へ連れ去られた事があった。
その時に魔法で邸を半壊させて、両親に色々バレちゃったんだ。
要するに、母と俺は父のウィークポイントになるんだ。
「どこで誰が狙ってくるのか、分からないからなッ!」
「あい、わかりました」
なるほど、そういう事なら……とは思わねーよ! だからってこんな風に、会議までする必要はないと俺は思うぞ。
きっとこれはあの両親だからだと思う。きっとそうだ。
「ふぅ~……」
「ラウ、どうしたのかしら?」
「かあしゃま、あまりおおげしゃには、しないれほしいれしゅ」
「あら、全然、全く、大袈裟じゃないわよ」
ああ、母に言っても無駄らしい。まあ、仕方がない。
「当日の行先は、クローバ侯爵邸だ」
え……なんだって……!?
俺は驚いた。思わず大きく眼を見開いて、呆然としてしまったんだ。
「ラウ、どうしたの?」
「え、えっちょ……なんれもないれしゅ」
「あら、そう?」
「あい」
びっくりした。心臓がドクンッと大きく打った。ちょっぴり出ちゃうかと思った。いや、それはもう卒業したんだ。
どうして俺がそんなに驚いたかというと、前の時に俺の婚約者だった令嬢の家だったからだ。愛しの婚約者だ。
クローバ侯爵の長女、アコレーシア・クローバ。俺より半年後に生まれた、お人形みたいに可愛い女の子。
前の時だと、初めて会ったのは7歳の時だった。母と一緒に王妃のお茶会に呼ばれて、出掛けて行った城の庭園で初めて会った。その時に俺は一目惚れしたんだ。
なんて可愛い子なんだろうと、ズキューンと胸を撃ち抜かれてしまった。
なのに、今回は3歳だ。どうしてだ? あれ? もしかして、前の時にも3歳の時に会っていてそれを覚えていなかったのか?
その可能性はある。だって3歳児なんだから覚えているはずがない。