8ー決意の拳
俺に何も言わないという選択肢もあったはずだ。いや、それが普通だろう。
だが、両親は俺に話すという選択をした。赤ん坊の俺にだ。
俺の気持ちを優先してくれるという事なのだろう。
何より、まだ赤ん坊なのによく話そうと思ったものだ。
「ここでちゃんと把握しておく必要があると考えた。家族の事だ。何もなかった事にはできない。そうして、後悔はしたくないからな」
「ばぶばばー」
ちょっと泣いてしまっても良いかなぁ? 父の気持ちが嬉しい。
「あばばー! ふぎゃ、ふぎゃ、ばうばぁー!」
て、泣いちゃったけど。俺だって後悔はしたくない。
また刺されて死ぬのなんて絶対に嫌なんだ。
未来を知っているのは俺だけだ。そんな事、話しても信じてもらえないだろう? 話すつもりもなかったし。だから、俺一人でなんとか回避しようと考えていた。
なのに両親は、こんな赤ん坊の俺に話してくれた。真剣に考えてくれたんだ。
それだけ普通じゃないと思ったのだろうけど。
だからと言って、俺はまだ話せない。喋れない。だってまだ赤ちゃんなのだから。
「頷いてくれ。今はそれでいい。ラウが話せるようになったら、話してくれると私は嬉しいぞ」
「ぶぇッ……ヒック、ばぶぅ」
母が俺のおでこに優しくチュッとした。
「大丈夫よ。私達はラウを愛しているわ」
「私もだぁッ!」
「びえぇーッ! あばばばー!」
俺が何を言っているのか分からないだろうなぁ。喋れないって辛い。
俺も、父や母を愛しているよと言いたいんだ。みんなを守りたいと思う。
よし、ならしっかり頷いてやろうではないか。
「ばぶ、あうあ」
俺はヒックとしゃくり上げながら、なんとか涙を止めようとした。そして、真っ直ぐに父の目を見たんだ。
どうしたら俺の気持ちが伝わるのだろう? まだ喋れない。でも、伝えたい。
ふがふがとお口を動かしたって、ぶぶーとか、ああーとかしか出てこない。
だから仕方なく、父の目を見つめる。父が話している事は理解しているぞと、伝えたいんだ。
そんな俺の気持ちが伝わったのか、父がまた話し出した。
「私が話した事を理解しているのなら、頷いてくれるか?」
「ぶぶぶ」
実際に声に出たのは「ぶぶぶ」だけど。それでも俺はしっかりと頷いた。
この事が、俺が父の仕事に関わる切っ掛けになった。
結論を言うと、すっかり父にはバレていた。俺が魔法を使った事。そしてその威力を加減しなかったから、邸宅が半壊になったのだという事まで予測していた。
父が、こうだろう? と聞いてきた事全てに俺は頷いた。見事に全部お見通しだった。
恐るべし。魔術師ってそんな事もできるのか。知らなかった。
まだ赤ん坊のふっくらとしたほっぺが、ヒクヒクと引き攣りそうなくらいだ。
「その魔術師は私の部下だ。まさかそんな事を、ホイホイできる魔術師はいないぞ。職務の遂行に迫られて、その能力を伸ばしたんだ」
必要に駆られてその方向に能力を伸ばしたのか。ストイックと言っても良いのだろうか。いや、ある意味魔法馬鹿なのか?
父の部下には、有能な人がいっぱいいそうだ。
「しかしラウ。もうあんな魔法を使ってはいけない」
「ばうあー」
分かっているさ。俺だってあんなのは使うつもりはない。
あの時は緊急事態だったからだ。
そう、思いながらお首をヒョイと動かして頷いた。
「ラウ、ゆっくり大きくなりなさい。急ぐのではないぞ」
「あぶう?」
「その時々のラウの成長が大切な宝物なんだ。笑った、泣いたというだけで私達にとっては大きな宝物だ。なんでも早ければ良いというものではない」
「ばぶぶぅ」
会話になっていないけど、俺はちゃんと返事をしているんだ。めっちゃ真剣に返事をしている。
父だけなく、母もそれを分かってくれているみたいだ。
一回目の時にはこんな事はない。当然だ。記憶が戻っていなかったのだから。
せめて前世の記憶だけでも戻っていれば……それでもあの最後は回避できなかっただろう。
今回は必ず回避してみせる。
「あばばぁー!」
そう決意して、俺は拳を上げた。
「まあ、ふふふ」
「理解できたようだな」
唯一、乳母のフクだけが意味が分からず、話が信じられず、場にそぐわない変な顔をしていた。
それからというもの、母が常に俺の側にいた。
魔法を使わないように見張る事ではなく、母は俺がどれだけ使えるのか知りたいんだ。
でも俺に無理強いはしない。普通に側にいて一緒に過ごすだけだ。
それに俺が喋れないというのに、母は何故か俺が言いたい事を理解していた。
やはり母だからなのだろうか?
それとも、あれか? ペットと会話はできないけど、気持ちは分かるというやつと同じなのか?
母だからだと思いたい。
そして今日も母は俺の側にいる。
なんだか、今日は特にニッコニコなのだ。それがちょっぴり不気味だ。
「ふふふふ、あら、なあに? 私がご機嫌だと駄目なの?」
「ばうばー」
そんな事は言っていない。思っていても言わない。
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