76ー守るみゃ
その日の夜は平和だった。俺は直ぐにでも魔王城へ行きたかったんだけど、精霊女王が呼んでくれなかったんだ。どうしてなのか、俺は知らない。
いつもベッドに入ると、直ぐに寝息を立てるミミが珍しく起きていた。
俺もおフクが部屋を出て行った後、ウトウトとしていた頃だ。
「らうみぃ、おきてるみゃ?」
「あば……」
「ほんとうにいくみゃ?」
「あぶあ」
行くぞ。当然じゃないか。
「しょんなにあわてて、いかなくてもいいみゃ。らうみぃは、まらあかちゃんみゃ」
「あぶう」
そうなんだけど。でも行くぞ。前にも話しただろう? 俺はこのまま、何もしないでなんていられないんだ。
早めに手を打っておきたい。できる事はなんでもしておきたいんだ。
「わかったみゃ、しかたないみゃ」
「あぶぅ」
なんだよ、まだ迷っていたのか?
「しょりゃ、まようみゃ。らって、まおうじょうみゃ」
「ぶぶぶ」
ミミは魔王城が、目視できる場所まで飛んでくれれば良いさ。後は俺が転移するから。
本当なら、ミミの手も借りずに行くのが一番良いんだけど。それはできないから……ミミ、ごめんな。
「なにいうみゃ。みみはらうみぃの、ちゅかいまみゃ。ちゃんとまもるみゃ」
「あぶぶ」
有難う。悪いな。
「みみもいくみゃ。ちゃんと、ちゅいていくみゃ」
「あば」
それは良いって。ミミまで危険な目に遭わせたくないし。俺の問題なんだから。
「いくみゃ。まもるみゃ」
「みゃみゃー、あぶぅ」
ミミなりに、心配してくれているのだろう。ミミだって行った事がない場所なんだ。
それに精霊に影響がないとは限らない。ミミは上空で待っていてくれたら良いさ。
なんて考えていたら、ミミは言う事を言ったら寝息をたて出した。スピーッと気持ち良さそうに、もう眠っている。相変わらず大の字だ。小さいからそれは全然良いのだけどさ。
ミミは図太いのか何なのか? まあ、悪い奴じゃない。
次の日、俺とミミはおフクと母と一緒に四阿にいた。
ヨチヨチ歩きの練習だ。小さな足に可愛らしいベビーシューズを履かせてもらって、俺はヨチヨチと歩いている。
「あぶッ、あぶッ、あばー、あばー」
「らうみぃ、しょれなんみゃ?」
「あばばー、あぶぶー」
「みゃみゃみゃ? なんみゃ?」
一応、お歌だ。いや、掛け声みたいなもんだ。ご機嫌って事だ。自分の声に合わせて足を出し、ヨチヨチと歩いている。
「しょうしてたら、かわいいあかちゃんみゃ」
「あうあー」
俺はどこからどう見ても、可愛い赤ちゃんだろうよ。
ヨチヨチと四阿の前を歩く。良い天気だ。抜ける様な青空とは、この事だな。
遠くにフワフワした白い雲が浮かんでいる。風もないし、湿度も高くない。過ごし易い季節だ。
少し歩くと、ヨイショと方向転換だ。また来た道を戻る。大人みたいに、クルリと後ろを向いたりできないんだぞ。知ってたか? 乳幼児ってまだ頭が重いから、バランスをとるのが難しいんだ。
プニプニの身体を、少しずつ慎重に向きを変える。
「あば!」
この方向転換が難しくて、俺は尻餅をついてしまった。
「まあ、坊ちゃま」
「あばー」
おフクが走って来ようとするから、大丈夫だと片手を出す。
「あぶぶぶ」
両手をついて、ヨイショとお尻を持ち上げて立つ。よし、母のいる場所まで歩くぞ。
「あばッ、あばッ、あぶぅ、あぶぅ」
「ふふふ、ラウったらご機嫌ね」
「ああちゃ!」
両手を少し広げてバランスをとりながら、ヨッチヨッチと歩く。
こうして俺は育ててもらったんだな。前の時はそんな事を覚えていなくて、有難いと思う気持ちもなくて少し冷たい息子だったと思う。
だけど、今世は違うぞ。ちゃんと全部覚えている。
愛情を込めて育ててくれている事を。
だからさ、母上。俺がみんなを守るよ。
「らうみぃ、いいこみゃ」
「あばば?」
「ほんとうに、いいこみゃ。みみも、まもるみゃ」
アハハハ、頼りにしているぞ。何しろ魔王城は、ミミに飛んでもらわないと行けない場所なんだからさ。
「やっぱりなんだか不安だわ。ラウ、ミミ、貴方達何か隠していないかしら?」
「あば?」
ほら、ほぉ~ら。母ったら、とっても勘が良いんだ。これは要注意だぞ。ミミ、内緒だからな。
「わかってるみゃ。みみは、てんしゃいみゃ」
天才は関係ないだろう? まあ、良いけど。
「ああちゃ!」
俺は座っている母の足に抱きついた。よく歩いたぜ。俺の努力の成果だぞ。
「ぷぅ〜ああちゃ」
「ラウ、母様は心配だわ」
俺をそっと抱き上げる母。じっと俺の眼を見てくる。ヤバイぞ。これはとってもヤバイぞ。
思わず俺は眼を逸らしてしまうじゃないか。
「ラウ、母様の眼を見てちょうだい」
「ああちゃ」
俺は母の首に抱きついた。眼を合わせたら、バレてしまう気がしたんだ。
必殺、甘えん坊の発動だ。首元に抱きついて、スリスリする。
「まあ、甘えん坊なのね」
「ああちゃ!」
「はい、母様よ」
「ああーちゃ!」
「ふふふ、はいはい」
王女に嵌められ騎士団長の息子に殺されて、どうしてだかまた赤ちゃんからやり直している。
これは多分、精霊女王の力ではないかと俺は思っている。やり直してから、一番大きな変化といえばそこだから。