66ーリサーチだ
「王妃殿下、申し訳ありません。私がお連れしたのです」
「ライ、構わない。ルシアンだってラウルに会うのを楽しみにしていたんだ。親戚なのだから構わないじゃないか」
「は、陛下」
「ライ、身内しかいないんだ。陛下は止めてほしい」
「しかし」
「陛下、いくら兄弟とはいえけじめなのですから、当然ですわ」
「王妃、良いのだ。私が良いと言ったら良いのだ」
王にそう言われて王妃は口を噤んだ。
王に言われて口を噤んだものの、あの眼だ。ギロッと睨むような眼で俺達家族を見ている。
それに王妃に、一言言われただけで王子はあんなに委縮するんだ。普段どんな風に接しているのか想像がつくというものだろう。
まだ3歳だというのに、あんなに委縮して。可哀そうに。
「ルシアン、ライに何を教わっていたんだ?」
「はい、ちちうえ。けんのもちかたを、おしょわりました!」
剣の持ち方かよ。持ち方だけなのに、小さな胸を張って自慢気だ。アハハハ、可愛いなぁ。
「おじうえ、またおしえてくらしゃいましゅか?」
「はい、また登城した時には」
「はい! うれしいれしゅ!」
子供らしくて可愛いじゃないか。舌足らずな喋り方もまた可愛い。
「あばー」
俺は手を伸ばす。王子、頑張るんだぞと思いながら。
「らうるが、ぼくをよんでましゅか!?」
「はい、殿下。そうみたいですわ」
トコトコと笑顔で、母の膝の上にいる俺のところにやってくる。
小さな俺の手を、王子の小さな手が握った。
「らうる、はじめまして。ぼくはルシアンだよ」
「あぶあー」
「ふふふ、かわいいねー」
そんな俺達を眼を細めて見ている王妃。文句がありそうな顔をしている。だが、王が言った。
「ルシアン、お前の方がお兄さんだ。仲良くするんだよ」
「はい! ちちうえ!」
このほんの少しの時間でも分かった。この王妃、腹黒さんだ。
王もそれなりに腹黒さんなところはある。そうでないと、王なんて務まらないのだろう。だが王妃は、それとはまた違った腹黒さんだ。真っ黒黒すけだ。
顔に出ているんだよ。これは要注意だ。王子が感化されないと良いのだけど。
「あなた、それよりも王妃殿下に」
「ああ、そうだな」
お、そうだった。今日は王妃の懐妊のお祝いに来たのだった。
「コニス」
「はい、奥様」
覚えているかな? コニスとは俺の母に付いている侍女だ。今日も同じ馬車でやって来た。
手に小さな包みを持っている。それをテーブルの上に置いた。
母が包んでいる布を取ると、豪華なリボンの掛けられた高級そうな箱が出て来た。
「正式なお祝いはまた改めてさせて頂きますが、私どもの心ばかりのお祝いのしるしでございます。どうぞお納めください」
父がそう言いながら、王妃の前にズズイと出した。
「ライ、気を使わなくて良いのに」
「いえ、兄上。ささやかな物なのです。ご懐妊中、お心を穏やかに暮らして頂くお手伝いになればと、妻と選びました」
「マチルダ」
「はい、陛下。お心遣い有難う。開けてもよろしいかしら?」
「はい、お気に召すと良いのですが」
王妃自らがシミ一つない綺麗な手で、リボンを解き箱を開けた。
「まあ、何かしら?」
こんな表情の王妃は、普通に親しみが沸く。少しの期待と楽しみな気持ちが表情に出ている。
ふむ、どうやら根っからの悪人ではないようだ。
そりゃそうだろう。王が王妃に選んだ人物なんだ。ちゃんとした教育も受けているし、所作だって洗練されていて見惚れるほどに綺麗だ。
指を動かすだけで、光が流れるかのように見える。
「あぶぶ」
「ふふふ、ラウも楽しみなのかしら?」
「ああちゃ」
「おじうえ、らうがなにか、はなしていましゅよ」
「はい、あれは母様と言っているのですよ」
「それはすごいでしゅ。ではとうしゃまもいえるのでしゅか?」
「はい、もちろんです」
そんな話を父と王子はしていた。そこに、小さな可憐な音が聞こえてきた。
これは……父と母が王妃の懐妊祝いに送ったのはオルゴールだった。
「なかなか手に入らなかったのですが、ようやく先日手に入れました。王妃殿下の懐妊のお祝いにと考えていたのです」
「まあ……素敵ですわ。有難う」
この世界ではまだオルゴールは珍しい。精巧な細工が必要だから、なかなか作れる者がいないんだ。それを手に入れていた父と母。
良い祝いの品だと思うぞ。
王妃も嬉しそうに見つめている。その間、可愛らしい音が部屋に流れる。
「よく手に入ったな、ライ」
王もそう言いながら、王妃が持っているオルゴールを見ている。
良い雰囲気だ。こうしていれば、良い夫婦じゃないか。
「ははうえ、ボクにもみしぇてくだしゃい」
「ふふふ、ルシアンは見るのが初めてですわね」
「はい、かわいらしいおとがしましゅ」
「これはね、オルゴールというのですよ」
「へえー」
良い親子じゃないか。王妃だって優しい眼で王子を見ている。
厳しいだけじゃないんだ。きっと王妃という立場、王子という立場を考えて接しているんだ。
それを歪めずに王子は受け止めて欲しい。愛情もこうして示してあげて欲しい。
子供は親の愛情を、無条件に欲するものだから。
「有難う。大切にしますわ」
「光栄です」
両親が頭を下げた。
その日は穏やかな雰囲気で城を後にした。
こうして俺の王妃をリサーチする任務は終わったんだ。
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