32ーうぶぅー
母との距離が近くなってくる。あの広げてくれている腕の中を目指して、俺は自分の小さな足を動かす。
あそこが安心できる場所なんだ。俺が一番好きな場所なんだ。
母が心配そうに、それでも嬉しそうにずっと見守ってくれている。
俺がグラつく度に手を出しかける。そこをグッと我慢して、ラウと呼んでくれる。
「ああーちゃ」
あと数歩。ヨタヨタとよろけながら、それでも確かに自分の足で歩みを進めて、母の腕の中に飛び込んだ。
「ああーちゃ!」
「ラウ! 凄いわ! 頑張ったわね!」
「坊ちゃま!」
母が力強くしっかりと受け止めて、フクも一緒に泣きそうな勢いで喜んでくれる。
こんなに俺は愛されていたのに。一回目の時は、そんな事も知らずに素っ気ない態度だった。
「ああーちゃ! うぶぅー!」
おフクとはまだ言えないけど、気持ちはおフクを呼んでいるんだ。分かってくれるかな?
「ふふふ、フクを呼んでいるわよ」
「まあ、それは嬉しいです!」
「ああーちゃ! うぶぅー!」
言えてねー!
「今日はラウの一歩記念日だわ!」
いやいや、前にも『一歩記念日』て言ってたぞ。
「あばあ」
「ふふふ、坊ちゃま、頑張りましたね」
「あうあう」
「みみの、いうとおりみゃ」
「あばぁ」
おう、有難うな。
「みみは、しゃしゅがみゃ」
はいはい、そういう事は自分で言わない方が良いぞ。
「え? しょうなのみゃ? じぶんれいわないれ、られにいってもらうみゃ?」
「あぶあばー」
本当にそう思った人が、褒めてくれるさ。ミミはそれがないんだろうな。
「らうみぃが、ほめるみゃ」
「あばー」
ええー、俺かよ。俺なのか?
「らってらうみぃが、いちばんしってるみゃ」
「あぶあ」
まあ、そうだな。でも俺は流石だとは思わないから言えねー。
「らうみぃ、ひろいみゃ! みみは、やくにたってるみゃ!」
「あぶあぶ」
はいはい、役に立っているよ。ミミに教わらないといけない事もあるしな。
「なんみゃ?」
「あう」
また後でだ。
「しょうみゃ? とりあえじゅ、ももじゅーしゅのむみゃ?」
「あぶぅ」
ミミはそればっかだな。余程桃ジュースが好きなんだな。
「あたりまえみゃ。ちょうおいしいみゃ」
「ふふふ、精霊はみんな桃ジュースが好きね」
「あうぁ?」
そうなのか? だからうちにはいつも桃ジュースがあるのか?
「リンリンやフェンも好きなのよ」
「あばぁ」
「桃ジュースは美味しいじゃない〜」
と、シャララ〜ンとリンリンが姿を現した。あの七色に輝く羽を摘んで持ってみたい。と、手を出す。
「ラウ、駄目よ」
「あう」
バレちゃった。駄目だって。
「桃ジュースはね、精霊界にあるピーチリンの味に似ているのよ〜。だからみんな好きなのよ〜」
ピーチリンって何だ?
「果物なのよ~。精霊はみんな好きなのよ~」
リンリンにそのピーチリンの事を聞いて驚いた。
精霊界には精霊の樹と呼ばれる樹が3000本も生えているらしい。その樹の実がピーチリンだ。
見た目は桃だ。俺達の世界にある桃より二回りほど大きい。濃いピンク色をしていて、柔らかい果肉に芳醇で甘い果汁。それが精霊達の大好物らしい。
3000本の内、手前の2000本は常に実が生っていて、その実は精霊達の大好物だ。
中程に生えている800本は1000年に一度実り、精霊達のどんな傷でも癒す。
奥の198本は9000年に一度実り、それを精霊達が食べると進化するのだそうだ。
そして最奥に生えている2本、そのピーチリンは精霊王と精霊女王しか食べない物らしい。
と、いうのも、精霊達の中にも格がある。リンリンやフェン、ミミみたいに名前のある精霊が精霊王と精霊女王の直ぐ下に付く。
その下に、まだ名前の無い精霊達や、その中でも球体の光だけの精霊達が沢山いるのだそうだ。
そんな精霊達が中央に生っているピーチリンを食べると、存在自体が消えてしまう場合がある。ピーチリンの効力の方が強いからそうなってしまうらしい。
だから、最上位の精霊王と精霊女王しか食べられない。
そのピーチリンを精霊達は好んで食べる。桃はピーチリンに良く似た味なのだそうだ。
精霊達が食べている手前の2000本に生るピーチリンを、俺達人間が食べるとどんな傷でも忽ち治ってしまうという。
不老不死と伝わっているが、それは大げさなのだそうだ。
いやいや、それって仙桃に似ていないか? 凄くないか?
「さすがに不老不死なんて有り得ないわ~」
「あばぁ?」
「でもね、確かに寿命は延びるのよ。人間だと、仙人かというくらいに延びるの。だからそう言われているのよ~」
「あうあ」
その上、傷が治るのか。もしかして、欠損も治してしまったりとか? そんなの手に入れたい者も多いだろうな。
「治るわよ~」
「あぶぶ!?」
「ふふふ、治っちゃうのよ~。ピーチリンは魔力と生命力の塊なのよ~」
「あうー」
ただ誰も実際に見た事はない。だって精霊界にしか生えていないなのだから。
精霊界に行った事のある人間なんていないだろう?
「ふふふ」
あ、母がとっても意味深な笑みを浮かべている。聞くのが怖い。
「アリシアはとんでもないもの~。婚姻する前はとってもお転婆さんだったわ~」
「あばば!?」
「ふふふ、そんな事はないわよ」
「あら~、そうかしら~」
きっと、そんな事があるんだ。
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