208ーお砂糖じゃない
「ラウ、今でもポイッと送り返してますよ?」
「あーしゅらん、しょれはしかたないよ」
だって放っておけば死んじゃうんでしょう?
「あの山脈はいつも吹雪いているだろう? 近くに行くだけでも人間には過酷なのだろう」
「一体あの国は何がしたいのか……」
「自分たちは神に一番近い国の民だと信じているのだろう」
何が神に一番近い国だよ。その理に反する呪いなんて使っておきながら。精霊だって寄り付かない国なのに。
「さあさあ、お茶が入りましたよ」
「あーしゅらん、ありがと」
おや? サイラス、どうしたのかな?
「いえ、木や花が動くのですから、どんなお茶やスイーツなのかと恐々だったのですが」
「ふちゅうれしょう?」
「はい。私たちと同じでした。このアップルパイなんて美味しそうです」
「いちゅも、あーしゅらんが、ちゅくってくれてるんら」
「ラウはいつものりんごジュースで良いですか?」
「うん」
「みみは、ももじゅーしゅみゃ!」
「だからミミ。この国に桃はないと言っているでしょう」
「えー、みみも、のみたいみゃ」
いつもないって言われてるじゃない。
「なんだ、この国にはないのか?」
「そうなのですよ。りんごジュースはなんとか手に入れているのですが」
「父殿、だから交易をしたいのだ」
「そうですね。ラウの好きなスイーツも、もっと色々作りたいですしね」
えっと、大事な交易を俺基準にするのはどうかなぁ? 嬉しいけども。
「我が国からは魔石を出そう」
「魔国の魔石は高品質だと聞く」
「その通りだ。何しろこの濃度の高い魔素の中でできるのだからな。我等は魔力量が多く魔法に長けているから人ほど魔石に頼ってはいない。まあ、ぶっちゃけ余っているということだな。ワッハッハ!」
余ってるなんて言っちゃって。魔王は駆け引きというものを知らないのかな? 余っている物なら安くしろと言われちゃうぞ。
それにしても、アースラン。
「アップルパイ、めっちゃおいしいね!」
「そうでしょう、そうでしょう! 私がラウのために作ったスペシャルなアップルパイですからね!」
ふむふむ。何が特別なのか知らないけど。アップルパイといえば、りんごを甘く煮たものが入っている。
だけどアースランが作ったアップルパイは何か一味違う。それがまた美味しくてクセになる。なんだ? どうしてかな?
「あーしゅらん、おしゃとうで、にたのじゃないの?」
「それがお砂糖は使っていないのですよ」
「え? らってあまいよ?」
甘いのに、砂糖を使ってないとはどうしてだ? しかも普通の甘さではない。何というか、コクがあるというか。
「ふふふ。魔国にしかないものなのです!」
「ほうほう」
実際にそれを見せてくれた。びっくりだ。何だこの色は? 真っ黒なお砂糖?
「えー、まっくろ?」
「はい、これは魔国のどこにでもチョロチョロいるのですよ」
ん? いる? チョロチョロ? それは植物の表現ではないね。嫌な予感がするぞ。
「実物は……」
そう言いながらアースランが辺りを見る。部屋の隅っこ、チョロチョロと動いている細い枝のようなもの。うわわ! そこらから細い手足が生えているじゃないか!
細い枝に手足が生えたものが、束になってチョロチョロと動いている。
折れそうに細くて短い足を動かして、短い手はバンザイだ。
「ほら、いました。あれですよ」
「ええー」
俺はドン引きだ。動いているじゃないか。しかもビジュアルが良くない。枝のオバケ? みたいな。
一緒に話を聞いていたサイラスの額からタラリと一筋の汗が流れた。ほら、表情は変わらないけど、サイラスだって引いてるぞ。
「坊ちゃん、お腹は痛くないですか?」
なんて焦って聞いてきた。
「うん、らいじょぶ。おいしいよ」
その枝に手足が生えたものは魔物らしい。それを、バキッと折って手足を捥ぐ。そして皮をピーラーで剥き、熱湯へドボンと10分。しっかり水分を拭きミキサーでガガガガと潰して乾燥させたものが、砂糖の代わりらしい。
「えっとぉ……」
「なんです? 美味しいでしょう?」
「うん、おいしいけろ」
ちょっと聞かない方が良かったかも知れない。だってグロいもの。あれはどうした? 血管とか内臓とかはないのか? 血みどろではないのかな?
「私たちはあれをそのまま齧るのです。それで甘いと知っているのですよ」
な、な、なんですと!? 魔族のオヤツらしい。短い手足をバタバタさせているあれを、頭からガブリと齧るらしい。そして、もっきゅもっきゅと噛む。
きゃー! 頭から丸齧りかよ! まあ、頭部はないのだけど。
「最初はグニャッと絞ってみたのですけどね、そしたら甘くないのですよ。全然味がしなかったのです」
いや、もう、聞かない方が良いと思うんだ。食べれなくなっちゃうから。食べるけど。
「食べたら呪われたり……」
「サイラス、魔国では呪いは使いません」
呪いじゃなくても、お腹を壊しそうな感じなのだけど。でも、美味しい。
雑味がなく、コクがあるのにあと味がスッキリとした甘さ。これは普通の砂糖では出せないぞ。
「ですが、りんごがないのです。他国で商売をしている者に連絡して、購入してもらったのですよ」
あら、それは手間がかかっているね。
「とうしゃま、こうえきしましょう」
断じて、自分のオヤツの材料を確保するためではない。