194ーおっとびっくり
何かといえば『秘密だ』と言われた枢機卿が、お顔を真っ赤にして父に訴えている。
「殿下! ですから! ちゃんと説明していただかないと! 私は今夜眠れないではないですかぁッ!」
さすが兄弟だね。老師も同じようなことを言っていたよ。ふむふむ。
「ラウ坊ちゃん、また何考えてんスか?」
俺が腕を組み、指をペチッと額につけて考えているとアンジーさんが聞いてきた。
「やっぱ、きょうだいらな〜って」
「アハハハ! 何スか! 真面目な顔をして考えてると思ったら、そこッスか!?」
「アンジー、お前はうるさい」
「あ、すんません」
枢機卿が最後まで食い下がってきていたのだけど、もう大聖堂での解呪は一通り終わった。だから俺たちはさっさと帰ろうと、皆で馬車に乗ろうとしていた。
「殿下ぁぁぁッ! 絶対に教えていただきますぞぉーッ!」
まだ枢機卿が叫んでいる。本当にキャラの濃い兄弟だ。
「とうしゃま、まらよんれましゅよ」
「ああ、構わない。しつこいんだ、あの兄弟は」
酷い言われようだ。俺はおフクに抱っこされながら馬車に向かっていた時だ。
大聖堂の建物の陰から飛び出してきた馬に乗った男がいた。蹴りを入れおフクが怯んだ隙に、腕の中から俺をヒョイと搔っ攫い走り出した。
「ラウ坊ちゃま!」
「うわぁッ! とうしゃま! かあしゃま!」
「ラウ!」
「坊ちゃん!」
瞬時に反応して走り出したのがアンジーさんだ。俺を呼びながら身体はもう馬にヒラリと乗っていた。
その後をおフクが走っていた。ああ、またおフクは自分を責めてしまう。おフクは蹴られていたのに怪我はないか?
「殿下はお邸に戻ってください! 俺が追いかけるッス!」
「アンジー! すぐにサイラスを出す!」
「はいッス!」
「アンジーさん! 私も行きます!」
「フクさんも殿下と一緒に戻って待っていてください! 絶対にお連れします!」
アンジーさんに言われて、おフクはやっと走るのをやめてくれた。大丈夫だ、おフク。待っていて欲しい。
アンジーさんはそんなことを言いながら、俺を攫った馬を追う。
だがなにしろ王城のある街の中心部だ。人も建物も多いし道も入り組んでいる。その道には当然、王都民が行きかっている。その中を器用に人の間を抜けて、二頭の馬が爆走する。
これは危険だ。俺がどうこうよりも、もし民たちにぶつかったりでもしたらどうするんだ!? 衝突事故じゃないか。馬に蹴られでもしたら、大怪我をするぞ。
俺は男に肩に担ぐような体勢で抱きかかえられたまま、アンジーさんに手を伸ばす。
「あんじーしゃん!」
「坊ちゃん! 転移は駄目ッス!」
なんでだよ!? こんなの俺が転移したらチョチョイと片付くじゃないか。
「駄目ッス! 周りに人がいっぱいッス!」
あー、見られたら駄目だということか。面倒だな。認識阻害とかしても駄目か? きっと早くて誰も気付かないって。
そんなことを一人考えていた。俺の肩に止まっていたミミも、細い二本の足で必死にしがみ付いている。
「みゃみゃみゃ! なんみゃ!? とばしゃれるみゃ!」
「みみ! しっかりちゅかまって!」
「やってるみゃ! みみはまたまたがんばってるみゃ!」
おう、だってミミの顔が変だ。いつもは小さくてもまん丸でパッチリお目々なのに、一本の線のような目になっている。風を切って走っているからそうなるのかな? ぷぷぷ、ちょっと面白い。
「坊ちゃん! そのまま風です!」
んん? 風だと!? このままの体勢で風魔法を使えということか!?
「大丈夫ッス! 俺が抱き留めるッス!」
本当だろうな? よし、ならやってやろうじゃん!
「あんじーしゃん! いくよーッ!」
「はいッス!」
俺は身体の中で魔力を練り上げそのまま風を起こした。男が落馬するように、下から突き上げる風の塊を起こしたんだ。
突然発生した強風に、男の身体がバランスを崩し馬上から地面に叩きつけられる。それでも男は俺の身体を離そうとしない。
落馬する時にいくらなんでも、俺を手離すだろうと予測していたのに。
これってあれなのか? もしかして例の国の密入国者とかなのか?
だって俺が攫われる意味が分からないぞ。ちょっと頭が冷静になってきた。
グエッと変な声を出して、地面に転がる男。だが、その男一人だけじゃなかった。
きっとこっそり後を付けていたのだろう。建物の陰からまた男が出てきて、俺を抱き上げる。
リレーじゃないんだからさ、俺って人間なんだからもうちょっと丁寧に扱って欲しいぞ。
「うわッ!」
俺も驚いて声をあげる。だからさ、転移だと一瞬じゃん?
「あんじーしゃん!」
「坊ちゃん! まだ駄目ッス!」
「ええー!」
な、アンジーさんだって余裕だよ。まだ駄目だと言うってことは、アンジーさんも転移するタイミングを見計らっているんだ。
今度は俺を抱えたまま、男はダッシュで走って行く。馬から落ちた男はアンジーさんの後を追いかけてきた護衛の人に捕まえられている。
すると男が走って行く方向に一人の男性が立ちはだかった。
「超早いッス!」
なんだ? と思って俺も目を凝らして見てみる。
そこにはサイラスさんが立っていた。本当に超早いじゃないか。
しかも陽を背にして、執事服を翻し澄まして立っている。片手で眼鏡をクイッとあげたりなんかして余裕だ。かっちょいい登場じゃないか。