190ー老師と枢機卿
他に呪いが見える人がいないし、父の使い魔であるフェンなら呪いが見えるし解呪もできるからなのだけど。見えたとしても、解呪できなかったら意味がない。老師のような白魔術師を連れていかないといけない。
それなら父が出向く方が、手っ取り早いだろうと考えたのだと思う。
「いえ殿下。勉強会だといって大聖堂に呼び寄せましょう。その方が早いでしょう」
「それは可能なのか?」
「はい、数回に分ける形になりますが」
「構わん。そうしてもらえると助かる」
確かに父がアンジーさんと白魔術師を連れて国中を回るより、集めてくれる方が手っ取り早い。
じゃあ今日はどうしよう? せっかくフェンやミミがいるし、大聖堂の中だけでも見ておくか。
それはそうと、老師はいつの間に消えたんだ? 枢機卿のキャラに圧倒されていたけど。
「ねえ、ふく。ろうしは、いちゅかえっちゃったの?」
俺が聞いた声に枢機卿が思わぬ反応をした。
「今、坊ちゃんは老師とおっしゃいましたか……!?」
え? なんでそんな反応なの? て、俺はちょっぴり引いたくらいだ。
目がキラランと光り、何か獲物でも見つけたかのような顔をしている。
「あー、枢機卿。教会で一緒だったんだ。老師がその場で解呪してくださった」
フッ……と枢機卿が鼻で笑った。この反応はなんだろう?
「ラウ、老師と枢機卿は兄弟だ」
「ええー!」
「あれは私の兄なのですよ」
なんて濃い兄弟なんだ! 二人共キャラが濃すぎるだろう!?
兄弟なのに、その反応なのか? だって鼻で笑ってたぞ。
老師の名前は、ウォード・クロウリー。枢機卿はグレアム・クロウリー。この国で何代も続く侯爵家だ。
「あれは若い頃に、家を継ぐのが嫌だと散々捏ねて人に迷惑を掛けまくったのですよ」
枢機卿の顔が怖い。とっても悪い人みたいな顔になっているし、蟀谷がピクピクしていたりする。
枢機卿の話によると、老師が長男で枢機卿が次男。当然、長男の老師が家督を継ぐものだと周りは思っていた。
老師の家は代々魔術師の家系らしく、老師も若い頃から白魔術師として頭角を現していた。それに比べて枢機卿のジョブはカーディナルだった。そのジョブ通り枢機卿になっている。
「私は昔からこういう聖職者に興味がありましてね、ジョブがカーディナルと分かった時は嬉しかったものです」
なのに老師は、自分には侯爵家の当主など務まらないと言っていたらしい。その当時は魔術師団の師団長も務めていたこともあり、そんな暇はないと逃げた。
だが、その頃には枢機卿も既に大聖堂に入っていた。今更何を言うんだと怒り狂った。
何度も老師を説得しようとしたそうだ。だが老師はその度に逃げまくったらしい。
「その時に喝を入れたのが、あれの奥方です。ですから今でも奥方には頭が上がらないのですよ」
「へえ~」
老師って昔からお騒がせな人だったんだね。今も師団長さんを振り回しているし。
「あれだけの才能を持っているのですから、代々魔術師の家系の当主として文句なしだったのです。親戚も全員一致だったのに、あれは逃亡したのですよ」
一時期、魔術師団の自分の部屋から出てこなかったらしい。
「ええー、おとななのにぃ」
「そうでしょう!? 坊ちゃん、言ってやってください!」
まあ、今ではちゃんと当主として務めているみたいだし。
「未だに私のことを避けておりますがね」
あらあら、本当に大人げない老師だ。
「義姉がしっかりしているので、あれがいなくても大丈夫なのですよ」
そんな身も蓋もないことを言われてしまっている老師。でも一応俺の師匠だから。
「でも、ろうしってたのしいよ」
「坊ちゃん、あれは子供なのです」
「けろ、ぼくのししょうらし」
「なんとぉッ! 殿下、あれが坊ちゃんの師匠で良いのですか!? それよりも師団長の方が良くありませんか!」
ふふふ、本当に酷い言われようだ。
それでも、老師の能力には一目を置いているみたいだ。老師が解呪したと父が話したら、それなら安心でしょうと言っていたから。
老師って枢機卿に会いたくないから、いつの間にかバックレたのかな? それで解呪はどうするんだよ。
きっとフェンやミミがいるから大丈夫だとか思っているのだろう。
さて、意外な老師の過去が暴露されたことで、大聖堂の中の人たちの解呪だ。
「ラウ坊ちゃん、私が案内いたしましょう!」
そう言って両手を出してくる。その両手はなんだ? しかも小さな目がキラキラしているのはどうしてだ? 鼻息が聞こえてきそうだし。
「……おフク、おねがいね」
「はい、坊ちゃま」
「わ、わ、私が抱っこしたかったのですーッ!」
頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。こうグイグイこられると、引いてしまうのは仕方がないと思うんだ。
「なにいってるみゃ? きもちわるいみゃ」
ああー、喋ってしまった。あれだけ言い聞かせていたのに。
ミミが喋った瞬間、枢機卿がピシッと音がするくらいに固まった。頭を抱えていたのに、そのままギギギと音がしそうな感じで顔を動かして当然俺の肩に乗っているミミをガン見だ。
「みみ、ぴよらっていったのに」
「みゃ? まらぴよみゃ?」
ほら、だからピヨだって。喋ったら駄目。もう遅いけど。
「ぴよ」
本当に今更だ。