186ー老師は国一番
老師は時々子供のようなことを仰る時がある。
「聞きたいんじゃッ! なんなら見たいんじゃ! ワシは見ることも声をきくこともできんからのッ! 殿下にはこの気持ちは分からんわいッ!」
そう言ってプイッと横を向く。駄々っ子じゃあるまいし。だから今から一時的に、フェンの声が聞こえるようにすると言っているじゃないか。
「老師、ですから今から」
「おう、そうじゃったわい。聞こえるだけかの? ん?」
また期待に満ちた目でこっちを見ている。
「ふぅ~……」
思わず大きなため息が出てしまった。
「なんじゃ! ワシだって見たいんじゃッ!」
「はいはい、フェンに聞いてみますから」
「そうか? それはよろしくお願いしたいのぉ」
フェン、どうする? 老師はこんなことを言っているが?
『アハハハ! 仕方ねーな、今だけだぞ』
フェンがそう言うと同時に老師が私の肩の部分を見て、驚いたように目を大きくしている。それはもう、そこに穴が開きそうなくらいに凝視している。もうフェンの姿が見えているのだろう。
「老師、見えましたか?」
「ふぉッ!? ね、ね、猫ちゃんなのかぁッ!? 羽もあるぞぉ!」
『アハハハ! どうだ? 綺麗な毛並みだろうよ!』
「うぉぉッ! 声も聞こえるじょぉー!」
周りの人たちが何事だとこっちを見ているじゃないか。
「老師、周りの目がありますから」
「お? そうか? いやそんなことはどうでもいいんじゃ! この感動をどうすればよいのじゃぁーッ!」
そう言いながら天を仰ぎみている。大げさだ。目立つじゃないか。
フェン、頼む。なんとか言ってくれ。
『アハハハ! お前さんでも苦手なものがあるのか!?』
別に苦手なわけではない。ただ、こう子供のような反応をさせると戸惑ってしまう。ラウの方が大人じゃないか? と思ってしまう。ラウはお利口だからな。
『まあ、そうだな。ラウはお利口だ』
そうだろう? 老師とラウだと3歳のラウの方が聞き分けも良くお利口じゃないか。
興奮気味の老師にフェンが釘をさす。
『老師、良いか? 今だけ特別だぞ。これから解呪をするのに、老師とも意思疎通が取れる方が良いだろうって俺の判断だ』
「今だけなんじゃのぉ。わかっとるが、もったいないのぉ」
なにがもったいないだ。さっさと解呪を進めよう。
アンジーがいるから大丈夫だろうが、ラウとアリシアが気になる。ラウは無理をしていないだろうか。そう考えている私の気持ちをフェンが読んだ。
『もうあっちは終わったんじゃねーか?』
「なに? もう終わったのか?」
『おうよ。ミミが頑張ったみたいだぞ』
「なんじゃ? 殿下、何の話じゃ?」
「老師、教会の中ですよ。ラウに任せてきたのですが、どうやらミミが頑張ってもう終わったらしい」
「ミミちゃんはそんなこともできるのか!? 可愛いだけじゃないのじゃな!」
ミミだって精霊なのだから。今まで特に何という活躍はしていないのだけど、やっと頑張ってくれたか。どうもミミはフェンやリンリンとは違う。やる気があるのか? と言いたくなる。
だがラウと仲良くやっているようだし、ラウの魔法の先生になってくれたら言うことがないのだけど。
『アハハハ! ミミはいつもあんな感じだぞ!』
「そうか、もっと教育しないといけないな」
「ふぉッふぉッふぉッ! 殿下が精霊を教育するのか!?」
人が精霊を教育するなど、聞いたことがないわい。なんて言いながら笑っている。だから老師、あなたもだ。さっさと解呪を済ませて欲しい。
「老師、こちらも」
「おう、そうじゃった。そうじゃった」
飄々とした老師だ。これでもこの国一番の白魔術師なのだ。老師の能力を見る機会はそうない。今日はしっかり見させてもらおう。
老師がフェンが指示した人のそばへと寄って行く。そこで軽く世間話を始めた。いやいや、世間話なんてしている暇はないのだが。
『まあ、見ていろって』
フェンがそういうから、黙って様子を見ていた。どうするのだろう?
フェンが呪いにかかっているぞと教えた人のすぐ隣でにこやかに話をしている。呪いといっても、まだ軽いものなのだろう。普通に話しているから、まさか呪いにかかっているとは思えない。
すると老師は笑いながらその人の背中をそっと撫でた。
『ほう……』
フェン、なんだ? どうした?
『もう老師は解呪したぞ』
え? いつだ? 特に老師は何もしていないようだが? 何かを唱えるわけでもなく、光ったりするわけでもない。ただ話していただけに見える。
『今、背中を撫でただろう? あれでもう解呪できているぞ。こんな人間もいるのだな。これはどれだけ修練を積んだのか分からねーぞ。老師は努力の人なんだろうよ』
フェンが感心している。そんなになのか? いや、フェンがそういうのだから確かなのだろう。
次の人のそばへ老師は移動する。そこでもまた世間話をし出した。
老師様じゃないですか? なんて言われている。にこやかに挨拶しながらまた対象人物の背中をそっと撫でた。
あれだけなのか? ただ撫でるだけで解呪しているというのか?
『そうだぞ。普段はあんな老師だけど、あれは凄いことだぞ。そりゃ国一番だろうよ。あんなことができる人間を俺は見たことがないぞ』
ほう、そんなになのか。それは凄いことだ。普段の言動からは想像もできないのだが。
そうして老師はそれを何度も繰り返し、解呪していった。解呪された人は、そんなことなにも気付いていない。普通ににこやかに老師と話していただけだ。
最後にはこの場にいる人たちに、老師またいらしてください! と声を掛けられて、にこやかに手を振っている。
「ふぅ~、ちょっと疲れたわい」
「老師、お疲れ様でした」
「おう、ワシ頑張ったぞい」
「はい、そうですね」
「なんじゃ? なんだか気持ち悪いんじゃが」
人聞きの悪いことをいう。どうして労っただけなのに、気持ち悪いなんて言われるんだ。
とにかく、ラウとアリシアと合流しようと教会の中へ入って行った。