182ー意外にも
教会に向かう馬車の中、一人……いや一羽か? 張り切っているのがいた。
「きょうは、みみががんばるみゃ!」
いつもは俺の肩に大人しく留まっているのに、パタパタと馬車の中で飛んでいる。
「ミミ、鬱陶しいわ」
「みゃ!? ありしあしゃま、ひどいみゃ!」
狭い馬車の中で、パタパタと飛んでいたらそりゃ言われるさ。母はミミに対しては辛辣だからね。また指で弾かれないうちに、大人しくする方が良いぞ。
「らうみぃ、しょうみゃ?」
「うん、こっちおいれ」
「わかったみゃ」
いつもの定位置である俺の肩に留まってきた。それより、気になっていることがあるんだけど。
「かあしゃま、ろうしはこないのれしゅか?」
「来られるわよ。教会で待ち合わせなのよ」
そうなのか。老師もきっと変装しているのだろうな。いつも魔術師団のローブ姿しか見たことがないけど。
「ラウ、良いわね? 秘密だということを忘れちゃ駄目よ」
「あい、かあしゃま」
父とアンジーさんが馬で先導している馬車が街中を走る。いくら馬車を乗り換えたって、二人が立派な馬で先導していたら意味ないじゃんって思うんだけど。
窓からその二人を見る。父もアンジーさんも一応裕福な商人のような格好をしているけど、腰にはしっかり剣を差している。それってどうなんだ? 詰めが甘いな。
「かあしゃま、あれじゃバレバーレれしゅよ」
「ふふふ、そうね。でも父様は心配なのよ。何かあったら守らなければと思ってくれているのね」
「あい」
それは嬉しいのだけど、それにしても商人の格好に剣ってどうなんだ? せめて冒険者っぽくするほうが良かったんじゃないか? それも似合わないのだけど。
そうこうしているうちに、教会に着いた。教会のすぐ前で馬車から降りて、老師を探す。
こんなに人が集まるものなんだな、と驚いた。前の時には気にもしていなかったけど、王都の人たちは信心深いのか?
「坊ちゃま、どうされました?」
「ふく、たくさんのひとだなーって」
「ああ、そうですね。みんな精霊の話が聞きたいのですよ」
「しぇいれいの?」
「そうですよ。司祭様が精霊に纏わる話をされるのです」
なんだ、そんな話なのか? 俺はてっきりもっと宗教的なことを話すのだと思っていた。
「皆、文字が読めるとは限りませんし、書物は良いお値段がしますから」
「あー、しょうなんら」
なるほどね。庶民にはちょっとお高くて手が出しにくいから、教会でお話を聞くってことか。文字が読めない人なら、余計だろうな。
この国の人たちは皆精霊が好きだ。精霊のおかげで、平和に穏やかに暮らせていると思っているし、そう伝わっている。
気候や土地の豊かさにも精霊が関わっていると。実際にそうらしい。
例の国、デオレグーノ神王国ではその理念が精霊女王に良く思われていない。その上、やっていることが人を貶めるようなことが多いから余計だ。
そんな国には精霊が少ないのだそうだ。
「ほとんどいないみゃ」
「しょうなの?」
「しょうみゃ。とちをいじしゅる、しゃいていげんのしぇいれいしかいないみゃ」
「あら、ミミちゃん。それは何のことかしら?」
「のろいの、くにのことみゃ」
「デオレグーノ神王国かしら?」
「しょうみゃ」
「デオレグーノ神王国には精霊がいないってことかしら?」
「らからしょういってるみゃ。なんかいもいわしぇるなみゃ」
あ、久しぶりにミミの横柄な態度が出たぞ。また母に叱られるぞ。
「らってほんとのことみゃ」
「ミミちゃん、まだまだ教育が足らないかしら?」
母が指を構えている。ほらみろ。怒られるぞ。
「みゃ! ごめんみゃ!」
「ごめん……?」
「ちがったみゃ! ごめんなしゃいみゃ!」
本当、学習しないな。それより老師を探そう。と思って周りを見ていた時だ。
人混みの中、元気に走ってくる人が目についた。
「ほッほッほッほッ」
ええ!? 老師じゃないか!? 何走ってんだよ!
「ふふふふ、やっぱり走って来られたわね」
母とおフクがにこやかに見ている。もしかして知っていたのか?
「ラウ坊ちゃんは知りませんか? 老師はいつもお城の中をランニングなさっていると、有名なのですよ」
「ええー! もうお年なのに?」
「はい。お元気ですよね」
老師って本当に退屈しない人だね。いつも俺の想像の上をいく。
変な掛け声を出しながら、腕をしっかりと振り足を上げて軽快に走ってくるお爺ちゃん。それはもう目立つ。今日はお忍びのはずなのに、目立つ人がいっぱいじゃないか。
さすがに魔術師団のローブは着ていないだろうと思っていたのだが、いつものローブを翻して堂々と走っている。
「かあしゃま、ろうしはじぇんじぇん、へんそうしてないれしゅよ」
「ふふふ、良いのよ。老師様はよく教会に来られているから、みんな慣れているわ」
そういわれて見ると、周りの人も微笑みながら老師を見ている。老師ってもしかして有名人だったりするのかな?
「老師様は毎週教会にいらして、希望する人に無償で回復魔法を施しておられるのですよ」
「え、しょうなの?」
「はい。ですから皆老師様のことは敬っておりますよ」
「えー」
俺の知っている老師とは違うぞ。だって、俺の前ではスイーツが大好きなお茶目なお爺ちゃんだもの。