180ー両親の判断力
母がニマニマしているから、きっと知っていたのだね。
「ラウ坊ちゃんが生まれてからの成長を表現しているらしいッスよ」
「え……」
絵だけに、え……?。いやいや、そんなことよりも俺の絵を執務室に飾ってどうするんだ?
「あんじーしゃん、ひちゅようなの?」
「必需品らしいッスよ。疲れた時に眺めるんです。癒しなんだそうですよ」
「え……」
執務の間に父は俺の絵を眺めて、ニマニマしているらしい。それってちょっと引くぞ。ちなみに絵にはしっかり母も描かれている。父は母が大好きだからな。
でもこれ以上見るのは止めておこう。なんだか小っ恥ずかしいやら、呆れるやら。
応接セットに母と一緒に座った俺の正面に父が深く座わり、膝に肘をつき手を組む。そして、いつもの心に響くような良いバリトンボイスで言った。
「ラウ、仕事だ」
ん? 俺に仕事なのか?
「あなた、ラウですの?」
「ああ、老師と一緒に街に出てもらう」
「まあ! 危険ですわ!」
「もちろん、護衛はつける。私とアンジーも目立たないように付いて行く」
「ですが、あなた」
「老師の解呪能力では、対応しきれなくなってきているのだ」
また『解呪』なんて言葉が出てきた。もう俺は忘れていたのに。
以前俺が城の中で見つけた、呪いにかかっている人。それが捜査の結果、城の中だけでなく王都でも同じような人が見つかった。その人たちを老師や魔術師団の白魔術師のジョブを持った人たちが解呪しているのだが、次から次へと見つかり相当な人数になっているらしい。
若干フラフラ~としているものの、日常生活には支障がない程度らしい。逆にそれが発見を遅らせることになった。ちょっと体調が悪いのかな? て、程度なのだそうだ。
城で発見された人たちは、そんな程度じゃなかった。明らかに、様子がおかしかった。老師が言うには、呪いの深さが違うらしい。城で見つかった人たちは、老師でないと解呪はできなかった。だが街で見つかった人たちは、他の白魔術師でも可能だったそうだ。
「しょれって、なにをしたいのれしょう?」
「中途半端ッスよね」
アンジーさん、今回はその中途半端で助かっているのだから。
「他国に侵入して危険なことをしているんです。俺ならもっととことんやるッスね」
「確かにそうだな」
なるほど、そういうことか。密入国しているんだ。自分の身が危険なことは当然自覚しているだろう。なのに、この手緩いやり方が引っ掛かるとアンジーさんは言っている。
「ラウ、しかも中途半端だから自分が呪いに掛かっていると、自覚していない者もいるんだ」
「じぶんれわかってないのに、ろうしゅるんれしゅか?」
「庶民は週に一度、教会に行く。神父様のお話を聞きに集まるんだ。その時を狙う」
集まっているところを見るということなのかな?
「だが老師には、そこまで多くの人を一度に見るだけのスキルがないんだ」
そこで俺の出番ってことか。
「ラウ、できるか?」
「あい、とうしゃま」
「私も一緒に行きますわ」
ここまで黙っておとなしく話を聞いていた母が言った。
「アリシアが行くと目立つだろう?」
「あら、ラウだってそうでしょう?」
「老師と一緒に庶民に変装して行くことになる」
「なら、私も変装しますわ」
一度言い出したら聞かない母だ。おっとりさんに見えて、これがなかなか頑固なところがある。しかも父は母に弱いし激甘だ。
「アリシアが行くのなら余計に警護を強化しないと! いや、私も変装してそばにいよう!」
「殿下! なんでそうなるんッスか!? 引き止めましょうよ! 普通は引き止めますよね!」
この中ではアンジーさんが一番常識的な人だったらしい。
なんだかんだと言って、結局アンジーさんも変装して同行することになった。影から父の部下だけでなくサイラスも警護に当たってくれる。
「私はもちろん坊ちゃんのおそばにおりますよ」
またまた頑固な人がいた。おフクだ。おフクは俺が0歳の時に誘拐されてから、頑なに俺のそばを離れない。多分まだ自分の所為だとか思ってるのだと思う。違うと何度も言っているのに。
「ふく、きけんらからね」
「坊ちゃまも危険ですよ。私がお守り致します!」
そう言いながら、握り拳を作っている。だめだ、これはもう決意しているぞ。いやいや、あまり大人数になっちゃうと目立つだろう?
「裕福な商人一家といった感じでいきましょうか?」
「ああ、アンジー。そうだな」
お任せしよう。とにかく俺は呪いに集中だ。
「あなた、わざわざラウが行かなくても、フェンがいるでしょうに」
「アリシア、何を言う。ラウは可愛いのだ!」
「まあ! それはそうですわ。ラウの可愛さに敵うものはおりませんから!」
ああ、だからそれがどう関係するんだ? 両親は時々判断力が、脱兎のごとく逃げ出しているぞ。
「坊ちゃん、これはもう仕方ないんッス」
ふぅ~と大きくため息をつくアンジーさん。もう諦めちゃっている。まあ、俺は良いのだけど。
王都に出るなんて前の時以来だ。ちょっぴり楽しみだったりする。
前の時は冒険者と一緒になって、色んなクエストを受けていたものだ。それこそ、王都の端から端まで走り回っていたことだってある。懐かしいな。