179ーいこうねー
精霊女王が魔国に行くのか? え? 行けるのか? 行っても良いものなのか?
「今まで行ったことはないわよ」
だって精霊女王と魔王って正反対のように思うのだけど。
「そうね、今まで接点はなかったわね」
魔王も代替わりをする。今の魔王は偶々平和主義だ。魔王なのに。
人の国と平和に交易をしていたりする。俺とも攻め込まないと約束をしてくれた。とっても気の良いちょっぴりツンデレさんな魔王だ。
「だってあちらが来たのだから、私だって行っても良いでしょう?」
「じゃあこんど、いっしょにいこうねー」
「ふふふ、そうね」
精霊女王を連れて行ったら、きっと魔王たちは驚くぞ。アースランがどんな顔をするのか楽しみだ。
その日はそのまま帰ってきた。結局ミミは最初から最後まで眠ったままだ。それって良いのか? 0歳の時から思っていたのだけど。
「みゃ? らうみぃ、なにいってるみゃ?」
「らから、しぇいれいじょうおうのせかいに、いってたんらよ」
「みゃ? みみはしらないみゃ?」
「らって、ねてたからね」
「みゃみゃみゃ!? らから、おこしてほしいみゃ!」
まあ、いいんじゃね? 精霊女王だって怒っていないし。
「らうみぃ、しょんなもんらいじゃないみゃ!」
いや、そんな感じだよ。大丈夫だ。
「しょうみゃ? おこられないみゃ?」
「うん、らいじょぶらよ」
「ふゅ~、よかったみゃ」
そんなに怖いのならもっと緊張感を持とう。
さて、今日は何をしようかな~? 取り敢えずお庭でフリージアの花を選んで、それをアコレーシアに持って行こうっと。なんて、思っていると母が部屋にやって来た。
「ラウ、お父様がお呼びよ。お城の執務室で待っているのですって」
「え? ぼくれしゅか?」
「そうらしいわ」
きっとフェンがリンリンに連絡してきたんだ。
なんだろう? 俺を呼んでるって。また城の廊下を爆走しろとか? じゃないよな。この歳で高速ハイハイは無理だ。できないことはないけど、恥ずかしすぎるぜ。
とにかく、おフクに着替えさせられて城に向かった。
「ラウ! 今日も可愛いがすぎるぞぅッ!!」
執務室に入ると、父がビュンと飛んできて俺に抱きついてきた。相変わらず『氷霧公爵』のカケラもない。
「ラウ、馬車を降りてから自分で歩いてきたのか?」
母と手を繋いで入ってきた俺を見て父が言った。ふっふっふっ、そうなのだよ。
「あい、とうしゃま」
ヒョイと手をあげる。赤ちゃんの時に、分かったという意思表示でしていたことが、いまだに癖になってしまっている。
俺は3歳になって体力もついた。最近では毎日アコレーシアの家まで歩いている。だから、これくらいの距離は難なく歩けるようになったのさ。
「私の自慢の愛息は成長が早くて困る!」
また意味の分からないことを言い出した。俺のことになると、両親は(特に父)変にテンションが高くなる。
「殿下、まあ座りましょう」
「お、おう」
いつまでも部屋に入ったところで立っている俺たちに、アンジーさんが言った。
「坊ちゃん、ジュースがないんで果実水でも良いですか?」
「うん、ありがと」
「ミミは、ももじゅーしゅがいいみゃ」
「桃ジュースなんて置いてないッスよ」
「みゃみゃみゃ!? しんじられないみゃ! ももじゅーしゅがないみゃ!?」
これだよ、相変わらず桃ジュース命のミミだ。
「ミミは、ももじゅーしゅを、ようきゅうしゅるみゃ!」
「ミミちゃん、フクが持ってきていますよ」
「みゃ!? しゃしゅがみゃ!」
俺の肩からパタパタと飛んで、おフクの肩に止まった。桃ジュースの影響力は絶大だ。
きっと話を聞いていたのだろう。いつの間にか、リンリンとフェンまでおフクのそばに姿を現している。
「あらあら、皆さん飲みますか?」
「ええ、いただくわ〜」
「おう、俺もだ」
「みゃ! みみもみゃ!」
ミミったら必死じゃないか。ほらほら、喧嘩しないようにな。
「あらあら」
小さな精霊たちを見て母が微笑んでいる。こうして見ていると、とってもファンタジーだ。
翼を持った子猫ちゃんに、蝶々のような小さな女の子、それに真ん丸な鳥さん。ミミ以外はこの世のものとは思えない。
父の執務室には、赤ちゃんの頃から何度か来ている。正面の奥の窓際に重厚で大きな机が置かれている。それが父の机だ。その両脇に、アンジーさんの机ともう一つある。
その手前に応接セットが置いてある。窓やドアのない壁には高さが天井まである本棚が備え付けてあって、そこにはびっしりと難しそうな本が並んでいる。続きになっている隣の部屋には、ミニキッチンが設置されていてお茶や軽食程度ならいつでも用意できるようになっている。
久しぶりに入った父の執務室を、あらためてゆっくりと見回していたんだ。
「あれ……?」
豪華な装丁の分厚い本が並んでいる中に、ところどころに写真立てのようなものが置いてあった。何故かそれに引っかかった俺は、トコトコと歩いて行きそれを見上げる。
まだ3歳のちびっ子だからね、見上げても見えない。
「あんじーしゃん、あれなぁに?」
俺が指している物が何か分かっているアンジーさんが、少し呆れたように教えてくれた。
「あれはラウ坊ちゃんの絵ッス」
なんですと? 俺の絵だって? いつそんなものを描かせていたんだ?