176ーはわわー!
「老師様、大丈夫ですか?」
「ふ、ふ、ふぐ……フク、すまんの」
さすがおフクだ。すかさず老師にお茶の御代わりを入れている。それを、ズズズ~と飲んでいる老師。
母は呆れた顔で老師を見ている。な、老師には言っても無駄だって。こうして飄々と煙に巻くんだ。
「ふぅ~、老師様」
「分かっとる! もう誰にも言わんぞ!」
「それをしっかり守っていただかないと、ラウをお任せできませんわよ」
「すまんってぇ……」
あらら、母に釘を刺されちゃったね。老師付きのメイドさんなら接点も多いだろうし、隠すのは難しいだろうと思うよ。だからこれは仕方がない。
「ラウ、あなたもしっかり秘密にしなきゃダメよ」
「あい、かあしゃま」
俺まで釘を刺されちゃったよ。
こんな毎日を送りながら、俺は老師の弟子になった。だから週に一度だけ老師の指導を受けている。決められた日に老師が態々うちに来てくれるんだ。以前話に出ていた老師付きのメイドさんと一緒に。
「ふぉッふぉッふぉッ! 美味いのぉ~」
「老師様、ついてます」
「おお、そうか?」
俺の指導に来ているはずなのだけど、母も一緒にいつもの四阿でオヤツタイムだ。
老師付きのメイドさんが、子供みたいな老師の世話をせっせと焼いている。まるで爺と孫だ。こんなに若い人だとは思わなかった。
老師付きのメイドさん、名前をレイラちゃんという。キャメル色のクリンとカールした癖毛をツインお団子にしていて、ホワイトブリムがお似合いだ。丸い赤茶色の瞳は、ほとんど感情が出ない。表情筋をどこかに忘れてきたか? と、思うほど表情が変わらない。しかも口数も最低限だ。
なのに、猫耳と尻尾が見える気がするのは何故かなぁ? ちょっぴり気難しい猫ちゃんを見ているみたいだ。
レイラちゃんは、まだ学園を出たばかりの19歳だそうだ。それまでの老師付きのベテランのメイドさんがお年で退職することになって、卒業してすぐに老師に付いている。このレイラちゃん、実は苦労人なんだ。
母が聞き出したことなのだけど、彼女は男爵家の五人姉妹の三女だそうだ。一番上の姉が家を継ぐために婿養子をとっている。二番目の姉は婚姻して家を出ている。
実家の領地も小さくそう裕福ではない男爵家だそうで、この姉二人の婚姻で蓄えは使い果たしてしまったらしい。だがまだ三人も残っている。そこでレイラちゃんは自ら、妹二人の婚姻資金を貯めるためにメイドになった。自分は婚姻するつもりはないと言っている。
今は妹のデビュタントのドレス代を貯めるのだと頑張っているそうだ。健気じゃないか。
そのレイラちゃん、俺とミミを見る時は何故かピクリと口元が動く。これはどうしてなのかな?
「ぶきみみゃ」
ミミったら酷い言いようだ。若い女の子に不気味なんて言ったら駄目。
「らってこころのなかと、かおと、じぇんじぇんちがうみゃ」
「しょうなの?」
「しょうみゃ。はわわー! て、いってるみゃ」
「ええー」
何を、はわわー! と思っているのやら。この子は気持ちが表に出ないタイプなんだな。まあ、そういう子もいるだろう。仕事は真面目でちゃんと老師の世話をしているから良いじゃないか。
「らうみぃは、にぶちんみゃ」
鈍ちんってなんだよ。俺のどこが鈍いんだ?
「らから、はわわー! みゃ」
「え?」
「らうみぃと、みみみゃ」
それって、なに? 俺とミミを見て、はわわー! て、思っているのか? どういう意味の、はわわー! なんだろう? 良い意味ならいいのだけど。キモッとか思われていたらショックだぞ。
「みみは、かんぺきみゃ」
またどこからその自身が湧いてくるのか俺には理解できない。
「こんなにかわいい、とりしゃんはいないみゃ」
「しょう?」
え、そういう意味なの? ミミを可愛いと思って、はわわー! と、思ってんのか? もしかして、可愛いのが好きとか?
「しょうみゃ。らうみぃも、かわいいみゃ」
「ええー……」
俺はちびっ子だからね。ちびっ子は皆可愛い。
「しょんなことないみゃ。むかちゅく、ちびっこもいるみゃ」
こらこら、そんなことをいってはいけません。
可愛いのが好きなら、バットを見たら悶えるんじゃないか? バットは可愛いぞ。
「みゃ? らうみぃ、おかしいみゃ。じぇんじぇん、かわいくないみゃ」
また辛辣なミミだ。何にしろ、俺とミミは好意的に思ってくれているのならいいや。
老師が先にミミの事を喋っちゃったから、ミミもこうして普通にしている。ミミが喋るのを始めて見た時は、固まってガン見していたけど。それもすぐに慣れた。いや、表情に出さなくなった。
でもミミは精霊だから、人が考えていることを読める。それで、心の中では萌え萌えだと分かったのだろう。
「老師様、そろそろラウのお勉強を始めませんこと?」
「ん? お勉強か? 何を勉強するんじゃ?」
おっと、老師ってこんなところはミミに似ていないか? ミミも父に注意されても、分かっていないことが多い。それとダブるぜ。
「老師様はラウのお師匠様なのでしょう?」
「おお、そうじゃった、そうじゃった」
そう言いながら、まだオヤツに夢中だ。
老師は俺に『普通』を教えると言った。それをちゃんと理解していないと、俺は自分でボロを出してしまうだろうと。俺の周りは普通じゃない人ばかりだからね。それは有難い。