172ーなにもできなかった
誰か話を元に戻してくれ。父、頼むよ。議長さんだろう?
「ゴホンッ……リンリン、それでラウは補助ができるのだな?」
その場を掌握するような、良いバリトンボイスで父が言った。自分だって、打ち合いしようとか言って喜んでいたのに。
「ええ、完璧よ~。きっと白魔術師のあのお爺さんも元気になっちゃうわよ~」
いや、それは良いんだけど。だって老師は今でもお元気だ。超が付くくらいに元気なお爺さんだからね。これ以上元気になったら、面倒だ。いや、そんなことを言ってはいけない。
「魔封じをする日が決まったらまた知らせる。だが、ラウ。本当に老師の補助をするだけだ。あの女性とは関わらない。そう約束できるか?」
「あい、とうしゃま」
別に関わりたいわけじゃないし、魔封じさえできれば良いさ。
あのゴツゴツとした大きな首輪を外してやりたいんだ。それだけでも、きっと周りの見方が違ってくると思うんだ。
その日はそれでお開きになった。
よし、これで俺は立ち会えるぞと一安心していた。それからほんの数日後。
「ラウ!」
まだ昼過ぎだというのに父が帰ってきた。またアンジーさんを放ってきたのではないか? そんなに慌ててどうした?
「まあ、あなた。またアンジーを置いてきたのですね」
「それどころではない。会議室に集合だ」
おや、これは只事ではないらしい。父がいつになく真剣モードだ。
俺はおフクに手を引かれて、例の会議室へと向かう。父の真剣モードを察知した母も無言で付いて行く。
どこからかサイラスさんも出てきて、ノーマンさんと一緒に後ろを付いてくる。
今日は俺たちが部屋に入ると同時にアンジーさんも戻ってきた。でも、いつもの元気なアンジーさんじゃない。
「殿下、ラウ坊ちゃんに話すのですか?」
「ああ、ラウだって関わっているのだからな」
え? なんだ? 俺も関わっていること?
「みんな揃っているな」
場の空気が凍り付くようなバリトンボイスで父が言った。これは、父もいつもと違う。
「ラウ、落ち着いて聞きなさい」
「あい、なんれしゅか?」
「例の女性が亡くなった」
「え……!?」
想像もしていなかったことを言われると、人ってすぐには理解できないものだ。父の言っていることが頭に入ってこなかった。
亡くなったって? どうして? 確かに長くはないだろうとは聞いていたけど、あまりにも突然じゃないか。
「突然、倒れたんだ」
父がいうには、いつも通り仕事をしてたそうだ。それが突然倒れた。
以前も倒れたことがあった。その場に誰もいなくて発見が遅れた。だからそれ以降は兵士の眼がある場所で仕事をしていたらしい。
フラリと身体が揺れたかと思ったら、崩れるように倒れたらしい。
強力な呪いを何度も使っている。その反動なのだと老師が話していた。今回倒れたのもそうだ。だが、前と違っていたことがあった。
女性の胸の辺りから首筋にかけて、茨のような模様の黒い痣が浮き出てきたそうだ。
「呪いの反動らしい」
すぐに老師が呼ばれた。老師だってそんなのを見るのは初めてだったらしい。それでも、老師は解呪しようとした。浄化と解呪を何度もかけたそうだ。
「だが、痣は消えなかった。まるで生きているかのように、全身に広がったそうだ」
そしてそれが全身に広がると、女性の心臓も止まった。その前にほんの少しだけ、意識が戻ったらしい。
「老師に、ありがとうと言っていたそうだ」
ありがとう、か。この国で生きた3年間はデオレグーノ神王国にいた時よりも、幸せだったのだろうか? この国で生きていきたいと言っていたのだから、そうであったと思いたい。
「私は人をそんな風に使う国が許せない。国の上層部は、呪いの反動を知らなかったわけはないだろうと思う。人を人とは思っていない」
「そうですわね……」
「ある意味、あの女性も被害者だってことッスか」
だって、前にも思ったけどあの国では選択肢がないんだ。国の命令をきくしか生きていけない。しかも正しい情報を与えられない。そんなことさえも知らない。
まるで国の奴隷じゃないか。それでよく神に一番近い民だとか言ってるよ。
ちょっとムカついてきたぞ。きっとあの女性のような立場の人たちが、まだたくさんいるのだろう?
いや、一部を除いてあの国の国民全員がそうなのか?
「老師が落ち込んでしまってな」
「気にかけておられましたものね」
「それに最後を看取っただろう? 苦しんではいなかったそうなのだが、浮き出てきた痣だ。老師が見たこともない、禍々しいものだったそうだ」
「でも、ラウが見なくて良かったと私は思いますわ」
「それはそうだ。まだ小さいラウには見せられん」
でも、助ける手段はなかったのか? 罪人なのだけど、なんだか不憫だ。それも、最後は呪いの反動でなんてさ。
もっと早く気付けば良かったのかな。俺にはなにもできなかったのかな?
「ラウ、考え込む必要はない」
「そうよ、ラウ」
「あい」
ああ、もっと魔法を教わっておけば良かった。俺の魔力量ならできないことはないってミミも言っていたのに。
「らうみぃ、しょれはちがうみゃ」
俺の気持ちを読んで、ミミが言った。