168ー時間がないらしい
結局その日の会議も、両親と俺との意見は平行線のまま終わった。
サイラスさんは、俺が行くなら同行すると言ってくれた。ノーマンさんは、過度に接することなく、老師の手伝いなら構わないのでは? と話していた。
そうなのだよ。俺があの女性に会うことに論点がいってるけど、一番の目的は魔封じを施し魔道具を外す老師のお手伝いなのだ。
そのまま進展することもなく、数日が過ぎた。俺は相変わらず、アコレーシアに毎日お花を持って行っていた。平和な日々が過ぎていたんだ。
頭のどこかにあの女性のことは残っていたのだけど、父も他の任務に追われていた。
そんなある日、老師がやって来た。
「ひしゃしぶりらね、ろうし」
「そうじゃな、なかなか来れんかったからのぉ」
そう言いながら、母も一緒に庭の四阿でオヤツタイムだ。
いつものように、ズズズーッとお茶を飲む老師。でもなんだか少し大人しい。
「老師、何かありましたの?」
母もいつもと違う老師に気付いて声を掛けた。
老師はふぅ~ッと息をついて静かに話し出した。
「実はのぉ、例の女性なんじゃが……」
最近倒れたのだそうだ。いつものように、労働に服していた。首にゴツゴツとした目立つ魔道具を着けている。それは他の使用人にとっては、近寄ってはいけないという目印になっていた。
だからと言って、嫌がらせがあったわけでもなく、遠巻きに見られるという程度だったらしい。
「それでものぉ、この国の方が生きやすいと儚げに笑うんじゃ」
それでせめて、その魔道具を早く取ってやりたいと思っていた矢先だったらしい。
老師は優しいね。大罪を犯した女性にも気持ちを掛けてあげるなんて。と、思いながら聞いていた。
「特別なことがあったわけじゃないんじゃ。突然倒れたらしい」
「え、しょうなの?」
「ただのぉ、周りに人がいなくて発見が遅れたんじゃ」
え、それは可哀そうだ。元々、女性は強制労働だ。できるだけ、城の使用人とは接点がない仕事に従事していたらしい。
それは、普通の使用人なら嫌がるような仕事だ。でもそれは仕方がない、刑罰としての労働なのだから。
魔封じをするまでの、暫定的にさせていた仕事らしい。
「ワシが思うに、呪いの反動だと思うんじゃ」
それはフェンやリンリンが、そう話していた。人を操るほどの呪術なんだ。それだけ反動があって当然だと。先は長くないと言っていた。
だけど、こんなに早くとは思わなかった。
「ワシにも分かるわい。もう長くない。だからのぉ、せめて魔封じをして魔道具を外してやりたいんじゃ」
「老師のお気持ちは分かりますが、罪人ですのよ」
「それも承知しておる。だがのぉ、不憫でのぉ」
そう言いながら、ズズズーッとお茶を飲む。
「かあしゃま、やっぱりぼくあおうとおもいましゅ」
「ラウ……」
「心配せんでも、何もできんわい。そんな気ももう持っとらん」
「ですが、老師」
「それにワシも一緒じゃ。なんならアリシア様も同席しても良いぞ」
「そうですわね……主人と相談しませんと」
「そうじゃな、そうしてくれるか?」
「ええ」
思っていたより、時間がないみたいだ。それならせめて、そんな厳つい魔道具なんて外してやりたい。
別に特別に思っている訳じゃない。ただ、俺が手助けできるのにそれをしないのが嫌なだけだ。言うなれば、俺の自己満足だ。
だから、両親にどうしても駄目だと言われてしまうと、それ以上強くは出られない。
「老師、ラウじゃないと駄目なのですか?」
「できればラウ坊が良いのじゃな。ラウ坊の魔力は魔封じに最適なんじゃ。まあラウ坊は万能じゃと思うんじゃがの」
そう言いながら老師はいつものように、ふぉッふぉッふぉッと笑った。だけどどこか元気がない。
今日のオヤツの、桃が沢山のったシャルロットケーキを食べる。今日はまだ一切れ目だ。いつもなら二切れは平らげているのに。
老師はその日、師団長さんがお迎えに来る前に帰って行った。そんなことは初めてだ。
「かあしゃま」
「ラウ、お父様が帰ってきたら相談してみるわ」
「あい」
「私も本当は反対なのだけど……でも、確かに不憫だわね」
母は少しため息をつきながらお茶を飲んだ。
ミミは相変わらず桃ジュースを飲んで、おかわりをおフクに強請っている。ミミは何も感じないのかな? フェンやリンリンは分かっていたみたいだけど。
「みゃ? みみみゃ?」
「うん」
「しかたないみゃ。してはいけないことをしたみゃ」
「しょうらけろね」
「ひとをのろったら、おなじぶんらけ、じぶんにもかえってくるみゃ」
あー、前世にもそんなことわざがあったなぁ。「人を呪わば穴二つ」「因果応報」そんな言葉があった。
でも最後くらいはね……と、思うんだ。
「しょうみゃ?」
「うん」
「みみには、わからないみゃ」
そうだね。ミミたち使い魔の精霊と接するようになって3年。たった3年だけど、精霊ってドライなんだと思うことがある。ミミは特にそうかも知れない。
自分に関係のないことには結構無関心だったりする。
「みゃ? みみはてんしゃいみゃ」
「うん、しょうらね」
「なんみゃ? らうみぃ、げんきがないみゃ」
それは、考えているからだよ。会いたいと言っても、俺が会ったとしてもあの女性の寿命が延びるわけではない。
老師が言うように、魔封じをして首に着けている魔道具を外してやるくらいだ。
結局なんの解決にもならないんじゃないか、と思うよね。
その日、父は俺が起きている時間には帰ってこなかった。父も忙しいのだろう。