167ー今日の議題
フェンとリンリンの見立てでは、深紅の髪の女性はもう長く生きられないらしい。
「3年前か。呪いが発覚した時に俺が言っただろう? 覚えてねーか?」
「ううん、おぼえてるよ」
確かに3年前にフェンは言っていたんだ。『強力な支配をしたい時に、人の命や血液を媒体に使う場合がある。そんなことは自然の理に反するんだ』と。
「本人はその度に自分の命がすり減っているなんて、きっと分かっていなかっただろうな」
「そうよね~、というか、呪いはどういうものなのかを、分かっていないのじゃないかしら~」
それなのに、その種族に生まれたから呪いを使っていたのか? いや、使わされていたという方が正しいのか? そういう種族に生まれ、当然のように呪術を教え込まれ、国の駒として使われた。その上、自分の寿命が短いなんて、居た堪れないじゃないか。
もしかして、どういう原理で呪術が発動するのか、ちゃんと分かっていなかったりするのか? それとも、分かっていてやらせているのか? どっちにしろ、そんなの人の命を軽んじることだ。
「呪いで相手を自然死のように見せていたのでしょう? そんなの反動がきて当たり前なのよ~」
「おう、神はそれを許さないからな」
神が出てきたぞ。そんな大げさなことじゃない。人として当たり前のことだ。人の命を犠牲にしてまですることじゃない。と、俺は思う。
前世も17歳で刺された。この世界に生まれて一回目の時も刺された。その悔しさが分かるか? と、言いたい。
「とうしゃま」
「ラウ、だからといって会うのは賛成できん」
「そうよ、ラウ。確かに反省はしていたけれど、あなたには関係のないことなのよ」
母が言うように、俺には関係はない。その女性を助けられるとも思っていない。俺はそんなにできた人間じゃないし、力もない。
自分の大切な人たちを守るだけで精一杯だ。それもまだ完璧ではないし。だけどなぁ……不憫なんだよ。
神の国だとか言っている国に、良いように使われてさ。
「あうらけれしゅ。ろうしの、おてちゅだいをしゅるらけれしゅ。たしゅけられるとはおもってないれしゅ」
「らうみぃ、しょうなのみゃ?」
「みみ、らってぼくにはむりらよ」
「しょうみゃ?」
「ミミ、お前は何を言ってんだ。呪いの反動なんだぞ。そんなの俺たちでも助けられないぞ」
「しょうなのみゃ?」
「もう、だからミミったら~」
おう、その続きは言わなくても分かる。みんな同じことを考えていると思うぞ。
「みゃ? らうみぃ、なんみゃ?」
「なんれもないよ」
結局その日は、堂々巡りだった。俺は会おうと思う。両親は会う必要はないと言う。その意見がすれ違い、どちらも妥協しないで話は終わりになった。
それだけ両親は俺に会わせたくないんだ。だって犯罪者だし。両親が俺を大切に思ってくれているからこそだ。
だけどなぁ……別に特別な何かがあるわけじゃないけど、このままなのは嫌だったんだ。
そうして何日か過ぎた。老師も来なくて、とっても静かに平和な毎日を過ごしていた。もちろん、アコレーシアに毎日お花を持って行くことは続けている。
「ラウ、お話があるの」
「かあしゃま、なんれしょう?」
「お父様が待っているわ」
と、いうことは、きっと例の部屋だ。
「皆、揃ったか。会議を始めよう」
いつものように、心を鷲掴みにされるような父のバリトンボイスで会議が始まる。
俺は母の隣に、テンと足を投げ出して座っている。だってまだ足が届かないのだもの。
「今日の議題は、ラウと会わせるかどうかだ」
ああ、あの女性のことだな。議題にするほどのことでもないだろうに。
「俺は反対ッスね」
アンジーさんが、腕を組みながら言った。
「私も反対です」
母の侍女のコニスが、ハイと軽く手を挙げながら言った。
「私も、もちろん反対です」
おフクだ。険しい表情をしている。
「反対が3人だな。私も、もちろん反対だ」
父だ。いつになく鋭い眼差しで言った。
「ノーマンとサイラスはどうだ?」
え? これって多数決なのか? マジで?
「私は坊ちゃまのお気持ちを、聞かせていただきたいです」
「私も同じです。もし会われるとしても、私は同席させていただきますが」
サイラスは護衛として付いて行くつもりらしい。もしも何かあったら、サイラスの暗黒騎士のスキルでどうにかするつもりなのだろう。
「そうね、私もラウの気持ちを聞きたいわ。会うと言っていたけど、その気持ちに変わりはないのかしら?」
母も俺の意見を聞いてくれるらしい。
「あってみたいれしゅ。このままらと、かわいしょうれしゅ」
「だが、ラウ。お前に何かできるわけでもないだろう?」
「しょうれしゅけろ……」
俺はゆっくりとたどたどしい言葉で話した。この先が短いのであれば、できるだけ心穏やかに過ごしてほしい。
確かに悪いことをしたのだけど、そういうお国柄だったからということもある。今までそんな世界しか知らなかったんだ。
任務としてこの国に来て捕まって、普通の生活ではなかっただろう。それでもこの国にいたいと言うんだ。
それにとにかく、魔封じをして目立つ魔道具を外してあげたい。老師のご指名でもあるしな。
「ラウでなくても、できるだろうに……あの老師は何を考えているのだか」
「あなた、ラウの魔力だと良い影響があるとでも思っておられるのでしょう」
「それは老師の考えだろう? 私はラウの父親として、わざわざ犯罪者に会わせる必要などないと思っている」
父の気持ちもよく理解できる。そう思うのが当然だろう。