165ー至高の白魔術師
だって父は、国の暗部を統括しているのだから。
「その点、ワシなら普通を教えられるわい」
「何をおっしゃるんですか。老師だって普通ではないでしょう?」
「そうですわよ、老師だって侯爵家の元当主でしょう?」
「しかも、若い頃は『至高の白魔術師』と呼ばれていたそうじゃないですか」
え……ちょっと待って。俺の老師のイメージが崩れていくぞ。
侯爵家の元当主だって? しかも『至高の白魔術師』だと? そんなの全然普通じゃないじゃないか。
老師は若い頃、魔術師団の師団長だった。そして老師の白魔術師としての能力は、他の追随を許さなかったそうだ。白魔術師として、解呪、浄化、回復魔法の能力はピカイチだったらしい。誰にも解呪できないだろうと思われたようなものでも、老師はいとも簡単に解呪した。
回復系なら、命さえあれば老師に任せればなんとかなるとまで言われていた。
そんな老師の数々の偉業は、魔術師団の伝説にまでなっているというから凄い。
目の前で、ズズズ~とお茶を飲んでいる老師からは想像もつかないのだけど。
「ろうし、ふちゅうじゃないよね?」
「ふぉッふぉッふぉッ、昔のことじゃわい」
どうやら俺の周りには普通の人はいないらしい。とんでもな人ばかりが集まっている。
『らうみぃに、ひちゅようなのみゃ』
ん? なんだと? ミミは何を知っているんだ?
『なにもしらないみゃ』
なんだよ、それは。じゃあ、どういう意味なんだよ。
『らうみぃに、ひちゅようらから、であったのみゃ。しょうなっているみゃ』
だから、それはどうしてなんだ?
『きまってるみゃ。らうみぃは、いとしごらからみゃ』
あー、ここでも精霊女王のサポートがあるのか。それはとてもありがたいのだけど、そんなに甘えちゃっても良いのかな? いや、この際だから甘えさせてもらうけど。
老師は、ただ俺の能力を知りたいだけではなかった。それを予測して、その先のことも考えてくれていたんだ。
老師は魔術師団の師団長の地位からは、もうとっくに退いている。だが、老師という立場はこの国の魔術師全体のトップに位置づけられる。
その老師が弟子にしただけでなく、保護することの意味だ。
確かに、それだけを捉えると俺の能力を勘繰られるだろう。だが、老師の名前の下にいることで安易に手出しはできなくなる。その上、俺は王弟殿下の愛息子だ。これほど最強の後ろ盾はないだろう。
「老師、それはとてもありがたいことですが……しかしあの女性に会わせる話は、また別です」
「ええ、そうですわ」
「だからの、そこでラウ坊の能力じゃ。ワシはなにも興味本位で言っておるわけではないぞ」
それは今までの話でよく分かった。だけど、あの女性は未だに、極刑にという意見もあるんだ。
「決して許されることではないわい。それはワシもそう思っておる。だがな、この3年間あの女性を見てきてワシは思うんじゃ。選択肢がない不幸じゃ」
それはデオレグーノ神王国の体制自体がそうなのだろう。それがあの国では普通なんだ。そして他を知らない。
生まれる国を選ぶことはできない。もしかしたら俺だって、あの国に生まれていた可能性だってあるんだ。誰もそれは分からないし選べない。あの国に生まれた後も、選択肢はない。それが当たり前で、周りだってそうなのだから。
「ラウ坊は恵まれとる。それは分かるな。その上、ラウ坊の能力じゃ。その能力が人を助けるかもしれん」
「ろうし、ぼくが?」
「そうじゃ。まだ赤ん坊だったラウ坊が顔面に張り付いたのだと聞いたぞ。捕らえられた最初の頃とは、別人ではないかと思うくらいになっておる。人は普通そう簡単には変われん。なのに、変わったんじゃ。ワシは何かが働いておると見ておる」
「それがラウの能力の影響だとおっしゃるのですか?」
「ワシはそうではないかと考えておる。だが、なにしろまだ未熟だ。力が足りないから、効果が現れるのも徐々にだったのじゃろう。だからラウ坊自身も、自覚しておらんのだと思うぞ」
いつになく、とっても真面目な老師だ。やっぱ老師って凄いんだなぁ~なんて感心していたのだけど。
そこに、オヤツが運ばれてきた途端に、俺の感心した気持ちはどこかに吹き飛んでしまった。
「ふぉーッ! きたきた! 今日のオヤツじゃ!」
ほら、甘いものには目がない老師だ。今日のオヤツはレモンのシロップ煮をのせて焼いてあるレモンケーキだ。さっきまでの真面目な老師はどこ行った?
「ほれ、ラウ坊も食べよう」
「あい、いたらきましゅ」
「ラウ坊はお利口じゃのぉ」
老師は一番先に手を付けている。もうお口の中にレモンケーキが入っている。
「ふぉッふぉッふぉッ、美味いのぉ。久しぶりにちょぉ~っと真面目な話をしたら、頭が疲れてしもうたわい」
え、お久しぶりなのか? 毎日お仕事しているというのに。
「あなた……」
「ああ。もし老師がおっしゃることが正しいのなら……」
「んん? まだそんなことを言っとるのか。ワシはこれでも老師じゃぞ」
と、言いながらモグモグとお口は動いている。早くも二切れ目に取り掛かりそうな勢いだ。
「ろうし、ぼくにはそんなちからはないよ」
「だからの、ラウ坊自身もまだ気づいておらんのだろう。のう、ミミちゃんよ」
「ぴよ」
いやいや、きっとミミも気付いていないぞ。