162ーまた放ってきた
チラリと老師に見られちゃった。何かな?
「ラウ坊が育ってくれたらのぉ。ワシも引退できるんじゃ」
「え、ぼくなの?」
「そうじゃ。ラウ坊なら楽勝じゃろう?」
「え、しょんなことないよ」
「老師様、ラウはまだ3歳ですわ」
「そうじゃった、そうじゃった。ふぉッふぉッふぉッ」
これは老師は分かっていて言っているな。精霊女王の姿が見えて話せるってバレてるから当然か。
そんな平和な日々を母と一緒に過ごしていた。父はさすがに忙しいらしくて、あまり会えていない。邸には帰ってきているのだけど、俺は早くに寝てしまうからだ。
そんなある日、父が昼過ぎに帰ってきた。馬に乗って颯爽と走ってくる。あれ? アンジーさんがいないぞ。また置いてきてしまったのか?
「アリシア! ラウ! 会いたかったぞぉーッ!」
大きな声でそう言いながら、馬から華麗に飛び降りて走ってくる。玄関で待っていた母と俺は、父にガシィッと抱きしめられた。これもいつものことだ。
「あなた、お仕事を放ってきてはいけませんわよ」
「アリシア! クールだな! 今日は放ってきてはいないんだ!」
今日は……と言った。ならいつもは放ってきているのか? と、勘ぐりたくなる。今日だって怪しいものだ。
「なら、アンジーはどうしました?」
「ああ、あいつは遅いんだ」
「あなたったら」
母は少々呆れ気味だ。ため息をついたりしている。その割に大人しく父に抱きしめられている。
俺は母に抱っこされたまま父に抱きしめられたから少し苦しいぞ。
「とうしゃま、くるしいれしゅ」
「おう、そうか? ラウ、今日は起きているのだな!」
俺は一日中眠っているわけではない。いつも俺が眠ってからしか帰ってこないからだ。
「それよりあなた、何かご用事があったのではないのですか?」
「おお、そうだった!」
そこにやっと馬で追いかけてきたアンジーさんの登場だ。
「でんかぁーッ! なんで一人先に行くんッスかーッ!」
ほら、やっぱ置いてきちゃったんだ。
「ふふふ、アンジーったら」
馬からヒラリと降りて、父を目掛けて走ってくる。
「だからぁッ! まだ仕事が残っているでしょう!?」
「なんだ、アンジー。あれくらい明日にでも片付ける」
やっぱ放り出してきたんじゃないか。アンジーさんが気の毒に思えてくる。父よ、もう少し落ち着く方が良いぞ。
「あなた、何ですの? 仕事を放ってまで帰ってくるなんて」
「ああ、アリシア。老師がラウをお呼びだ」
「え? ぼくれしゅか?」
「ああ、そうだ。私は関わらせたくないのだがな」
「まあ、なんでしょう?」
父が説明してくれた。覚えているだろうか? 隣国、デオレグーノ神王国の呪術師一族の、深紅の髪の女性だ。
この国の貴族に、呪術を掛けて操り資産を奪っていた。だが父に追い込まれて、うちにたった一人で襲撃してきて捕まったあの女性だ。
その女性の呪術を封印するために、俺の魔力が必要だと老師が言っているらしい。今頃なのか? と思った。だってあの事件は俺が0歳の時なのだから。
「ずっと魔道具で対応していたのだがな、それも状況が変わったんだ」
そうだとしてもだ。俺じゃなくて、フェンやリンリンの方が適役じゃないか。実際、あの女性がこの邸にいる間はずっとフェンが呪いを封じていた。
「ラウ、それは秘密なのよ」
「けろ……ぼくじゃなくても」
「そうなのだが、老師がどうしてもラウが良いと言ってきかんのだ。まるで、駄々っ子だ」
「ええー」
「老師ったら、それでラウの魔力量を確認するおつもりじゃないですか?」
「ああ、多分な。だが、協力しないわけにもいかん」
なにしろ、魔術師団の老師の希望だ。だが正式なものではないらしい。それを正式に要請されると俺の方も困る。何故なら俺の魔力量等はまだまだ秘密にしておきたいからだ。その条件をのんでの俺への協力要請だ。
だから今回のことはもちろん、俺の能力は公にしないという約束なのだそうだ。
いや、それ以前に3歳の俺が役に立てるのか?
「公にされるのは避けたいですわね」
「そうなんだ。あの老師、余程ラウに興味があるらしい」
「おともらちなのに」
「老師が友達か?」
「あい、おともらちれしゅ」
「アッハッハッハ! それは老師が小躍りして喜ぶぞ」
そうかな? だってもうこれだけ一緒に遊んだり、オヤツを食べていたらお友達だろう? 一緒にアコレーシアにも会いに行ったし。
「しかたないれしゅ。とうしゃま、ちゅれてってくらしゃい」
「ああ、ラウ。だが、くれぐれも秘密だということを忘れるんじゃないぞ。ミミ、頼んだぞ」
「みゃ? みみみゃ?」
「当然だろう? ミミはラウの使い魔だろう?」
「しょうみゃ! みみはらうみぃの、ちゅかいまみゃ! らうみぃをまもるみゃ!」
「そうだな、だからずっとそばにいて守ってくれ」
「わかったみゃ! どんとまかしぇるみゃ!」
と、小さなフワフワな胸を張るミミ。とっても頼りないのだけど。
「みゃ! らうみぃ、みみにまかしぇるみゃ!」
「うん、おねがいね」
「おねがいしゃれるみゃ!」
俺はおフクの膝の上に座らされながら、馬車に揺られている。
「本当にあの老師ったら、困ったものだわ」
「そうですね、あの女性にラウ坊ちゃまを会わせたくありませんね」
母も当然付いて行くと言って、一緒に城へ向かっている。