159ーワシも欲しい
この世界では精霊信仰がある。この世界のどこにでも精霊がいてそのおかげで作物は実り、気候が穏やかになり平和に暮らしていけるのだと。
そのため、精霊を見た者や存在を感じられるってだけでも重宝されたりする。
だから母のジョブであるエレメンタラーは特別なんだ。王妃なんて、喉から手が出るほど欲しいジョブだろう。
母のジョブのおかげで、父と俺は精霊の使い魔を持っている。俺なんて、精霊女王と直接コンタクトを取れる。それこそ、そんなことがバレたらえらい騒ぎになるだろう。
実は魔王ともお友達なんだけどね。それはもっと秘密だ。
「ミミの力を悪用しようって者がいるかも知れないでしょう? 人って欲深いのだから」
「みみはしょんなの、いうことをきかないみゃ!」
「あら、拘束されて無理矢理そうされるかも知れないわよ」
「へいきみゃ。みみは、ちゅよいみゃ」
「なんとッ!? ミミちゃんは可愛いだけでなく強いのか!?」
老師だ。ちょいちょい口を挟んでくる。興味深々なんだね。師団長さんはそれどころじゃない。ずっとミミをガン見したままの状態で固まっている。
「あたりまえみゃ。みみはしぇいれいみゃ」
「でも、ミミ。秘密なのよ」
「わかったみゃ。めんどうみゃ」
「なんですって?」
「みゃ、みゃ、なんれもないみゃ。ひみちゅにしゅるみゃ」
ミミったら、母が怖いことを忘れていただろう? 余計な一言を言うんじゃないよ。
その間も、ずっと師団長さんはミミを見つめていた。きっと触りたくてウズウズしているんだ。だって今にも手が出そうだもの。
精霊を見ることなんて普通はできない。母のエレメンタラーのように、精霊に関するジョブを持っている人でないと無理だ。
それでも、母ほど確実に見ることができて、しかもコンタクトが取れ、使い魔まで持っているなんてきっと他にはいないだろう。それほど、希有なことなんだ。
その中でも実態を保っていて、万人に姿が見える精霊なんてミミくらいなのだろう。
「らうみぃ、なんみゃ?」
「なんれもないよ」
「奥様のジョブですか?」
「ええ、そうね」
「では奥様もお持ちで?」
「ええ、もちろんよ。それも秘密なのよ」
「はい! 重々承知しておりますッ!」
師団長さんの目がミミから離れない。母と話している間もずっとミミを見ている。この丸いフォルムがそそられるだろう?
「坊ちゃん、ミミちゃんというのですか?」
「しょうらよ。かわいいれしょう?」
「はいッ! とんでもなく可愛らしいです!」
え、そこまで言う? あれ? もしかして師団長さんは、可愛いものに目がないとか?
「この丸いふわふわとした胸のあたりを、ぜひとも触ってみたいものです!」
「らめみゃ。なにいうみゃ。みみはしぇいれいみゃ」
精霊さんなのだけど、見た目は小さな丸っこい鳥さんだからね。その羽毛まで完璧すぎる再現度合いなのだから。俺だって触って顔を埋めたい。モフりたいぞ。
「らうみぃ、きもちわるいみゃ」
気持ち悪いって言うな。そのふわふわとした羽毛が悪い。
「これはみみが、てんしゃいらからみゃ」
はいはい、出たよ。また、天才発言だ。だから、それは自分で言うことじゃないって何度も言っているのに。
「らから、らうみぃがいってくれないからみゃ」
「うぉっほん!」
「ろうし、ろうしたの?」
「さっきから見ておると、ラウ坊とミミちゃんは言葉にしなくても意思疎通ができているようじゃ」
「しょうらね。ミミはぼくのかんがえを、よんじゃうからね」
「な、な、なんとぉッ!」
「ぶほッ!」
老師だけじゃなく、師団長さんまでお茶を吹き出しそうになって驚いている。
「あら、使い魔ですもの。当然なのよ」
「ワシも欲しいのぉ~。精霊の使い魔が、ワシも欲しいんじゃのぉ~」
なんて言いながら、母を熱い目で見ている老師。そんなこと無理に決まっているじゃないか。
「ふふふ、老師ったら。無理をいうものではありませんわよ」
「そうかのぉ~? 無理かのぉ~。とってもとっても欲しいんじゃのぉ~」
ブツブツと言いながら、それでもちゃっかりとレーズンバターサンドをまた頬張る老師。本当に甘いものが好きなんだね。
「老師様、お持ち帰りなさる分ですよ」
フクがそう言って、小さな包みを老師の前に置いた。
「え……!?」
「おう、すまんのぉ。ありがとう」
「老師、お持ち帰りとは何ですか?」
「しょ、しょ、しょれは秘密じゃ」
また噛んでるよ。しかも目が泳いでいるのに、包みはしっかりと持っている。
老師って正直なんだね。俺なら完璧に白を切る自身があるぞ。
「師団長様も、お持ち帰りなさいますか?」
おフクが先に読んで、師団長さんに声をかけた。それまで老師を睨みつけていた師団長さんのお顔が、パアーッと明るくなった。
自分も欲しかったんだね。大好きだって言っていたもの。
「え……!? よ、よろしいのでしょうか!?」
「はい、たくさんありますから」
「かたじけないッ!」
そう言いながら、おフクにまで頭を下げている。
師団長さんって、良い人だよね。毎回老師をお迎えにきてくれるし、とっても律儀だし。
「こんなに美味しいレーズンバターサンドを食べたのは初めてです!」
「あら、ふふふ。大げさだわ」
「いえ! 大げさなどではありません! 大マジですッ!」
今度から師団長さんも一緒に遊びにくれば良いのにね。なんて思った。
師団長さんもレーズンバターサンドをお土産にもらって、二人して帰っていった。
師団長が迎えにきたことで、精霊女王や精霊界のことを老師はもうなにも言わなかった。