158ー秘密なのだよ
「ラウ坊、ワシはまだまだまだ元気じゃじょ」
老師は『ぞ』と言ったつもりなのだろうけど、『じょ』になってるよ。カミカミだけど、確かにお元気なのは知っている。毎日元気にやって来るもの。
俺と一緒に、庭でスキップして遊んでいたりする。
こんなに毎日来ていると、また魔術師団の師団長さんが迎えに来ちゃうよ。もう常習犯じゃないのか?
「ちゃんと手紙を置いてきておるわい。その辺は抜かりないからのぉ。ふぉッふぉッふぉッ」
「ろーうーしぃーーーッ!」
老師が当然だろうと自慢げに話していたちょうどその時だ。門の方から、もう聞きなれた叫び声が聞こえてきた。
あの声は魔術師団の師団長さんだ。たった今、話していたところじゃないか。大丈夫なんじゃなかったのか?
その時、精霊女王とリンリンがスッと姿を消した。また今度ねと手をフリフリしながら。
「君ももう分かっているだろう!? いい加減に通してくれ!」
門番に文句を言っている。また門番も律儀に、お約束のないお方はお通しできません! なんて言って毎回魔術師団の師団長さんを通さない。身元も目的も分かっているというのに。
「ろうし、おむかえらよ」
「な、な、なんじゃぁッ!? どうしてバレたんじゃぁーッ!」
まただ。やっぱうちに来ると言ってないんじゃないか? 駄目だよ。お仕事なのだから、バックレたら駄目。ちゃんとお仕事しようね。
師団長さんが大きな声で老師を呼ぶものだから、それに気付いた執事のノーマンが邸から出て門を開ける。
「本当にいつも申し訳ない!」
「いえいえ、大変でございますね」
なんてやり取りをしている。ちょっと俺も気の毒に思ってしまうよ。毎回毎回師団長さん自らお迎えに来るなんて。
「ふふふ、きっと老師が他の人だということを聞かないのよ」
「ええー」
まんま、駄々っ子じゃないか。
ほら、師団長さんが案内されてやって来たよ。
「ワシはオヤツタイムなのじゃ!」
「老師! 何言ってんですか! 帰りますよ!」
「いーやーじゃ! まだ食べるんじゃ!」
こらこら、師団長さんを困らせるんじゃないよ。俺、こんな大人にならないようにしよう。気を付けよう。
「ふふふ、師団長さんもお座りなさいな。お茶を一杯、飲んでいかれたらどうですか?」
「奥様、老師は甘やかすとどんどん調子にのるのですよ」
「まあ! ふふふ、そうなのね」
母がにこやかに笑っている。そこに、すかさずフクが師団長さんの前にお茶を出した。レーズンバターサンド付きだ。
「どうぞ、お座りください」
「いや、まあ、その……かたじけない」
師団長さんはお茶とレーズンバターサンドをチラチラと横目に見ている。
渋々というよりも、これは誘惑に負けちゃったな。
「実は私は、レーズンバターサンドに目がなくてですな」
「あら、そうなの? うちの料理人特製のものなのよ」
「なんと! いただきます」
魔術師団の師団長さん、甘いものは苦手らしい。ケーキなんて一口食べたらもう満足なのだとか。でも、レーズンバターサンドだけは大好きなのだって。
「魔術師団におりますと、実験などでも魔力を多く使ったりするのです。そんな時には無性に食べたくなります。またそんな時に食べるレーズンバターサンドは、もう言いようのない美味しさで」
脳が疲れた時に甘いものが欲しくなるのと同じかな? 俺は魔法を使って甘いものが欲しくなることはないけど。
「らうみぃは、ぼうだいだからみゃ」
「しょうなの?」
「しょうみゃ」
おっと、レーズンバターサンドにかぶりついていた師団長さんが、大きく目を見開いている。お口は開いたままで、手に持っていたレーズンバターサンドをポロリと落とした。
あ、もったいねー。どうした? その顔は何だ?
「ラウ、だからミミよ」
「あ、しょうれした。みみ、しゃべったら、らめらよ」
「しょうみゃ? らってしゃっきから、ふちゅうにしゃべってるみゃ?」
「うん、れもらめ」
「ふふふ、ラウ。もう遅いわ」
ゲホゲホッと、むせている師団長さんにフクがお水を出した。
「も、申し訳ない! いやいや、待ってください! 老師! どういうことですか!?」
「ワシか!? ワシじゃなくてラウ坊じゃろうが!」
その言葉で師団長さんが、グインと顔を回して俺をガン見してくる。えっとぉ……とっても圧が強いのだけど。
「かあしゃま」
「ふふふ、師団長さん、秘密ですのよ」
「奥様、秘密ですか」
「ええ、絶対に秘密なのよ」
「なんみゃ? みみみゃ?」
だから、ミミ。喋ったら駄目だって。
「しょうみゃ? ももじゅーしゅ飲むみゃ」
「ミミちゃん、もう駄目ですよ。夕食の時まで我慢です」
「えー、しかたないみゃ」
こらこら、おフクまで普通に話しているけど、ミミが喋ることは内緒なのだよ。
「こ、これは、どういうことなのでしょうか……?」
まあ、普通はそう思うよね。だって見た目は普通の鳥さんだから。
「ぼくの、ちゅかいまなの。しぇいれいしゃんらよ」
「なんですと?」
おや、師団長さんは俺の幼児言葉が理解できないか?
「ラウの使い魔なのよ。精霊なの。だから、秘密なのよ」
「そ、それは……心してッ!」
片手を胸のところにもっていき、軽く頭を下げる師団長さん。そんなに堅苦しいことでもないだろうに。
「あら、ラウったら分かっていないのね。大変なことなのよ。公になったらミミが狙われちゃうわ」
「みゃ! みみみゃ!?」
え、そうなのか? 確かに精霊さんの使い魔なんて、他の人は持っていないだろうけど。