152ーポイッとね
「なんかあったの?」
「あの国は馬鹿ですか? お馬鹿ですよね」
「アースラン、そう言うな」
「魔王様だってそう言ってたじゃないですか」
「まあ、そうなのだが」
え? お馬鹿も認定されちゃったのか?
あの国は自国の力を把握できていない。自信過剰というのか、どこの国に喧嘩を売っても勝てた試しがない。なのに懲りずに喧嘩を売りまくっている。
デオレグーノ神王国、その国がまた何かやらかしているらしい。
「間者を送ってきたのですよ」
「え? まこくに?」
「そうなのですよ」
「あらら」
「ラウ、あららじゃありません。人が魔国で、普通に生きられるとでも思っているのでしょうか?」
無理だね。俺だって魔国に入ったら、ミミがシールドを張ってくれている。今だって自分でシールドを張りながら、それを魔王も補助してくれている。
そのシールドがなければ、今頃意識があるかどうか分からない。それくらいに、大気の状況が違うんだ。
この国は魔素濃度が高い。俺達が生活している地域とは全く違う。それをあの山脈で分けている。
その山脈を作ったのが、この魔王だという。人が攻めてこられないように、魔族が気軽に出て行かないように。とっても平和主義の魔王だ。そのお陰で助かっている。
過去には好戦的な魔王もいたらしい……らしいだ。俺は国の歴史書でしか知らない。その頃はそれはもう大変だったそうだ。勇者と呼ばれるジョブを持つ者だけが魔王を倒せたとかなんとか。
それってもう、ファンタジーそのものだ。ゲームの世界だ。ちなみに今の世界には勇者は生まれていない。その必要がないからだと思う。だって今の魔王は平和主義だから。
「しょのひとたちは、どうなったの?」
「魔国に入るどころか、あの山脈を越えることすらできませんでした」
「えー」
一体何をしたいのか? まさか本気で魔国を侵略しようなんて考えてないだろうな。
「今回は少人数だったのですよ。ですので、ポイッとあちらに帰しておきました」
え、ポイッと?
「山脈に入ってすぐのところで気を失っていたのです。放っておけば魔獣の餌になってしまうと魔王様が言うものですから」
「アースラン、だってそうなると寝覚めが悪いだろう?」
「どうしてですか? 私達は何もしていないのですよ? 放っておけば良いのです」
ああ、そうだった。魔王よりアースランの方が冷酷で好戦的だった。しかも少々毒舌だ。魔王にまで遠慮なく毒を吐いたりする。
「あんな山脈の入口に死体を放っておくのもな」
「したい? しんじゃったの?」
「いや、そうなる前に帰した」
そうか、それでポイッとしたのか。
「もう少し穏便な帰し方もあっただろうに、アースランが」
「え?」
「あんなの、ポイッとしてやっただけでも良い方ですよ。親切です」
どうポイッとしたのかは、聞かないでおこう。その方が良い気がするから。
「それより、ラウ。今日はロールケーキがありますよ」
「えー! しゅごいねー」
「でしょう? 私も日々進歩しているのです!」
なんと、このアースランがいつも俺のオヤツを作ってくれている。趣味が料理だというから、人は見かけによらないものだ。
元々魔国にはスイーツなんて無かった。だけど俺がやって来るようになって、アースランが勉強し始めたんだ。そしてドップリとスイーツ作りにハマってしまった。今もいそいそと、俺のためにジュースを入れてくれている。
「魔王さまー! 魔王さまー!」
「おう、バット。久しぶりだな」
「はいなのれしゅ! バットは頑張っているのれしゅ!」
「アハハハ、そうだな。いつもありがとう」
「きゃー! 魔王さまに、ありがとうって言われたー!」
パタパタと俺達の頭の上を飛び回るバット。そして魔王の肩の上に止まった。
小さなバットの首筋を指でナデナデしている魔王。それをバットは、気持ち良さそうに眼を細めながら魔王の指に擦り寄っている。
「バットはよくやってくれている」
俺の見張りだろう?
「ラウ、見張りではないぞ。守っているのだぞ。ラウをつけていた者を発見したのも、バットが一番早かっただろう?」
はいはい、それも知っているのだね。だから全部お見通しってことだ。
「ラウの父上は偉いのだろう?」
「えらいのかな?」
「それはそうでしょう? 魔国で例えるならば、魔王様の弟君に当たりますから」
そういえば、魔王に兄弟はいないのか?
「いないぞ。私達は個々に生まれるからな。親という概念もない」
「えー、しょうなの?」
「だが兄弟がいる者もいるし、アースランは私の従弟だ」
え、従弟なのか? 性格も見た目も全然違う。親という概念がないのに、兄弟や従兄弟ってどうして分かるんだ? それにどうやって生まれてくるのだろう? 不思議だ。
「それは人には理解できないだろう」
「そうですね」
魔素が澱み大気と魔素が渦を巻き、混沌として雲霧のように漂い業炎が渦巻く場所が魔国の中央にある。その中から魔王は生まれる。
魔王が死ぬと同時に新しい魔王が生まれる。そうして、何千年も魔国を支配してきた魔王。この国最強で、誰にも越える事のできない圧倒的な存在。それが魔王だ。
俺なんかが、こうして話すことなんて本当ならできない存在だ。