148ーそれでも3歳児
「勝手に考えれば良いのよ。どう転んでもラウの婚約者どころか、お友達にもなれないわ」
「あい」
そうだよな、俺もそんな家と付き合うのはごめんだ。
こっちがリアクションを起こしていないんだ。だから普通はこのまま静かになると思うだろう? それがそうでもなかったんだ。
数日後、痺れを切らしたのか当の騎士団副団長が俺の家にやって来た。
普通、貴族が邸を訪ねる時は先触れを出すのが礼儀だ。それもなしに、突然やってきた。それはマナー違反だぞ。
いくら騎士団の副団長だからといって、約束のない者をうちの門番は簡単に通したりしない。
案の定、門番に止められている。しかもうちの門番は普通じゃない。もしかしたら副団長よりも強いかもしれないぞ。
うちはそんな人材ばかりだから。それでも副団長は帰ろうとしない。
「私は騎士団の副団長だと言っているだろう! この隊服が証明だ! どうして通さない!」
「ですから、お約束のないお方をお通しする訳にはまいりません」
これはキリがないぞ。諦めそうにない。
邸の中から、こっそりと見ていた俺とアンジーさん。
「私が参りましょう」
背後から足音もなく現れたのが、執事のノーマンだ。ジョブはダークナイト、暗黒騎士様の登場だ。
ロマンスグレーの髪を引っ詰めて、口と顎にあるご自慢のお髭を触りながら門に向かって歩いて行く。ザ、執事さんだ。
それだけで、周囲の空気が変わるのが分かる。
「のーまんしゃんら」
「ノーマンさんに任せておけば大丈夫ッスよ」
「しょう?」
「はい、なにしろあの雰囲気です。怖くないッスか?」
「しょうらね、たしかに」
そうそう。まるでノーマンの周りにだけ黒い霧が掛かっているかのような錯覚さえ覚える。さすが暗黒騎士だ。
副団長も、さっきまでの勢いはどうした? 黙って近付いてくるノーマンを凝視している。
ノーマンが副団長に向かって、一言二言何かを言った。
「申し訳なかった。ご迷惑をお掛けしたとお伝えしてくれないか?」
「確かに、お伝えいたしましょう」
そう言って、アッサリと副団長は帰って行った。何を言ったのだろう? 不思議だ。
「さすがッスね」
「かっちょいい」
「え、かっちょいいッスか?」
「うん、たよりになるれしょう?」
「坊ちゃん、俺は?」
「え?」
「俺もかっちょいいッスか?」
「えー」
そういうのは強要するもんじゃないんだよ、アンジーさん。
今更、謝罪にくるなら最初からしなければ良いんだ。あの副団長は浅慮なんだよ。見つかるかも知れないって事を考えていない。
見つかった後はどうなるのだろうって、最悪の状況も考えておかないと。
「何を言ってきても、もう無駄ですけどね」
「しょうなの?」
「はい、確実にブラックリスト入りッスね」
俺とアンジーさんは玄関のドアの陰に隠れてそんな話をしていた。
「坊ちゃま、アンジー、何をしているのですか?」
お、ノーマンさんがもう戻ってきたじゃないか。
「なんれもないよ~」
さ、撤収だ。何だ、手応えのない面白くもなんともない副団長だったな。一騒動にもならなかった。
それから俺は毎日アコレーシアにお花を持って行って、そのまま少し一緒にご本を読んだりして過ごしていた。
両親は話していたように、俺との婚約の話を打診してくれた。
アコレーシアの両親からの返事は……もう少し考えさせてほしいという事だった。
それは仕方ないと思う。残念だったけどね。
だって俺の父の職務内容を知っているんだ。危険な事も分かっている。そんな家に愛娘を嫁に出すなんて、そりゃ考えるだろう。
でも正直、ちょっぴり……いや、かなり残念だ。あれかな? 前の時と同じ歳にならないと無理なのかな? なんて考えたりして。
それでも毎日俺はアコレーシアにお花を持って行った。
ある日、アコレーシアの母親に聞かれた。
「ラウちゃんは怖くないの?」
「こわいれしゅか?」
「ええ、お父様がどんなお仕事をなさっているのか、もう知っているのでしょう?」
「あい」
「ラウちゃんだって、赤ちゃんの時に危険な目に合ったと聞いたわ」
ああ、確かに攫われたけど。でも、俺はそれに対抗する力がある。
「ぼくはへいきれしゅ。フクや、さいらすがいましゅ。しょれに……」
「何かしら?」
「ひみちゅれしゅけろ……」
「ええ、誰にも言わないわ」
「ぼくも、ちゅよいれしゅ」
「まあ、そうなのね」
「あい。らから、あこちゃんもまもりましゅ。じぇったいに」
「ラウちゃん」
絶対に守る。今回は必ず。それは最初から決めている事だ。
危険な目に遭うかも知れない。それは否定できない。でも、どんな事があっても……
「ぼくが、まもりましゅ」
「らうは、ちゅよいの?」
「うん、ちゅよいよ。どっかーんって、まほうれとばしゅから」
「しゅごいわ、しょうなのね」
「うん、まかしぇて。あこちゃんは、ぼくがまもるんら」
「ありがと。らうがいれば、あんしんらわ」
後から聞いた事だけど、この時のアコレーシアとの会話で決めてくれたらしい。
アコレーシアが、俺がいれば安心だと言った。俺はアコレーシアを必ず守ると宣言した。それが決め手になったらしい。
俺もアコレーシアもまだ3歳なのに。3歳児の言う事を真剣に考えてくれたんだ。
ただ、婚約している事は俺達が5歳になるまで公にしない事になった。
5歳だ。鑑定の儀でジョブを見てもらう歳だ。