146ー絶対に守る
何度も精霊女王と会っている。俺は精霊女王の愛し子だと言われた。無茶な事でも協力してくれる。充分に自覚はあった。俺を可愛がってくれているのだと。
でもこうして慈しむ様に抱きしめられたのは初めてだった。
「ふ、ふぇ、ふえーん! うわーん!」
「ラウ、泣くでない」
精霊女王の腕の中で、声を上げて泣く俺に魔王がそう言った。
「今はまだなにも起こっていない。やり直す機会を貰って、ラウだってそれを阻止する為に動いている。今回はそんな事にはならないさ。させないのだろう?」
「ふ、ふぇ……うん。じぇったいに……ヒック……しゃしぇない」
「なら、そうして前の時の事で泣いている場合ではない。怒っている場合でもない。そういう奴等だと分かったのだから、ラウの方が有利なんだぞ」
「まおう……」
今、俺が王妃の元に転移してどうする? 王妃に何をする? まだ3歳だけど、俺の力で簡単に王妃の命を奪う事だってできる。
だから? その後、どうする? どうなる? 今の時点では王妃は何もしていないんだ。
「ラウ、それだけじゃすまなかったのよ」
「え……?」
俺の父の守りがなくなり、各部署を調整していたアコレーシアの父が処刑され、その上デオレグーノ神王国に攻め込まれた。
騎士団長が動き、軍部を束ねようとしていたらしいが言葉の少ない人だ。宰相のようにはいかない。その上、各部署のクッションになっていた宰相がいない。
そんな脆い所を衝かれた王国は、デオレグーノ神王国の侵略を許してしまった。
「その後、王国は無くなったのよ」
「え……!?」
「ラウのお父上と、婚約者の父親が支えていたのだな」
そんな……そうなのか?
「国の柱を2本同時に失くしたのよ。当時、王も奮闘したのだけど、貴族院を抑え込む事ができなかったの。柱が無い上にバラバラな国なんて、氷より脆いわ」
それを黙って見過ごせなかったのが精霊女王だ。本当は禁じ手なのだという。こうして時を戻したりなんてしない。
それでも精霊女王は、そのまま見過ごす事はできなかったと言った。
「私が直接ジョブを与えている国なのよ。しかもラウは私の愛し子なの。それを……あんな不幸な最後はどうしても許せなかった」
いくら精霊女王でも、一人で時を戻したりはできないそうだ。だから精霊王に頼み込んだ。
「私一人の力では無理なの。この世界でも色んな制約があるのよ。だから、無理を言って精霊王の力を借りたの」
そこまでしても、何とかしたかったのだと話してくれた。とても辛そうに。
精霊女王が悪い訳じゃない。自分達の事だけを考えて暴走した王妃達が悪いんだ。
なのに、俺に申し訳なさそうな顔をする。
「ラウのお父様は影から王国を支えていたわ。脅威になりそうな事は、形になる前に摘み取っていた。デオレグーノ神王国だって、王国に関与できない様に注意していたのよ。宰相もそれに協力していたわ。大きな柱を二本も失った王国は脆かった」
父はそんなに大事な事をしていたとは、前の時は思いもしなかった。俺は知ろうともしなかった。
もちろん、王妃に加担していない大臣達もなんとかしようと動いていたらしい。でも、足並みがそろわなかった。皆が国を守ろうと同じ方向を向けないと、力も充分に発揮できない。
その上、騎士団長が軍部を動かしきれなかった。
「ラウ……力になれなくて、ごめんなさいね」
「しょんな……」
謝る必要なんて何もない。むしろ、やり直させてもらえて俺は感謝しているんだ。
「もう既に前の時とは違っているだろう?」
「まおう、しょう?」
「ああ、私とラウがこうして話している事がそうだ。ラウと約束したからな」
人の国には侵攻しないと約束してくれた。それだけでも大きな違いだ。
「じぇったいにまもる」
「ああ、そうだな」
「今度こそ、幸せになってほしいの」
精霊女王が、幸せにというものの切ない表情をしている。前の時の最後を思い出しているのか?
その時精霊女王だって、心を痛めてくれたのだろうと容易に想像がついた。
「しぇいれいじょうおう、ありがと。もう、らいじょうぶら」
「ラウ、貴方には辛い思いをさせてしまうわ」
「ちゅらくなんかない。やりなおしぇて、うれしいんら」
「ラウ……」
良い感じのシーンだ。精霊女王と魔王も一緒に、しんみりしていたのに。その空気をぶった切るのは、いつもならミミなのだけど今日はまだ爆睡していた。じゃあ誰がその空気をぶった切ったのか。
「魔王しゃまー!」
可愛らしい声で、パタパタと羽を動かして飛んできた。そのままの勢いで、魔王の顔面にしがみ付いた。魔王って、よく顔面にしがみ付かれるよね。俺もそうだった。
「ぶぶッ!」
「魔王しゃま! 魔王しゃま! 頑張ってるのれしゅ! 褒めてほしいのれしゅ!」
そう、魔王のペット、バットだ。ここまで付いてきていたのか。
「バット、分かったから離れろ」
「はいなのれしゅ!」
やっと魔王の顔面から離れたバット。それでも魔王の頭の周りをパタパタと飛んでいる。嬉しそうだ。魔王が大好きなのだと身体全部で表現している。さすがペットなだけはある。