138ー母の一言
バットはどうだ? 何か分かるか?
『ラウの後を付けている者がいるのれす』
ほう、バットも分かっているけど何もしなかったのだから、おフクが言うように危険はないのだろう。
『よわよわなのれす』
え、よわよわ? 弱い奴なのか?
『ラウなら簡単に倒せるのれす。攻撃してくる気はないのれす』
そうなのか。おフクもそう言っていた。なら、放っておこう。俺はサイラスに言われたとおり、このまま家に帰ろう。テクテクと歩く。肩にミミを乗せたまま。
「みゃ」
「みみ、らめらよ」
「ぴよ」
今頃、ミミも気付いたらしい。
サイラスが気配を消し静かに動いた。いつの間にか俺の家の、お向かいのお邸の壁のところまで移動している。そしてそのまま角を曲がり、隠れて俺達を見ていた男を取り押さえた。
「イタッ! 痛いです!」
サイラスに、両手を後ろに回されて抑えられた男。おフクやバットが言う様に攻撃するつもりはないらしい。攻撃なんてできそうな体つきをしていない。ヒョロッヒョロだ。
服装は貴族というよりも、貴族に仕える使用人といった感じだ。
サイラスに押さえられ、身動きできなくて痛いと訴えている。
「さいらす、ろうしよっか?」
「取り敢えず、お邸で尋問します」
「え? ええ!? いや、俺怪しいもんじゃないです!」
俺達の後を付けていたのだから、充分に怪しい奴だぞ。どこの誰に頼まれたのか、何が目的なのかを洗いざらい吐いてもらおうじゃないか。
「さいらす、おねがいね」
「はい、お任せください」
「え!? 戻らないと、旦那様に怒られてしまう! ちょ、ちょっと待ってください!」
取り敢えず、腕が痛いと訴えている。そりゃそうだ。一応、捕まえているのだから。
「さいらす、ゆるめてあげて。いたいんらって」
「はい」
「俺、ちょっと旦那様に頼まれて! 本当に怪しいもんじゃないんです!」
「だから、後を付けておいて怪しくないはずがないだろう」
「それは、その、坊ちゃんが!」
「え、ぼく?」
「はい! 坊ちゃんです!」
なんだよ、また俺を狙っているのか? 0歳の時に誘拐されているけど、今の俺はそうはいかないぞ。俺を狙って、何をしようって言うんだ。
「坊ちゃんを攫うつもりか!?」
「ま、ま、まさか! そんなことしないです!」
この男、予想した通り近所の貴族の家に仕える使用人だった。まだ護衛とかを使わないだけマシか? いやいや、俺が攫われた時の実行犯はメイドだった。油断は禁物だ。
「坊ちゃんの婚約者の立場を狙っているんです!」
「え……」
なんだって? 俺の婚約者だって?
「坊ちゃまは、ご自分の立場を理解していませんからね」
「ふく、しょんなことないよ」
「あらあら、そうですか?」
なんだよ、俺の立場って。父が王弟殿下だろう。それに、裏の仕事を一手に引き受けている。
どうよ、ちゃんと理解しているだろう?
「ですから、坊ちゃま。王弟殿下のご子息なのですよ」
「うん、わかってるよ」
「で、で、ですから、この辺りで同じような年頃の娘を持っている貴族はみんな狙っているんです!」
イタタタッ! 痛いです! と、またサイラスに訴えながら、男がそう言った。
え、そうなの? 俺ってそんな感じなの? だってまだ3歳だよ?
「令嬢だけではありませんよ。うまく接点を持って、自分の息子を従者にとかご友人にと思っている貴族もいますよ」
「ふく、しょうなの? おともらちなら、ほしいかな~」
「ふふふ、そうですね。でも旦那様が調査されて、許可された貴族しか駄目でしょうね」
「へえ~、しょうなんら」
呑気な俺。もう、いいんじゃないか? 危害を加えるつもりはないらしいし。
見つかっちゃったって、主人に言うんだね。
そんな訳にもいかないらしい。男はサイラスに連れて行かれた。きっと仕えている家を聞き出し、釘をさすのだろう。
その家は除外されるだろうね。一切の関係を持たないってことだ。
俺の後を付けて探ろうなんて、その思考がアウトだ。
サイラスの特技を覚えているかな? 尋問する時に相手に恐怖を芽生えさせるんだ。まあ今回はそんなことはしなくても、もう理由を言ってしまっている。
後は父とサイラスに任せておけば良いだろう。
邸に入ると、父と母が帰っていた。
「あら? 今サイラスが知らない男性を連れていったけど、何かあったの?」
「はい、奥様。坊ちゃまを付けていたのです」
「あらぁ、またなの?」
「はい。今度はどこの貴族でしょうね」
「本当ね、嫌だわ」
え? ええ? ちょっと待って。今の母の反応だと、今日が初めてじゃないのか? 俺、全然知らなかったよ。
「ですから坊ちゃまは、ご自分の立場を分かっておられませんから」
「ええー、しょうかなぁ」
「ふふふ、良いのよ。ラウは気にしないで、自分のやりたいことをすれば良いの」
あ……思い出した。母のこの言葉だ。『自分のやりたいことをすれば良い』
前の時にも言われた。どうして忘れていたのだろう。
やり直す前の時、魔族の侵攻を止める為に俺に召集が掛かった時だ。俺は少しゴネた。
行きたくないと言ったんだ。だって、アコレーシアと離れたくないって思ったんだ。
そんな俺の勝手な言い分を母は真剣に聞いてくれた。そして、そう言ったんだ。