128ー老師
サイラスが年をとったら、こんな感じになるのではないかと思うような人だった。ちょっぴり怖そうだ。
その師団長が、父が連れてきた男性を見る。見て分かるのか? と思うのだけど、黙っているしかない。
徐に師団長が持っていた杖を男に向かって翳し何かをブツブツと唱えると、オーロラの様な光のベールが男性の頭上から降り注いだ。
するとその男性に纏わりついていた黒い靄が、塵が積もるかのように浮き上がった。まるで生きているみたいに、ウニョウニョと動いている。
マジかよ、気持ちわりー。てか、師団長って凄いじゃないか。呪いを可視化できるのか? そんなの聞いたことないぞ。
「これは……おい! 老師をお呼びしろ!」
「は、はい!」
また知らない人が出てきた。老師って何だ?
「師団長、老師ということは……」
「はい、呪いです。きっと私には、解呪できないタイプだと思います」
え? どうしてそれだけで、呪いだと確定できるんだ? 俺は呪いだとは分からなくて、バットに教えてもらったんだ。
「ラウ、大丈夫だ」
「とうしゃま、ろうしてわかるのれしゅか?」
「これはこれは、ご子息ですか?」
「ああ、そうだ」
「えっちょ、らうるーくれしゅ。はじめまして」
父に抱っこされながら、ペコリと頭を下げた。
「これはこれは、ご聡明な。私は魔術師団師団長のシモンです」
「ラウが発見したんだ」
「なんと……よくお分かりになりました」
「気を付けていれば分かるほど、動きがおかしかった」
「しかし、城の者は気付いていないでしょう?」
「皆、忙しくしているからだ。ラウはじっと周りを見ていたのだろう。珍しくて人を観察していたのかも知れない」
「それはそれは……しかし、殿下」
「ああ。あの国か」
「多分、そうかと。まだ老師に見てもらわないと、確実なことは言えませんが」
そうこうしている内に、部屋の外から大きな声が聞こえてきた。
「ワシはお茶をしていたのだぞ! せっかくスイーツを食おうとしていたのに! 今日はワシの大大大好物のスイートポテトの日だったのだぞ!」
「ですから老師、緊急です!」
「ああもう! この国は年寄りをいつまで働かせよるんだ!」
なんだ? あの声の主が老師なのか? スイートポテトが大好きなのか。ほうほう。
「ふふふ、お変わりないようだな」
「ええ、お元気ですよ。年寄りと仰ってますが、一番お元気です」
「アハハハ」
老師と呼ばれているのだから、そういうお年なのだろう。
すぐに部屋のドアが開いて、賑やかに入ってきた老人。ふわりとした長いグレーヘアーをそのまま下ろしていて、ベレー帽のような帽子をチョコンと斜めに頭に乗せている。
手には年季の入った魔法杖を持っていて、年寄りと自分で言っていたがとてもそうは見えない。力強いゴールドの瞳をしているお爺ちゃん。
慧眼の持ち主といった表現がよく似合う。
一睨みされると、何もかも見抜いてしまうような雰囲気を持っている。
老師と呼ばれているが、本名はウォード・クロウリーという。ジョブは白魔術師で、解呪や浄化、回復魔法に特化している。
その呼び名の通り、魔術師団の中では一番の古参だ。
手にもっていたフォークに刺したスィートポテトの一片らしき物を、ハムっと口に入れてモグモグしている。食べるのかよ!
「なんだ、殿下か。また厄介事か」
「老師、すまないな」
「おやおや、なんだこの可愛らしいお子は?」
「私の子だ。ラウルークという」
「らうれしゅ」
またペコリとお辞儀をしておいた。
「ふぉッふぉッふぉッ! 可愛らしいのぉー! ちびっ子は良いのぉー! この桃色のプクプクのほっぺじゃ! 爺が抱っこしてやろう!」
そう言いながら、初対面の俺のほっぺをモミモミしている。シワシワな手で。持っていたフォークは、いつの間にか胸ポケットに入れてある。
そしてこっちにおいでと、両手を広げて待っている。
「老師、こっちを頼みますよ!」
「なんじゃ、アンジー。煩いのぉ、お前もいたのか」
「いや、何言ってんッスか」
アンジーさんも顔見知りらしい。こんな面白そうな人がいるなら、もっと早く会いたかった。俺は前の時には知らなかったぞ。
前の時にはなかったこと、知らなかったことがいっぱいじゃないか。
師団長さんの前で、ボーッとどこを見ているのか分からない目つきで大人しく座っている男性を、その老師と呼ばれるお爺さんが見た。
「ほう、呪いか。またあの国か。何をしてくれとるんだ」
「分かるのですか?」
「当たり前じゃ。ワシほどの歳になるとな、なんでも一度は見たことがあるもんだ。年寄りの経験値を舐めちゃいかんぞ」
いやいや、そんなことはないだろう。そして、誰も舐めたりしていない。頼っている。だからわざわざ来てもらったのだから。
「それにしても、利発そうなお子じゃな」
俺をじっと見ている。そんな場合じゃないのだけど。と、俺も父に抱っこされたまま固まっている。
「いや、老師。ラウより、先にその男をなんとかしてください」
「そうか? そうかの? まあ、仕方ないのぉ。殿下の言うことは聞いておかないとの。面倒じゃのぉ。よっこいせと」
ブツブツと言いながら、老師が杖を男の頭上に掲げて何かを唱えた。すると真っ白な光が男の頭上に現れ、そのまま身体に浸み込むように下りていくと、可視化されていた黒いものが崩れるように消えていく。
男はそのまま気を失って、ソファーにゆっくりと倒れていった。