127ー何の?
「ラウ、どうした?」
「えっちょぉ、ぼくのとうしゃまは、ろこにいましゅか?」
「ラウのお父上かな? きっと父上と話されているのだと思うよ」
「おうじれんか、とうしゃまのところに、いきたいれしゅ」
「ラウ……もしかして、大切なことなのか?」
「あい」
「よし、行こう」
王子と一緒に陛下の執務室へと向かおうとしたら、お付きの人が焦って止めた。俺の父と話しているからと。
「その叔父上に急用だ。僕が責任を取る」
え、そんなに大変なことなのか?
騒ぎというほどではないのだけど、周りの大人達が皆止めるんだ。
約束がないからとか、父と会っているからとか。親子が会うのに約束が必要なのかよ。なんて不自由なんだ。
それでも王子は強行した。俺とリーヌは後を付いて行く。
「おにいちゃま、こっちにきたら、めッ! なのよ」
「リーヌ、大丈夫だ。僕と一緒だから」
「れも、またおかあしゃまがおこるわ」
「怒られないよ。僕がそう話すから」
やはりリーヌは王妃を怖がっている。怒られることに過敏になっている。まだ体罰をされたりしているのか?
それともこっちに行っては駄目だとキツク言われているのかな? まだ2歳なんだぞ。両親の愛情が必要な歳だ。不憫に思えてくるよ。
俺は両親の愛情を、しっかりたっぷりと注いでもらっている。それって、幸せなことなんだ。
きっとこの二人はそうではないのだろう。王は忙しい。その上王妃があれだ。いかんよ、いかん。
しかし、王子は6歳でこの判断力と行動力だ。これも英雄のジョブが関係しているのかな?
大人達が止めるのを、王子は物ともせず俺達は王の執務室へとやって来た。部屋のドアをノックし、王子が声を掛ける。
「父上、申し訳ありません。緊急にお知らせしたいことがあります」
「入りなさい」
部屋の内側から、穏やかな王の声がした。そして中に入ると、俺の父も一緒だった。アンジーさんも控えている。
「ラウが叔父上に、話があるそうなのです」
「ラウ、どうした?」
「とうしゃま、きになることがありましゅ」
「ラウがおかしいと言い出したのです。それですぐに報告する方が良いと判断しました」
「ぼくがおねがいしたのれしゅ。おうじれんかは、わるくありましぇん」
王子が叱られないようにと、気を付けていたんだ。そしたら王が優しい眼をして言った。
「ラウ、大丈夫だ。大事なことなのだろう? そんなことで叱ったりはしないよ」
「あい」
俺はどう話せば良いのかと探りながら父と王に話した。バットの存在を知られないように。ただ、俺が気付いたということで。
「それは……どういうことだ?」
「ラウ、思っていることをいいなさい」
「えっちょぉ、とうしゃま。あの……」
どうしよう? なんて言えば良いんだ。あの生気のない人達、呪いだとバットが言った人達。
「ふらふら~として、ボーッとして……あるいているひとがいました」
「それが普通じゃないのだな?」
「あい、しょうれしゅ」
「何人もいたのか?」
「えっちょぉ、ときろきれしゅ」
「よし、ラウ。父様と一緒に見てみよう」
「あい」
父は判断が早い。俺がどう話して良いのか、分からなくなっているのが伝わったのだろう。何より俺を信じてくれている。ただ事ではないから、突然やって来たのだと察してくれているんだ。
実際に父に見てもらった方が早い。王子と王女を部屋に残して、父に抱っこされて部屋の外に出る。
そう都合よく、呪いに掛かっている人が歩いている訳でもない。暫く城の中を父に抱っこされて歩き回った。
王族が生活しているような奥の方ではなく、城で働いている人達がいるような外側に出て来た時だ。
「あ、とうしゃま。あしょこのひと」
「どれだ?」
あそこだと、俺は手で示す。その方向に、いかにもな人が歩いていた。俯き加減でヨタヨタと歩いている。例えるなら背中に闇を背負っていそうな、暗い雰囲気だ。実際、俺には黒いものが見えるのだけど。
「ラウ、原因が分かっているのか?」
「えっちょぉ……」
「構わないから言ってみなさい」
「あい。のろいれしゅ」
「なんだと……!?」
「殿下、俺が連れて行きます」
と、アンジーさんが動いた。アンジーさんに声を掛けられると、その人は上の空といった表情でぼんやりとして立っている。
アンジーさんは、それからすぐにその人物を確保した。そのまま引き摺るように城の中を抜け、父は俺が行ったことのない部屋へと入って行った。
「師団長はいるか!?」
「何事です!? これは王弟殿下! どうされました!?」
「師団長に見てもらいたい者がいるんだ。至急だ!」
「は、はい! お待ちください!」
師団長? て、何の師団長だ? と、俺はキョトンとしながら父に抱っこされていた。
その部屋の奥から出て来たのは、いかにも魔術師ですといった格好の人だった。壮年の男性で手には魔法杖を持っている。
「王弟殿下、どうされました!?」
「師団長、この者を見てくれ」
「この者がどうしました?」
「普通じゃないんだ。もしやまた呪いでもと思い連れてきた」
「なんですと!?」
父が呪いと口に出した途端に、師団長と呼ばれた人の顔色が変わった。
この国の魔術師団師団長、シモン・エイレオス。40過ぎくらいの年齢だろうか。真っ黒でストレートの長い髪を後ろで結んでいて、アンバー色の鋭い瞳のおじさんだ。